第6話 バえる戦い方って何ですか

 江ノ島ダンジョン内を探索すること約十分。ようやく俺たちの視界範囲にダイヤモンドタートルが現れた。体長が五メートルにも及ぶソイツは、地面に顔を近づけてむしゃむしゃと口を動かしていた。どうやら食事中のようである。これはラッキーだ。動き出してしまう前に奇襲して、サックリ倒してしまおう。


(ヤツにバレないよう、岩陰に隠れながら近づこう)


(りょーかい)


《ひそひそ声助かる》

《エプロンニキ意外とイケボやな》

《ASMR配信待ってます》


 可愛らしい声をしているAyuはともかく、俺の声を褒めてくれる人なんて初めて見た。確かに営業部時代に電話対応した取引先の社長の奥様マダムには「素敵なお声ね」なんて言われたこともあったが……


(あっ、そろそろ食事が終わるみたい)


 Ayuの言う通り、先ほどまで下を向いていたタートルの顔が上がっている。


(よし。最後の晩餐にさせて申し訳ないが、今ここで倒しちまおう)


(ちょっと待ってエプロンニキ。ここは私にやらせて)


(それは別にいいけど、どうして?さっき戦闘とか任せるって)


(確かにそうなんだけど、いきなりエプロンニキが攻撃しちゃったら一瞬で倒しちゃうじゃない。それに絵面も地味だから、配信的にないのよ)


《ド直球で草》

《隣の人若干涙目になってますよAyuさん》

《撮れ高も気にする配信者の鑑》


 中々酷い言われようである。でも俺の戦い方が地味なのは本当なので、ここは素直に従おう。今日も一万人以上いる同接人数が、俺のせいで減ったりしたら申し訳ないしな。


(わかった。なら初撃はAyuに任せる)


(よろしい。エプロンニキには、ダンジョン内でバえる戦い方というものを教えてあげましょう)


 Ayuは音を立てないよう静かに立ち上がると、手に持っていた杖をタートルに向ける。杖には宝石の装飾がついていて、よくファンタジー作品で登場する魔法の杖のような形をしている。恐らく魔法使いのようなローブを身に纏った彼女の変装用魔法ガワに合わせたのだろう。


 今までさらっと流していたが、【魔法】というのは【魔力】を行使し様々な事象を引き起こす技術である。魔力は【魔元素】と呼ばれる物質を体内に吸収することで生み出せるエネルギーで、この世界の人間なら誰しも体内に持っているものである。ただし、人によって生成できる魔力量には個人差があり、これが一定量以上あることが探索者免許の取得条件の一つとなっている。


 こうした魔力や魔元素はダンジョンの出現と同時期に発見され、今日まで研究が続けられてきた。その成果の結晶が【魔法】である。魔法によって発動できる事象は多岐に渡り、自身のイメージした姿を魔力で再現し体に纏わせる【変装用魔法】を始め、Ayuがこれから見せるようなものまで、まさに“なんでも”できるのである。


「【ゴーレム・ダンス】ッ!!!」


 Ayuが唱えると同時に、タートルを取り囲むように複数の魔法陣が出現。そこから土で造られた人形“ゴーレム”たちが出現し、巨大な亀の足に取り付いた。


「まだまだ!【クレイ・アンカー】!!!」


 今度はタートルの頭上に魔法陣が現れ、そこから電柱ほどの大きさの土の杭が雨のように降り注ぐ。ゴーレムが足に絡み付いて身動きが取れないタートルは、なすすべもなく土の杭を受け、地面に縫い付けられてしまう。


「オオオオオオオオオオオオッ!!!」


《出たあああああ土魔法おおおおお》

《よっ、Ayuちゃんの名人芸!》

《あのバカでかいカメが悲鳴をあげてるぞ》


「足止め完了っ。今よ、エプロンニキ!」


「応ッ!」


 彼女の合図に合わせ、俺は全速力で飛び出した。魔力で強化された脚は力強く大地を蹴り上げ、一息の間に体をタートルの目と鼻の先まで届けてくれる。


(このままッ!!)


 加速した勢いを活かし、そのまま抜刀。何かを察知したタートルが暴れる素振りを見せたが、それよりも早く俺の刀がヤツの巨体を両断した。


《SUGEEEEEEEEEE!!!》

《F1みたいな速さでニキがすっ飛んでいったぞw》

《てか一振りでダイヤモンドタートルをぶった切るのもヤバくね?》

《恐らく刀に魔力を乗せて斬撃を飛ばしたんだろうけど……》

《それでもあのバカ堅てぇカメをさっくり斬れるのはおかしいw》

《めっちゃバえてるぞエプロンニキw》

《こんな強い人がサラリーマンやっているという事実》

《オヌシナニモノ》


 コメント欄を見る限り、どうやらお弟子さんたちは今の様子を楽しんでくれたらしい。よかったよかった。


「ちょっとニキ!私が魔法を発動した時よりコメントが盛り上がってるんですけど!!これじゃあさっきの“バえる戦い方を~”とか言ってた私がバカみたいじゃん!!!」


「まぁまぁ、そんなフグみたいに頬を膨らませてなくても。これだけお弟子さんたちが喜んでくれたのは、きっとAyuの魔法のおかげだよ。それに、Ayuが足止めしてくれたから、俺も一撃で決められたわけだし……」


「ちぇー。そうやって褒めたら機嫌を直せるとか思っちゃってさ~。マ、いいや。とりあえず、目的だったダイヤモンドタートルは無事に倒せたわ。ありがとう」


「どういたしまして」


 互いに顔を見合わせて笑いあう。配信の第一目標は、何とかクリアだ。

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