第2話 エプロンニキ、爆誕
自宅から最寄り駅までダッシュし、電車に乗って約10分。そこからダンジョンに入って少し走ったら、優里――じゃなくて、Ayuの姿がすぐに見えた。
「お~~~い、あゆぅ~~~~~」
向こうに聴こえるように少し声を張って呼びかけると、Ayuは驚いた顔をしてこっちに駆け寄ってきた。
「颯太にぃ!?なんでここにいるの???」
「何でって、俺はただ忘れ物を届けに来ただけだよ。はいこれ」
俺はエプロンのポケットの中に突っ込んでいた例のポシェットを取り出し、Ayuに手渡した。
「あっ、ありがとう。じゃなくて、何でダンジョンまで来ちゃったの!?免許のない人が入っちゃダメだよ!」
「あれ?俺言ってなかったっけ。一応大学生の頃に迷宮探索の普免取ったって」
「初耳なんだけど……」
目の前にいる従妹は本気で困惑しているようだ。あれ、俺マジで言い忘れてたのか……?
「まぁ、それは別に良いよ。でも何でそんな軽装で来ちゃったの!ジャージにエプロンとか、ダンジョン舐めてるの!?後配信に映っちゃったよ!!!」
「え!?」
そう言われ、慌ててスマホを取り出してAyuの配信画面を開く。すると、そこには何ともマヌケな顔をした俺がバッチリ映り込んでいた。
《まさかの身内乱入wwwwwwwwwww》
《ダンジョンまで忘れ物届けにくるとか草生える》
《お兄さん!?Ayuちゃんにお兄さんいたの!?》
《何でエプロン付けたままダンジョンにいるの……》
《お義兄さん!妹さんをボクにください!》
《何でこの人が兄やと決めつけてるんや?彼氏の可能性もあるやん》
《普通に考えて彼氏のことにぃ呼びしねぇだろ》
《ジャージを着たあんちゃんがダンジョンにいるの面白すぎるw》
《ポシェット届けるためだけにダンジョンに入るのヤバすぎる》
あぁ、これはマズい。突然現れた
「ごめん、俺どうしたら良い……?」
「あー、ええと。とりあえず誤解のないよう、お弟子さんたちに颯太にぃのこと紹介しちゃうね」
「頼む」
俺が頭を下げると、Ayuは仕方ないと言った感じで頷いてくれた。全く、俺は従兄としても親代わりとしても失格だ。彼女の配信活動を支えると誓ったはずなのに、サポートどころか迷惑をかけてしまっている。せめて、今度の休みは寿司でも食べさせてあげよう。それくらいしか、俺が彼女にしてやれることはない。
「みんな、突然驚かせてごめんね。この人は私の従兄で、今は親代わりもしてくれてる人。決して付き合ってるとかではないから、勘違いしないでね。ほら、お兄ちゃんも挨拶して」
「わ、わかった。皆さん初めまして。Ayuの従兄兼保護者です。いつもAyuがお世話になってます。この度は皆様が楽しみにしていた配信を邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」
《ええんやで》
《こういうハプニングも配信の醍醐味よ》
《これはご丁寧にどうもw》
《こちらこそ、いつもお世話になってます!!!》
《律儀な人だなw》
《なーんだ、そういうことだったのか》
《お前ら、変なデマとか流すなよ》
《にぃ呼びてぇてぇ》
コメント欄を見る限り、どうやら見てくれてる人たちは好意的に俺のことを受け取ってくれたようだ。いやぁ、いつも配信見てても思うけど、Ayuの視聴者さんたち、通称“お弟子さん”たちは優しいよなぁ。今日のような事故が起きても笑って受け入れてくれる良いお弟子さんたちを持てて、うちのAyuは幸せ者だとしみじみ感じた。
「じゃあ、俺はもう帰るから。邪魔してごめんな」
「え!?いや、ちょっと!流石に一人でダンジョンは危な――」
Ayuがこちらに何かを言いかけた時、それを遮るように轟音が鳴り響いた。
「「!?」」
慌てて振り返ると、何と目の前にはモンスターが立ちはだかっていた。
「ウソ……【ジャイアントオーガ】!?何でこんなところに!」
Ayuの焦りに応えるかのように、眼前の黒い巨人は口元を歪めて嗤う。彼女の言う通り、ジャイアントオーガは本来中層に生息するモンスターである。三メートルを優に超える体長と、岩をも砕く怪力。そしてサラブレッドに匹敵する速力を兼ね備えている。場合によっては経験豊富な探索者でさえも敗北することから、“探索者狩り”として恐れられる、厄介なモンスターだ。
《おいおい、ヤバいぞこれ》
《何でジャイアントオーガが上層にいるんだよ!》
《まぁぶっちゃけコイツが中層から出てくることはたまにある。それでもヤバい事には違いないが》
《二人とも早く逃げて!!!》
《とりま迷宮管理局には通報しておいた》
やはりジャイアントオーガの危険性は広く認知されているのか、焦りを覚えるリスナーも多くいるようだ。中には迷宮内の警察と呼ばれる、迷宮管理局に通報してくれた人もいる。けど、実を言うと俺はこの状況を、そこまで危ないとは感じていない。
「お兄ちゃん、早く逃げて!」
「ん?大丈夫だよ、そんなに慌てなくても」
「何言ってるの!?相手はジャイアントオーガなんだよ!いくらお兄ちゃんも探索者とはいっても、あんな強いモンスターに勝てるわけがない!!!」
視聴者と同様、必死にこちらを逃がそうとするAyu。あっ、そうじゃん。Ayuは自分が探索者免許を取っていたことすら知らなかったのだから、俺がどの程度の実力なのかも知らないのだ。俺は彼女を安心させるため、大げさにサムズアップして答える。
「心配しなくていいよ。コイツは何度も倒してるから、俺」
「へ?」
「ウオオオオオオオオオオオオッ!!!」
ずっと突っ立っているこちらを隙だらけと見たのか、オーガが腕を振り上げ攻撃を仕掛けてきた。バスケットボールほどの大きさの拳が、ボクシング選手のジャブより早く振り下ろされる。直撃すればひとたまりもない。
(だからっ!)
俺はその拳が降り注ぐよりも早く、オーガに接近。その分厚い腹筋めがけて、魔力を纏った拳を思いっ切り叩き込んだ。
「ウッ……グオォォッ」
僅かに呻き声をあげ、オーガがその場に倒れ込む。これで無力化自体は完了したが、まだ終わりではない。最後にかかと落としの要領で頭部を潰し、確実に絶命させた。
「ふぅ、これでよし」
《うおおおお》
《( ゚д゚)》
《ウッソだろおい……》
《ジャイアントオーガをワンパン???》
《ホントに人間か?》
《もしかしてお兄さん、元はかなりの有名探索者だったりする?w》
《めちゃめちゃ強いじゃんエプロンニキ!!!》
《エプロンニキで草》
《エプロンニキ!エプロンニキ!》
《同接めっちゃ伸びてる!》
《Switterでもトレンド入りしてて草》
オーガが倒されて安心したのか、コメント欄にも活気が戻っていた。何やら変なあだ名も付けられているが……って、そうだ俺、人の配信に乱入しちゃってたんだ!
「ごめんAyu!じゃあ今度こそ俺帰るから!お弟子さんのおかげでもうすぐしたら迷宮管理局の人も来ると思うけど、気を付けてな!」
「へ?あっ、待ってよお兄ちゃん!聞きたいことが色々あるんだけど!」
「積もる話は家に帰ってからな!じゃあな~~~」
Ayuから逃げるように、全速力でその場を離脱する。正直配信を通して沢山の人に見られているのは、少し恥ずかしかった。だからこそいそいそと逃げてしまったのだが、俺はこの時気づいていなかった。この配信を通して、想像以上に自分の存在がネットの世界に知れ渡ってしまっていたことに。
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