第13話 三十秒の決戦

 俺、武石昇たけいしのぼるは【バルジャン】としてではなく一人の探索者として、眼前の戦いに目を奪われていた。


 それは魔力で強化した視力でも尚、捉えらないほどの速度。極限まで速さを高めたエプロンニキ――いや、一人の剣士が、一筋の軌跡を描きながら骸骨の巨人の周りを縦横無尽に暴れまわっている。


《何だあの速さ……》

《これがあのエプロンニキ?》

《頑張れええええええ!!》


 太刀を振るい、蹴りを放ち、時には魔法も用いてモンスターを圧倒する姿は、まさに鬼神。濃密な魔力を帯びた斬撃は、振るわれる度に巨人の体をえぐっていく。その戦いぶりをいつまでも見ていたいところだが、生憎そういうわけにもいかない。アイツの奮戦に応えるためにも、俺は全身全霊で魔法を構築していく。


は神が造りし炎刃えんじん、終末の空にて輝く太陽――」


 魔法を発動させる上で重要なのはイメージだ。生み出す事象をより明確に、鮮明に思い描くことで、効果や完成度を向上させることができる。【詠唱】はそのイメージを具体化させるための、言葉による道しるべだ。だから俺は一言一句丁寧に唱えながら、自分の中で最高峰の威力を持つ魔法を紡いでいく。


たけき巨人のかいなに抱かれ、その暴威を振るえ!」


 右手に輝く魔法陣から、ジェネラルにも負けない大きさを誇る大剣が顕現する。


「ニキ、横に飛べ!!」


 俺が叫ぶと、すぐさまエプロンニキが跳躍し敵の周囲から離れる。魔法の射出を妨げる物は何もない。骸骨の巨人に向け、右手を振るう。


「消し炭にしてやる。【レーヴァテイン】ッ!!!」


 魔法陣から解き放たれた炎剣が、大気をも焼き尽くしながらスケルトン・ジェネラルに迫る。ヤツはそれから逃れようと走り始めるが、その程度の足では距離を取ることすらできない。無様に背を向けた亡者の体を、容赦なく紅蓮の刃が貫いた。


《捉えた!》

《行けるぞ!》

《やっちまえバルジャン!!》


ぜろッ!!!!!」


 拳を握ると同時に、魔法の大剣が火炎を上げて爆発する。凄まじい熱と音と衝撃が荒野を走り、強烈な光が中層を呑み込んだ。



 

    ***





 爆風と光が収まり、眩みを覚えながら何とか重いまぶたを開く。


「あ……」


 そこには、もう何もいなかった。スケルトン・ジェネラルは跡形もなく消え失せ、付き従っていたソルジャーたちも一匹残らず姿を消していた。遂に、あのバケモノを倒したのだ!


「よっっっしゃああああああああ!!!!」


《うおおおおおおおおおおお》

《SUGEEEEEEEEEEEE》

《ホントにやりやがった……》

《凄すぎだろ二人とも!!!》

《たった二人で領域主を倒すとかマジで快挙やんけ》

《[¥20000]おめでとう!》

《[¥5000]祝杯用》

《かっこよすぎるぜ》

《バルジャン!バルジャン!》

《エプロンニキ!エプロンニキ!》


「っとそうだ!ニキは!?エプロンニキは無事なのか!」


「は~い、何とか生きてますよ~~~」


 声のした方向に振り返ると、地面に剣を突き刺し、片膝をつきながらも手を挙げてこちらに応えるエプロンニキの姿があった。俺は頬を叩いて意識をはっきりさせ、急いでニキのところへ駆けつける。


「大丈夫か。体は動くか」


「ええ、まだ動きます。早くここを出ましょう」


「あぁそうだな。とりあえず肩貸せ」


 今にも倒れそうなニキに肩を貸し、ゆっくりと歩きながら出口を目指す。視聴者たちには悪いが、軽く断りを入れて配信は切らせてもらった。もうそんな余裕もないからな。後の経緯は、日を改めて説明すればいい。


「ニキ、本当にありがとう。アンタのおかげでヤツを倒すことができた」


「それはこちらのセリフですよ。バルジャンさんの魔法がなければ、スケルトン・ジェネラルを消滅させることはできなかった。本当に、ありがとうございました」


「律儀なヤツだな。さぁ、出口はもうすぐだ。中層を出たら、安全な所で管理局を待と……う……」


 信じられない光景を見た。残りたった数十メートル。手を伸ばせばすぐに届きそうな出口の前を、何十体ものスケルトン・ソルジャーが待ち伏せていたのだ。


(そうか。コイツらは逃げたんじゃない。ジェネラルが仕留めそこなった場合に備えて、予めここに待機していたんだ!)


 領域主を倒し安心した自分を激しく後悔した。俺は大馬鹿だ。ダンジョンは元々場所だろうが!


「クソったれえええええええ!!!」


 残りカスにも等しい魔力をかき集め、俺は骸骨の群れに炎を放とうとした。


「敵影確認。総員、殲滅せんめつせよ!」


 ソルジャーが動き出す直前。それを遮るように、紺碧こんぺきの制服を来た人物たちが現れた。彼らは完璧に連携の取れた攻勢を仕掛けながら、あっという間に骸骨共を倒していく。


「迷宮管理局!来てくれたのか」


「遅くなってしまい、大変申し訳ありません。迷宮管理局の者です。後方に迷宮救助隊も待機しています。戦闘の方は彼らに任せ、貴方がたは早く安全な所へ。そちらの方は、私が連れていきましょう」


「あ、あぁ。よろしく頼む」


 恐らくこの救助隊の指揮官と思しき女性が、こちらに声をかけてくれる。初見での感覚にすぎないが、この黒髪の彼女はかなり。これなら安心だと思い、俺はエプロンニキを預けた。


「颯太くん、もう安心して。私たちが助けに来たわよ」


「り、理沙?あ……ありが、とう……」


 既に限界を迎えていたのか、ニキが意識を失う。何か今気になる会話が聞こえたが、正直こっちもそろそろ体力が尽きそうだ。迷宮救助隊の下へたどり着いたところで、俺の記憶は一旦途切れたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る