フィルター

 私は気だるくて、たまたまスマホを見ようとしていた。ずっと頭が痛い。病気ではないと思う。勘。


 電源がつくと、すぐにプツッと音がして、また電源が切れる。え、と小さく声がもれる。電源ボタンに触ってはいないはず。


 すると、またパッと何事もなかったかのように電源がつく。しかし、操作ができず、真っ白な画面のまま動かない。


「う~ん……タップすればいいのかな」


 分からなかった私は、画面をタップする。すると、白い画面の中、黒い文字が現れる。無機質な、最初に使うような角ばったフォントだ。


「ふぃるたーげーむ」


 ……何、これ。

 こんなの、インストールした覚えはないし、そもそもなんで電源つけた瞬間サイトが開いたの?


 私は一旦落ち着こうと思い、電源ボタンを押す。しかし、電源は消えない。目の前にあるのは、いかにも怪しそうなゲームサイトだけ……。


「……入る、しかないのかな」


 少し、好奇心がわいてきていた。それに、現時点では入ることくらいしかできそうにない。それに、話合わせのグループチャットに入る気も、もとからあまりなかったのだ。

 今話題のドラマは……これやりながら流し見でいいだろう。あいつらなんて、適当なこと言ってもばれないんだから。


 画面をもう一回タップすると、先へ進んだ。


「ふぃるたーのせつめい」

「いちにちいっかい『あいそわらい』をしてぽいんとをためよう」

「はなしをあわせてぽいんとをためよう」

「ばをなごませてぽいんとをためよう」


 全部平仮名で表記された読みにくい文章が、このままズラーッと並んでいる。

 ……ていうか「げーむ」って名乗っておいて現実でやらせるのか……。


「ぽいんとをためてふぃるたーげーじをまっくすに! じぶんのふぃるたーれべるをあげよう!」


 平仮名の文字列。加工も何もない普通のフォント。真っ白な背景。

 つまんない。これ自体はつまらないことだ。でも、書かれていることを達成するのは、私にとっては簡単なこと。


「せっかくだから、やってみようかな」


 日常を非日常に、暇をつぶしてくれる、そんな感じがした。



 制服がチクチクして痛い。肌に合っていないのだと思う。だけど、私はそれを隠して笑う。興味のないドラマの話。


「そう! あの二人がマジでさあ!」


 キャーキャー騒ぐのを聞いていると、はっきり言って不愉快だったが、別に顔に出すほどの不快感ではない。


「だよね!」


 相手を不機嫌にしない方法。

 一。相手の話すテンションに合わせて、自分もテンションを合わせる。

 二。一を覚えたら、声の大きさもそろえ、話し相手の言葉に共感する。

 三。笑顔を浮かべて、自分のことを主張しすぎず、相手を上にする。


 心の中でいつの間にか守っている三箇条。場合によっては他にも対策を取るべきだ。前の相手は上機嫌で会話を続けている。正直言って何を言っているか分からないが、笑って同調する。


「いや、それわかるわー!」

「ねー!」

「分かりみが深すぎるなー」

「うん!」

「面白いよ!」



 スマホを開いた。流れるように、あの「ふぃるたーげーむ」を開く。いつもと変わらない白の背景。

 でも、もう一回タップしたら違った。

 いきなり画面いっぱいにスマイルマークが出てきて、にっこりと笑いかけてくる。口角を無理やり吊り上げたような気持ちの悪い笑み。


「おめでとう! きょうののるまたっせい! ぽいんとがたまるよ!」


 ……ポイント。説明にも書かれていた。そのポイントをためることで、自動的にゲージも上がり、「フィルターレベルが上がる」と。


 たまったポイントは見てみると百ポイント。

 しかし、スマイルマークはまだ話を続ける。


「きょうはあいそわらい『五』かい! のるまのごばいたっせい! ぽいんとにばい!」


 二百ポイント。


「きょうかんことば『八』かい! のるまはちばいたっせい! ぽいんとよんばい!」


 八百ポイント。


「くうきをよむ『九』かい! のるまきゅうばいたっせい! ぽいんとさんばい!」


 二千四百ポイント。意外と簡単なゲームかもしれなかった。あっという間にフィルターゲージが上がっていく。

 そして、一瞬で最大値に到達すると。


 ――ぷつっ。


 何かが切れるような音と共に、目の前が真っ暗になった。音もない。体の一切の感覚が遮断されたように、不思議な感じだ。


 ぺた、と歩いて手を出す。見えない壁に手が触れた。四角い空間に閉じ込められている。出れない。暗くて、怖くて、寒かった。いや、寒いような熱いような……ううん、何も分からない。


 声も出ない。何が起きたのか分からない。あの「ふぃるたーげーむ」は一体……。

 そう考えたところで、物凄く眠たくなった。とろんとしてきて、瞼が重くなる。人の空気を読むことなんて、ずっと慣れてきたこと……。


 体に残る冷たさを感じながら、私は目を閉じた。



「でさーそれでねえ」

「うん。そうだね」

「そう、このゲーム楽しくて」

「うん。楽しいよね」

「この映画面白くて」

「うん。面白いよね」


 一切抑揚のない声で話す女の子はずっと笑ったままだった。

 黒く塗りつぶされた目は、クレヨンの殴り書きのように、ぐしゃぐしゃに汚れていた。

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言葉を詩に、詩を小説に。 虹空天音 @shioringo-yakiringo

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