第16話 意外なご縁

 最近、俺は週二、三回程度ではあるが早朝にランニングを始めた。理由はスケルトン・ジェネラルとの戦いで体のなまりを痛感したからだ。特に【第一鬼門】を解放しただけでスタミナ切れするなんて、学生時代には有り得なかった体たらくである。


 確かに、もう高難易度ダンジョンへ入ったり、強力なモンスターと戦うことはないだろう。それでも探索者としてダンジョンと関わる可能性が残っている以上、何が起こるかわからない。その“万が一”が訪れた時、せめて自分と近くにいる人たちぐらいは守りたい。ちっぽけではあるがそんな思いを抱くようになり、トレーニングの一環としてランニングをするようになったのだ。


「ふぅ……」


 目標としている五キロを走り終え、ゆっくりと息を整える。平日なら出勤前の用意があるから急いで帰るが、今日は休日。それに優里も朝から友達と夢の国(千葉県)に行くと言うので、慌てて朝食を作る必要もない。朝の冷たく澄んだ空気を味わいながら、とある場所へ向けて人気ひとけの少ない街を歩いていた。


「よし、着いたな」


 数分ほど歩くと、目的地である“白鶴はくつる神社”に辿り着いた。自宅の近くにある、大きくはないものの立派な鳥居を構える神社である。ランニングの後はここに立ち寄り、配信活動をする優里の安全をお祈りすること。これもランニングと一緒に始めた新しい習慣となっていた。


「おはようございま~す」


 いつものように軽く会釈し境内に入る。すると、普段この時間には見かけない巫女さんと目があった。神主の娘さんだろうか。まだあどけなさの残る顔に、吸い込まれそうなほど大きな瞳。ツーサイドアップ?だったか。頭の高い位置で二つに束ねられた黒髪は可愛らしい印象を与えつつ、白い装束にピッタリだ。竹箒を持っているので、掃除をしに来たのだろう。だとしたら申し訳ない。邪魔しちゃ悪いし、すぐに帰ろう。


「すみません、こんな朝早くにお邪魔しちゃって。また後日、改めてお参りさせてもらいますね」


 きびすを返して帰ろうとすると、突然袖を引っ張られた。驚いて振り返ると、巫女さんが上目遣いで俺を見つめている。ど、どういうこと?状況がわからず困惑していると、巫女さんがおもむろに口を開いた。


「あの、わたくしとコラボしてくれませんか?」


「は?」




   ***




「先ほどは不躾にあのような事をしてしまい、申し訳ございません。私、白鳥しらとり真衣まいと申します。大学に通いながら、時折神主である父の補佐として、白鳥神社で働いております」


「これはご丁寧にどうも。初めまして、瀬川颯太です」


 詳しい話がしたいとのことで、神社の事務所のような建物(社務所と言うそうだ)に通された。てか見た目からして中学生くらいかと思ったら、大学生だったのかこの子……。人は見かけによらないな。


「それで、あの、“コラボしたい”と言ってましたが、もしかして私のことを……?」


「はい。エプロンニキ様、ですよね。一目見ただけでわかりました。まさか近くに住んでおられるとは思ってもいませんでしたけど」


 マジか。自分で言ってて恥ずかしいが、エプロン着てない限りバレないくらいにはモブ顔の自信があったのに。いや、恐らく白鳥さんの“目”が優れているんだろう。露骨には出していないが、今も僅かにこちらを推し量るような視線を感じる。コラボがどうのとか言ってたし、何か目的があるに違いない。一応名前を知られるようになったし、こういう人が出てくるのも想像はしていた。でもエプロンニキ“様”はやめて欲しいなぁ。


「先ほど自己紹介をさせていただきましたが、まだ続きがあります。私はセブンナイツ事務所に所属し、【御社おやしろ琴音ことね】という名前で配信活動もしているのです」


「え!?君があの?」


 俺の問いに、白鳥さんがコクりと頷く。御社琴音と言えば、ourtubeのチャンネル登録者数三十万人を誇り、Ayuの先輩にあたる人気ダンジョン配信者である。そんな著名な方からのお誘いとあれば、すぐに引き受けたいところである。けど……。


「ニキ様がご懸念されていることはわかります。ですがご心配には及びません。私が配信を行う場所は、全て“観光地化された”ダンジョンです。もちろん危険がないとは断言できませんが、リスクはかなり低いと思われます」


「君は……」


 どうやら本当に彼女はいるらしい。あまりの聡明さに少し怖く感じる部分もあるが、彼女の言う通りなら検討する価値はあるだろう。


「全く、白鳥さんは鋭いですね」


「恐れ入ります。私、“千里眼”を持っていますので」


 冗談めかして舌を出し、自身の両目を指さす白鳥さん。あながち嘘だと言い切れないところが恐ろしい。何にせよ、コラボについては一人で決められることではない。後ほど事務所を通じて正式に依頼するとのことなので、詳細についてもそのタイミングで聞けばいいだろう。とりあえず今は、この件を会社に持ち帰って検討しておく旨を伝えておいた。


「承知いたしました。どうか、をお待ちしております」


 彼女の言葉に、俺は愛想笑いを浮かべることしかできなかった。

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