第9話 放課後女子会

「何だか最近、颯太にぃが随分遠くに行っちゃった気がする」


 私、綾瀬優里はコップに入った氷をストローでくるくる回しながら、大きく溜息をつく。


「どしたのいきなり。てか、ニキさんのことならむしろ配信界隈こっちに来てくれた分、逆に近くなってない?」


「いや、職業?的な面ではそうだよ。でもさ、いきなり【バルジャン】先輩とコラボしちゃうんだよ!?こんなの一般人どころかそこらの配信者超えてるよもう」


「それはそう。マネさんから教えてもらってビックリしたわ」


 そう言いながら目の前に座る親友は、パフェを一すくいして口に入れる。


 「おいし~~~」と体をくねらせながら全身で喜びを表現するこの子は、百原七奈ももはらなな。同じ高校に通うクラスメイト兼、同じ事務所“セブンナイツ”に所属し【ももなな】という名前で活動する迷宮配信者でもある。


 今日は金曜日。学校を終えた私たちは、いつものように駅から少し遠めのファミレスに来ていた。週に一度ここのファミレスに来て、身バレの危険から学校ではできない迷宮配信についての相談や愚痴を言いあったりするのが、私たちのお決まりのパターンだった。


「ていうか、ニキさんあんなに目立って身バレとか大丈夫なの?ウチらは変装用魔法ガワかけてるから基本セーフだけど」


「あぁ、それについては大丈夫。本人曰く、エプロンしてなきゃ全く気付かれないみたい。会社の人にも“お前本当に画面のヤツと同じ人?”って、ある意味太鼓判押されたって自慢げに言ってきたし」


「何ソレウケる」


 お気に入りだという大きなリボンを揺らしながら、七奈はまたパフェを一口食べる。いつも思うけど、夕食前によく五百ミリペットボトルくらいあるパフェ食べれるよね。この子の胃袋はブラックホールか何かだろうか。


「てか私が言いたかったことはそうじゃなくて。何というか、最近今まで知らなかった颯太にぃを沢山見ちゃって不安なんだよ。実は私が見てた颯太にぃは、実際の颯太にぃとは全然違かったんじゃないかって」


「実は探索者だったーとか、めちゃくちゃ動けて凄く強かったー、とか?」


「そう。しかもこの前問いただした時まで、そんなことちっとも教えてくれなかったんだよ!確かに実の兄妹とかじゃないけどさ、一応今は家族みたいなものなんだから、そのくらいもっと前から教えてくれてても良かったのに」


「うーん……」


 私の話を聞いた七奈は、それまで食べ進めていた手を止め、いきなり切り替えたように真剣な目でこっちを見つめてきた。


「これはウチの考えなんだけどさ、別に家族だからって、知らない面があるのは当然じゃない?現に私も、つい最近までお父さんが猫苦手だったこと知らなかったし」


「それは……って、アレ?でも七奈の家、猫飼ってなかった?」


「飼ってるよ。灰猫のグレイちゃん。それでこないだ珍しく休みで家にいたお父さんにグレイちゃんの爪切りお願いしたら、何か凄く申し訳なさそうに“ごめん、それはできない”って言われたんよ。で、よくよく聞いてみたら、自分の好き嫌いで、猫好きなウチやお母さんが家で飼えなくさせるのが申し訳なかったんだって」


 この話を聞いて、私にもピンとくるものがあった。


「じゃあ、もしかして颯太にぃも……?」


「そーいうこともかも知れないよね。だって、優里も昔ダンジョンでしてるでしょ」


「うん……」


 私が中学三年生の頃。消防庁の迷宮救助隊の一員だったお父さんは、迷宮内での救助活動中にとあるモンスターの放つ毒ガスを浴びてしまい、一命は取り留めたものの未だ病院のベッドの上で目を覚ましていない。元々病弱だったお母さんも幼い頃にはこの世にいなくて、代わりに育ててくれていた祖父母も父が倒れた後すぐに亡くなった。思えば私がダンジョン配信者になったのは、お父さんをあんな目に合わせたモンスター、そしてダンジョンの危険性を、もっと多くの人に知ってほしい。そんなちっぽけな正義感があったのかもしれない。


 それはともかく、家族を失い一人になった私を助けてくれたのが颯太にぃとその両親であり、私が進学する高校が颯太にぃの社宅に近かったため、二人で一緒に暮らすことになったというわけだ。


 そんな私の過去を思って、颯太にぃは敢えてダンジョンに関することを話さないようにしてくれていたのかもしれない。これはあくまで私の推測でしかないけど、もしそれが本当なら、先ほどの私の発言は酷いものだ。キチンと反省しないといけない。けど同時に、自分の気持ちに整理がついてホッとした部分もあった。


「優里の気持ちもわかるけど、とりまニキさんのことは見守ってあげたら?その上で気になることが出てきたら、その都度聞いてみればいいじゃん。ウチは配信でしか見たことないけど、ニキさんたぶんイイ人そーだから、優里が聞けば素直に答えてくれるでしょ」


「うん、そうだね。ありがと、七奈。おかげで少し気持ちが楽になったよ」


「じゃあ今日のパフェおごって♡」


「それはムリ」


 私が両手でバツを作ると「けち~」と口を尖らせながら、またしてもパフェを口に入れるのを再開する七奈。こーんな感じでいつもはユルユルしてるけど、こっちが悩んでいる時は鋭く核心を突く言葉をくれる。めっちゃギャップの激しい、けれど友達思いな七奈のことが、私は大好きだ。そして、そんな心から大切に思える親友を持てた私もまた、すごく幸せ者だと改めて思った。



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