第15話 眼帯レディ

「久しぶり、颯太くん。と言っても、つい最近ダンジョンで会ったばっかりだけど」


「理沙!おぉ、久しぶりだなぁ」


 贈与式当日。会場について周囲をキョロキョロ見回していると、意外な人物に声をかけられた。


 篠崎しのざき理沙りさ。大学の同期にして、何度も一緒にダンジョン探索をした友人である。現在は迷宮管理局に勤めていて、そこそこ出世もしているエリートらしい。中堅企業に勤め、毎日満員電車に揺られながら営業先を周りまくっていた俺とは大違いである。さねふくに入社したことを後悔しているわけではないけども。


「いや待て。最近ダンジョンで会った?もしかして、この前俺たちを助けてくれたのって……」


「やっと気づいたか。そうだよ、颯太くんたちを救助したのは私たちの部隊。全く、結構大変だったんだからね」


「その節は大変お世話になりました!ありがとうございました!」


 体育系部活の後輩の如く、理沙に向かって全力で頭を下げる。救助された時、どうりで聞き覚えのある声だと思ったわけである。学生時代から彼女には何度も助けられたが、まさか社会人になっても世話になるとは。本当に頭が上がらない。


「別にいいよ。それが仕事だし。それどころかあのモンスターを倒してくれたのだから、むしろ迷宮管理局こっちが感謝しなきゃいけないくらい。まぁ、だから感謝状を渡すわけなんだけど」


 いかにも冷静沈着といった雰囲気の理沙が、目を細めて微笑む。凄まじいギャップ萌えである。うーん。昔から思ってたけど、やっぱコイツめっちゃ美人だな。


 つややかな黒髪に、切れ長な目。スラリと背の高い体は、出るところは出ていながらもしっかりと引き締まっている。加えて、により右目に着けている眼帯も相まって、どこかミステリアスさもかもし出している。一歩間違えば、俺も彼女に惚れていただろう。まぁ、そういう仲にならなかったのには色々理由があるのだが。


「こんにちは、瀬川さん。先にいらしてたんですね」


「こんにちは武石くん。先に着いたといっても、ついさっき来たばかりだけどね。だからそんなに差はないと思うよ」


 理沙と話していると、今しがた到着したらしいバルジャンさん――の中の人、武石たけいしのぼるくんに話しかけられた。青い瞳に髪を逆立てたワイルドイケメンな変装用魔法ガワとは違って、普段は髪を降ろして身バレ防止の伊達眼鏡をした優男である。どちらにせよイケメンなのがズルい。でも配信時とは違い、裏での彼はきっちり敬語で話してくれる好青年なので、イケメン罪には問わないでおいてやろう。年下相手になに言ってんだ俺は。


「あ!そちらは先日僕たちを助けてくれた篠崎さん、でしたよね。改めまして、武石昇です。あの時はありがとうございました」


「……」


「篠崎さん?」


 あっ、マズい。そう思った瞬間、理沙がとんでもない早さで俺の後ろに隠れた。


「……尊いッ!!!」


 あーあ、やっぱりこうなったか。学生時代のことを思い出し、思わずため息をつく。こういう部分は学生時代から変わってないのな。


「あの。俺、何か失礼なことしちゃいましたかね……」


「気にしないでくれ。仕事モードの時はともかく、普段のコイツはただ“推し”に自分の姿をさらしたくないだけだ」


「あー、そういうことでしたか!なるほどなるほど……」


 武石くんが困惑するのも無理はない。普段の様子からは想像できないが、理沙は昔から重度の“迷宮配信者オタク”なのである。どれくらいかと言うと、“推しを陰から守りてぇ!”という理由だけで迷宮管理局の採用試験を受けるレベルだ。しかもセブンナイツの箱推し。そして彼女はいわゆる“壁のシミになって推しを見守りたい”って感じのタイプである。


 そんな彼女がいきなりセブンナイツのメンバーに直接話しかけられたのだ。思考がオーバーヒートしてしまったのも無理はない。だからって俺の後ろに隠れるなよ!こんなんでよくもまぁ武石くんを救助できたものである。大事な場面で切り替えられるあたり、その辺の自覚はしっかりできているのだと思いたい。


 それから式が始まるまでの数分間。隠れるのはやめたものの、理沙はずっと俺の方を向きながら武石くんと会話していた。いやどんな絵面だよこれ。





   ***




「ってなことがあってさー。ともかく、久しぶりに理沙とも会えたし、式も無事に終わって良かったよ」


「ふーん」


 その日の夜。食卓を一緒に囲みながら、俺は贈与式での出来事を優里に話していた。ちなみに、今日の夕食はご飯とみそ汁。それに焼き鮭とちょっとした煮物である。作ったのはもちろん俺。今日は式に合わせて時間休を取っていた分、早く帰れたからな。優里は学校で忙しい分、夕飯くらいは俺が作らないと。


「で、その篠崎さんとはどういう関係なの?」


「だから言ったろ?ただの友達だって。別にそれ以上の関係はないよ。あえて言うなら友人というより親友かな。大学からの付き合いだけど、理沙とはかなりウマが合ったし、一緒に過ごしてて楽しかったからな。よく飲みに行ったり、協力してダンジョンを探索したりはしたよ」


 って何そのジト目。優里がこちらを疑いの目で見つめながら、もきゅもきゅと白米を食べている。小動物みたいで可愛い。というか、何でそんなに気にするのだろうか。やっぱり思春期の女の子ともなれば、異性とのアレコレみたいな話題が好きなのかな。難しいお年ごろである。


「……怪しい。颯太にぃ。篠崎さんとの話、もっと聞かせて」


「いやだから、特にそういうエピソードは……」


「い い か ら !」


 それから小一時間ほど優里に理沙との関係を問い詰められた。やはり乙女心は難しい。年頃の娘さんを持つ世のお父さんの苦悩を体感しながら、冷めに冷めたみそ汁をのどに流し込む。なぜだろう、いつもよりしょっぱさを感じたような気がした。

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