第12話 亡者を束ねし大将軍

《何だコイツ……?》

《デカすぎんだろ》

《もしかして領域主か!》

《モンスターだしデカいのもいるんじゃねぇの?》

《流石にこのサイズは目撃例がない》


 コメント欄が困惑しているが、今の俺も、そして隣にいるバルジャンさんもおそらく同じ心境だろう。


 突如俺たちの前に現れたのは【スケルトン・ジェネラル】。スケルトン・ソルジャーの上位種にして、“戦士たちのヶ原がはら”の領域主りょういきしゅ、つまりボスモンスターである。ジェネラルはソルジャーよりも段違いの強さな上、武具だけでなく鎧まで身に付け完全武装している。それ自体は別にいい。問題はそのだ。


 ジェネラルの体長は通常三メートルほど。しかし、今目の前にいるのは明らかに十メートルを超えた、個体差では説明がつかないほど巨大になったバケモノだ。原因はわからないが、何らかの“異常”によって歪な成長を遂げたのだろう。俺は無意識に警戒態勢を取っていた。


「ソレクサ、迷宮管理局へ通報を頼む。エプロンニキ、悪いが企画は中止だ。今は協力してアイツに対処しつつ、隙を見つけてこのエリアから脱出するぞ」


「了解しました」


 撮影用ドローン搭載のAIへ指示を出しつつ、こちらへも素早く次の方針を伝えてくれる。さすがトップクラスの探索者だ。対応も速い。


 オオオオオオオッ!!!


「ヤツが動き出した。俺たちも行くぞ!」


 バルジャンさんに合わせ、こちらも全速力で飛び出す。


「まずは足を狙う!俺が左、ニキは右だ。ヤツの動きを止めたら、そのまま後ろにある出口まで一気に駆け抜けるぞ!」


「わかりました!」


 一言会話をしている間に、もうヤツの足元まで辿り着く。ジェネラルは全身を鎧で覆っているが、それでもカバーしきれていない部分がある。その一つが足、具体的には足首から先の部分だ。


「オラァッ!!!」


 剝き出しなヤツの足首に向けて、魔力で強化した刀を渾身の力で叩きつける。同じタイミングでバルジャンさんの炎拳も繰り出された。刀と骨と拳がぶつかり合い、甲高い不協和音が鼓膜を震わせる。


「なッ――――――」


 手応えはあった。切断とまではいかなくとも、ヒビを入れられる感触は確かにあったのだ。だが、ヤツの足首は傷一つ付いていない。それどころか、バルジャンさんの繰り出した炎によるダメージすらも、ほとんど与えられていなかった。


「堅すぎだろ!」


「気にすんな!ともかく走れ!」


 隣の叫びに促され、俺は体勢を立て直して必死に駆けだす。出口まで目測で約百メートル。魔力で強化した脚なら三秒で到達できる。


 “オロカナ、テキニセヲムケルトハ!!!”


「「!?」」


 突如聴こえた声に、思わず走る速度を緩めてしまう。その僅かなロスが致命的だった。ジェネラルは背負っていた大剣を構えると、俺たちが目指していた方角へ向けて放り投げた。


 剛腕によって放たれた大剣は轟音と共に空気を切り裂き、出口を塞ぐようにして眼前の地面へ深々と突き刺さる。


「クソッ、やられた!」


 バルジャンさんが舌打ちする。だが、ヤツの攻勢はまだ終わらない。背負っていたもう一本の大剣を携え、骸骨の巨人は俺たちへ向けて斬りかかってくる。


「ッ!!!」


 大地を切り裂くような横薙ぎ一閃。単調な動きのため避けることには成功した。が、それにより生み出された衝撃波だけで、俺たちは数十メートル離れた壁面へ叩きつけられた。


「ガハッ!!」


「グウゥ!!」


《バルジャン!?》

《エプロンニキ!》

《おいおい大丈夫なのかこれ》

《早く来いよ迷宮管理局!!!》

《いや無理だろ。どんなに近い駐屯所からでも最短十分はかかる》

《二人とも頼むから無事でいてくれよ……》


 幸い衝突する直前に防御魔法が間に合い、致命傷は免れた。それでも全身は痛いし、呼吸も苦しい。たぶん衝撃が内臓にまで伝わったのだろう。最悪だ。まさか異常成長したスケルトン・ジェネラルがここまで強いとは。


 それでも、せめて迷宮管理局の救援が来るまで死ぬわけにはいかない。壁に手をついて支えにしながら立ち上がる。同時に応急治癒魔法もかけながら、何とか呼吸も整えていく。


「おい、まだ動けるか……?」


「ええ、ピンピンしてますよ」


「へっ、そいつは朗報だ」


 バルジャンさんと互いに顔を見合わせ、不敵に笑う。どんな状況に陥っても諦めず、思考を止めないこと。これがダンジョンで生き残る鉄則だ。


「さっき魔法をぶつけてわかったことがある。ヤツは確かに堅てぇが、俺の全力の炎魔法なら“確実に”攻撃を通せる」


「マジですか……?」


「あぁ、大マジだ。だがその魔法の発動にはがいる。ニキ、三十秒でいい。時間を稼いでくれないか」


 企画をやっていた時とは違う、懇願と信頼が込められた真剣な眼差しが向けられる。三十秒。短いように思えて、とても長い時間だ。俺の実力では、どこまで持たせられるかわからない。でも、最初に誓ったはずだ。やれることはと。だからバルジャンさんの問いに、俺は力強く頷く。


「任せてください!」


「あぁ、頼んだ!」


 大きく深呼吸をし、彼を守るように前に出る。左足を後ろに引き、腰を落として抜刀の構えをとる。遠くに見える敵は出方を伺っているのか、こちらに襲いかかってこない。好都合だ。その警戒心を利用させてもらう!


「【第一鬼門】・開」


 イメージは分厚い鉄の扉。それらを開け放つように、自分の中の“かせ”を一つ外す。瞬間、濃密な魔力が全身を駆け巡り、五感を研ぎ澄ませていく。


 体の準備はできた。後は意識の奥底に残る微かな恐怖を打ち消すだけ。かつての師より受け継いだ言葉を口にし、俺は心を勇気で染める。


「我が太刀は未熟なれど、悪鬼羅刹あっきらせつに防ぐことあたわず!」


 さぁ、最後の勝負だ―――――

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