魔導書
先生の元を離れた俺は、この後のことを考えていた。
先生から言われた保管室という言葉…
そして行けという言葉と渡された鍵…
どう解釈しても、そこに行けということなんだろう。
どういう意図かも分からない。
でも、普段は穏やかで優しい先生のあれだけ真に迫った表情…
今すぐにでも行かないといけない何かが、今はそこにあるのかもしれない。
そう思い立ってしまうと、行かないという手は取ってはいけない様な気がしてしまう。
だから俺は仕方なく、保管室に向けて足を進めた。
保管室の前…
この部屋には調度品から始め、授業で使うようなものまでもが置いているらしい…
らしいだ。
ここは先生たちだけが入って良い部屋で…
一介の生徒である俺を始め、どの生徒でも入ったことがない。
だから当然…
ガチャガチャと、俺はドアノブを回す。
ただやっぱり、鍵が掛かっていて開いてないみたいだ。
そして今当然引っかかるのは、先生から渡されたこの鍵。
どこで何に使うのか分からない鍵。
ただ先生からの一言を考えると、おそらく…
俺は鍵の差込口に鍵を入れ…
するとすんなり、鍵穴に鍵が入ってしまった。
やっぱり…
俺は慎重に、鍵を右向きに回す。
すると…
ガチャ、という音が聞こえてきた。
開いたのか…?
俺は恐る恐るドアノブを回す。
すると、ギィィという音とともに…
さっきは回りもしなかったはずなのに、今は少しの引っ掛かりだけでドアノブが回っていく。
回しきってドアノブを引っ張てみると、嫌な音を奏でながら部屋が開いた。
だから俺は慎重に、空いた部屋へと足を踏み入れた。
踏み入れ、そして中へと入る。
そして中へと入ってドアから手を離したら、ガチャという音がした。
びっくりして、俺は振り向く。
だけどそこに何もなく、ただドアが勝手に閉まっただけだったみたいだった。
俺はまた正面…
部屋の中へと向き直り、中を伺う。
部屋は真っ暗…
カーテンも閉め切られていて…
かすかに辺りを照らしているのは、外からの赤くなってしまった光のみ。
俺はその光と暗闇に慣れてきた目で、頑張って周囲を伺う。
壁際に、良く分からないシルエットのものばかりが置いてある。
物の上に物が積み重なっている物…
箱のようなものに、びっしり押し込められている物…
壁に立て掛けられている物…
そして、何か良く分からない分厚い書物。
その書物が何なのかは、本当に俺は分からない。
でも見当はつく、ついている。
俺が知っているこの世界で魔法を習得する方法、それは鍛錬…
そしてもう一つ…
じいちゃんに聞いただけ…
そんな、人から聞いただけの知識…
でもそれが正しいのであれば、俺の目の前にあるそれはきっと…
人に叡智という名の魔法を授ける、魔導書。
きっと、それだと…
俺は、その書を手に取る。
元から部屋が暗いせいか、それとも書が元から黒っぽいのか…
どちらにしても、表紙に何が書いてあるのかが読めない。
これがもし魔導書なら、きっと俺に魔法を授けてくれる。
そう思うと、心が躍り出す。
もしかしたら…
いつも俺をイジメてくるあいつらを、ぎゃふんと言わせることができるんじゃないか。
いつも俺を見下すクラスメイトを、見返すことができるんじゃないか。
イジメのとき以外は、俺のことを視界にも入れようとしない先生どもの評価を覆させられるんじゃないかと…
ただ、手に取った書はうんともすんとも言わず…
今もただ黒くて汚いだけ…
何かが起きそうな気配は全くしなかった。
「なーんだ…
ただの、ぼろっちぃ本か…」
勝手に膨れ上がった期待をしぼませながら、俺は元あった場所に書を返す。
ただやっぱりと、真っ暗な部屋。
だから日頃はしっかりと作用している遠近感も今は正しく作用せず、俺は書を地面に落としてしまった。
落ちた衝撃で、書が勝手に開き…
そしたら急に…
開いたページが光り出してしまった。
その光で…
乱雑にしまわれている用具も…
誰が書いたか分からない絵も…
金色に光っている何かも…
色々なものが、ちゃんと視界に映る。
でもそんなものよりも…
今俺の目をくぎ付けにしているもの、それはやっぱり…
さっきまで手にしていた、俺が落としてしまった書だった。
書は、光り輝き…
その光でか、ページに示されている印字は明るく照らされ…
ページは勝手に進み…
そして次々と、印字の文字が空中に浮かび上がってくる。
浮かび上がった文字は、書…
そして同時に、俺を囲んでいく。
ただ、次々と浮かび上がってくる文字。
その文字がどこに向かっているのかが気になって、俺は書から文字の行き先へと視線を移す。
グルグルと、周囲を回っている文字。
その文字は前の文字にただ付いて行くように進み、そしてグルグルと俺と書を何周もした後…
最後向かう先は、俺の左腕…
そこにある、今何故か光り輝いている紋章だった。
そこに、文字が集約されていく。
意識してしまうと、急に紋章のある辺りだけが熱くなった。
沸々と、煮られているような熱さ…
ただ、柔らかい熱さにも感じられる。
不思議な暖かさ…
そして文字の集約が終わった。
それに伴い、書から出ていた輝きは消え失せ…
いつのも間にか、書も一緒に消えてしまっていた。
元が暗い部屋。
さっきまで明るく照らしていたのは、書から出る光。
だから今は暗いだけの部屋に戻った、そのはずなのに…
今は、ほんのりとした小さな光がある。
だから俺は、その光源を探した。
カーテンから漏れた光もある。
ただ、それではなさそうだ。
だから他の…
俺は光を探した。
そしてあった。
俺は見つけた。
俺の左腕にある紋章を…
今も、小さく光り輝く紋章を…
そして滲んで消えかけているもう一画を、照らしている紋章を。
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