非力な魔法でも、俺は強くなることを目指す

@yuu001214

紋章と魔法

 いつも夢に見る。

 

 目の前で起こっている光景へ、必死に手を伸ばす。

 ただ、どれだけ伸ばしても遠い。

 遠すぎて、全く届きそうにない。

 

 ただそれでも伸ばす。

 伸ばさずにはいられないから…


 でも俺のそんな努力は…

 足掻きは、意味なんてなく…

 そして振り下ろされる瞬間…

 その絵は途切れ、俺は目を覚ます。




 俺の名前はフェデ。

 11歳だ。

 俺は今、学校にいた。

 

 そして、この学校がどういう学校かと言うと…

 国がある程度大きい街で先導して行っている、”力”や基礎教養を習熟させるための学校だ。


 魔王が倒されたのが、早10年前…

 魔王が倒されたことで、同時に魔族という種族も軒並み滅んだ。

 

 ただそれでも魔物という存在は存続しており…

 その存在、それとダンジョンと…

 二つの壮大な資源を得るために、魔法や武芸という”力”がまだまだ必要とされている。

 

 そして、その”力”…

 それと魔王なき今、より技術の発展を目指す先駆けのために作られたのがこの学校という施設らしい。

 

 


 俺はそんな学校の…

 今後魔法を必要としない者、まだ魔法を覚えられていない者…

 そんな人たちのために作られているクラスの教室を出たところだった。

 

 この学校…

 いやもしかしたら、この国か。

 この国では魔法使いという存在が花形的な存在だ。


 だから在籍している学生のほとんどは魔法を先に覚えた状態…

 もしくは在籍中に魔法を習得していく。

 

 そして、そんな学校でどうクラスが分けられるかと言うと…

 魔法を覚えた者と覚えていない者でまず分けられる。

 覚えていない者は一クラスに纏められ…

 覚えているものは優秀さを基準に、またクラスを分けられる。


 そしてさっきも言ったが…

 俺が在籍しているクラスは、魔法を覚えていない方のクラスだ。

 


 

 そして今は…

 そんなクラスでの今日の授業も終わり、教室から出たところだった。

 時刻的には、もう少しで夕方で…

 もうじき、外が赤くなっていく頃だ。

 

 そして終わったばかりだったから、周りにはちらほらと俺と同じように授業を受け終えて帰っている生徒が見受けられる。

 そんなとき…


 チッ…

 また来たよ…


 俺は進む先…

 その先からこっちに歩いてくる男子生徒三人の姿が見えて、心の中でそうため息をついた。

 ただ、立ち止まっていてもしょうがない。

 だから諦めて、俺は歩を進めた。

 

 そして数歩進んだ先…

 目の前には、反対から歩いてきた三人がいて…

 そんな三人は、俺をニマニマと楽しそうに見てきながら…


 「よー、無能。」

 「無能。」


 中央にいた男の子の言葉を合図に、右側にいた男の子も俺に言葉を向けてき…

 そして、左側にいたやつは馬鹿にしたような笑い顔を向けてくる。


 イラってくる。

 でも立場も能力も、向こうの方が…

 特に、中央の男の子の方が上。

 だから俺は、心の中にある苛立ちを無理やり沈めた。


 「なんでしょうか?アースナル様…、それにお二方様も…」


 俺のへりくだった言葉が大層気に入ったのか…

 三人とも全員が、俺を馬鹿にするような…

 見下すような視線をより強くして、笑顔をより深めた。


 「アースナル家次期党首であるこの俺様直々に、また無能の教育でもしてやろうかなと思ってな。」


 真ん中のやつが、俺に向けてそう言ってくる。

 ただ…

 

 教育…?

 またどうせ、家かどっかで溜まった鬱憤を吐き出しに来ただけだろ。


 俺は心の中でそう愚痴る。

 でもさっきも言った通り、向こうの方が何もかもが上。

 だから俺は何も言い返すことなんてできるなずもなく…


 「そうだったんですね。ありがとうございます。」


 こう言うしかなかった。


 俺の素直な返事が嬉しかったのか、中央のやつの笑顔が気持ち悪く吊り上がった。

 そして右側からは…


 「そうだぞ?マーク様の優しさに、もっと感謝しろよ。」


 中央にいる男の子、フルネームはアースナル・ジ・マーク。

 侯爵家のボンボンだ。

 髪は赤。

 左右アシンメトリーの髪型をしていて、右だけは伸びているが左は短い。


 そしてついでに言うと、右の奴の名前がラット。

 左の奴が、レフ。


 そしてラット、レフと言葉を続けてくる。

 

 「マーク様はすごいんだぞ?昨日で12歳になったばかりなのに、新しく4つ目の属性魔法も覚えられて…」

 「そうだそうだ。マーク様はすごいんだぞ。」


 属性魔法を4つ…

 例えばで言うと…

 火魔法、水魔法、土魔法、風魔法という感じで…

 彼は少なくとも、合計4つの属性魔法を使えるらしい。


 そして左右の男の子たちがまるでそれを、自分のことのように誇らしげに自慢してくる。

 それが嬉しいのか、中央にいるぼっちゃんの鼻が伸びる。


 またか…

 俺はそう思いながら…

 「それは、素晴らしいですね。」

 そう言うと…

 

 「しかも、火魔法のレベルなんて3なんだぞ?」

 「すごいだろ?」


 ラット、レフが、さらに言葉を続けてくる。

 毎度似たような話ばかりで、ほんと鬱陶しいし煩わしい。

 

 でも、すごい。


 まず魔法のレベルというものは、10段階で別れている。

 

 俺たち4人ともが1年生。

 年齢で言うと、11か12歳だ。


 そしてこの年…

 というか全生徒合わせても、ほとんどがレベルが1。

 最上級生の三年生でようやくレベル2かどうか…

 レベル3の学生はかなり稀有な存在だ。

 

 それなのに、今の時点で…

 もうじき二年生に差し掛かろうとしているタイミングで、レベル3…

 

 言いたくない。

 言いたくないけど…

 

 天才とか神童という言葉は、中央にいる彼に当てはまるのだろう。


 だから、周囲にいる生徒から…

 「すご…」

 「やば…」

 「天才…」

 そんな言葉が溢れ出てくる。


 そしてそれに満たされていくのか…

 中央にいる彼の鼻がどんどん伸びていく。

 それに連なって、何故か左右にいる二人も…


 そして、十分に周りからの賞賛の声に満足したのか…

 何故か…


 中央にいた彼は何故か俺の胸ぐらを捕み、そして…

 壁へと投げつけてきた。


 一気に視界が移り変わり、すぐに背中と腰に強い衝撃が走った。

 そしてその衝撃で、口…

 肺から、半強制的に空気が漏れ出る。


 「ガッ…」


 急な痛みだけに、頭の中を支配される。

 そしてその痛みが止んだと思ったら、次は壁とぶつかったところがひりひりと痛みだす。

 身動きを取ろうとしてもすぐには動けない。


 だからすぐに動かせる、顔だけを動かす。

 彼らの表情を見るために…

 

 視線を上げた先の彼らは…

 まるで罪悪感など感じていないようで、楽しそうな笑みと悪い笑みの両方をを浮かべてくる。


 これの、何が教授なんだよ。

 ただの暴力だろ。


 俺の…

 普通の認識はこうだろう。

 ただ、彼らは違うみたいで…


 「未だに魔法を覚えられない無能のお前のために、格闘術でも教えてやろうと思ってな。」

 「ははは、マーク様の優しさだぞ。」

 

 中央にいる彼がそう言い、ラットが続き、レフは笑みを浮かべてくる。

 

 そして、魔法を覚えられないという言葉…

 これは間違ってもあり、正しくもある。


 この世界、各個人の左腕には痣…

 紋章が、生まれた時から刻まれている。

 形も大きさはばらばら。

 でも一つだけ、たった一つだけ共通なことがある。

 それは…

 

 紋章の画数で、覚えられる属性の数が決まることだ。


 聞いた話では、ほとんどの人が2か3…

 ただ、彼は少なくとも…

 

 俺は彼の左腕…

 紋章があるであろう場所を見た。

 ただその場所は、長袖を纏うことで隠されている。

 

 それは、人攫いならなどの犯罪から少しでも身を護るためで…

 紋章というものを人目から隠すため、長袖を着ることや紋章の辺りを布で巻くという風習がある。

 

 たださっきの彼の言葉を信じるならば、彼の紋章の画数は少なくとも4画。

 その辺の凡庸な人とは、一線を画す存在なんだろう。


 羨ましい…

 ただただ、彼の4画の紋章が羨ましい。

 もし俺にそれだけの数があるのなら、俺も今頃は…

 

 俺は自分の腕を見た。

 そこには、きっちりと包帯がまかれている。

 ただ、そこに隠れている俺の紋章の画数は…


 俺が自分の左腕に気を取られていると、気づいたらいつの間にか彼らは俺のすぐ目の前にいて…

 そして、俺の左手に巻かれている包帯を引っぺがした。

 

 「いつも思うけどな、これ…、飾りなんじゃないのか?」

 

 中央にいた彼が、俺の二画でできた紋章の辺りを踏みつけ…

 そして踏んだ足をぐりぎるとしながら、そう言って嘲笑ってくる。

 

 重さと摩擦で、ただただ痛い。

 でもそれ以上に、屈辱だ。

 

 なんで、自分がこんな目に合わないといけないんだろうか。

 なんで、踏みつけられないと…


 きっかけは友達欲しさで入ったこの学校…

 礼儀も知らなかった俺が、身分の高い彼らに失礼な態度を取ってしまったからだった。

 俺の浅はかさが招いたことだ。

 

 ただ、今でもイジメが続いている理由が簡単で…

 俺が魔法を使えず、そして彼がただただ優秀だから。


 だから俺たちを見ている周りのやつらも、見ているだけ…

 誰も俺を助けようとはしてくれない。

 逆に、俺がイジメられているのを楽しそうに笑っている連中ばかり…


 俺を楽しそうにイジメてくる奴らに…

 ただ見ているだけの奴らにも…

 馬鹿にして笑ってくるそんな奴らにも、怒りが湧いてくる。

 

 悔しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて…

 本当に悔しい。

 

 ふつふつと怒りが湧いてくる。

 

 ただ、やり返したところですぐに返り討ちにされて…

 よりイジメが過激するだけ。

 だから、どうしようもできない。

 

 そして、周りにいる奴らも助けてなんかくれない。

 だから下手したら、きっとまた暗くなるまでこのままなんだろう。

 嫌で嫌でしょうがない。

 

 でも、見返せる…

 やり返せるような気が、全くといってしてこない。

 だからこの先も…

 ずっとこの先もこのままなのかもしれない。

 そう思うと、目が熱く…

 目から、また何かが溢れてきそうだった。


 ただ、俺が絶望していたそんなとき…

 「おまえら~~、何してんだ~~~~っ!!!!」

 遠くから、怒鳴り声が聞こえてきた。


 その声に周囲が騒ぎ始め、そして逃げ始める。

 それは、今俺のすぐ目の前にいる奴らも同じで…


 「チッ、いいところだったのによ。あの”見世物”やろーが。」

 「ほんとですね。」

 「ですね。」


 目の前の三人から、そんな言葉が聞こえてくる。

 

 「あーいいわ。いくぞ。」

 「「はい。」」


 そして最後に、俺の腕をグイっと踏みつけてから…

 「またな。無能野郎。」

 そんな言葉を残して、彼らは去って行った。



 

 そんな彼らとは逆に、さっき大声を上げた主…

 いつも俺を気にかけてくれる先生が、傍までやってきた。


 「大丈夫か?ったく、あいつらは…」


 先生からの心配の言葉、その言葉は…

 壁に叩きつけられて、腕を踏まれたくらい…

 今日はたったそれだけの暴力しかを受けていないのに、すごくボロボロな俺の心にすごく響いてきた。


 「大丈夫…」

 先生の言葉に、俺は頑張ってそう返す。

 というか、それしか返せない。

 これ以外の言葉は、きっと泣いてしまいだったから…


 「そうか…」

 「うん…」


 先生は、俺の隣…

 倒れている俺の隣に、壁に背を預けるように座った。

 俺も痛みをこらえて、それに習って座る。

 背中に腰、それと踏まれた腕が痛む。

 でも、我慢して…

 

 この先生は、毎度見かけたら俺のことを助けてくれる。

 他の先生は見ないふり…

 もしくは他の生徒と同様、俺がイジメられている光景を楽しそうに笑ってくる。

 でも先生だけは…

 この先生だけは、俺を助けてくれる。


 それは何故か…

 それはきっと、俺をイジメていた主犯…

 アースナルが言っていた、見世物という言葉が理由なのだろう。


 この先生の左腕にある紋章も、1画だけ…

 だから、覚えられる属性魔法はたったの1つだけ…

 

 ただ、それとは関係あるのか分からないが…

 この国…

 少なくともこの街では、1画の紋章はすごく嫌われている。

 馬鹿にされ、会う人会う人に嫌な顔をされる。


 それなのに1画の紋章の持ち主は、他の紋章の人たちのように紋章を隠すことをしない。

 隠せばばれることはないのに。

 それなのに…

 

 もしかしたら、俺の知らないところで隠すことが禁止扱いになっているんかもしれない。

 そしてそれを、律儀に守っているのかもしれない。

 今も1画の紋章を曝け出している、俺の隣にいる先生のように…

 

 ただ、そうするとどうなるのか…

 当然、馬鹿にされる。

 表で言われ…

 裏でも…

 

 きっとそれが、この先生が見世物と言われる理由。

 そしてそんな先生だからこそ、未だに魔法の1つも覚えていない俺を助けてくれるのだろう。

 自分に似た…

 自分のように馬鹿にされる生徒をほっとけなくて…


 それは、無能同士のただの傷の舐め合いかもしれない。

 傍からは、無様で滑稽かもしれない。

 それでも…

 俺はこの人を尊敬している。


 どんな理由があったとしても、俺は助けてくれているは確かで…

 俺に気を配ってくれているのは確かで…

 そして俺に優しくしてくれる、数少ない人だから。

 

 横に座っている先生から声が聞こえてきた。


 「いい加減、お前も魔法を覚えろよな。ほんと…」

 

 そう言葉にしている顔は、苦笑交じりの笑顔だった。

 俺のことを想っての言葉なんだろう。

 ただ…

 

 分かってる。

 分かってるんだ。

 俺だってそうしたいし、早く魔法を覚えたいよ。

 でも、でも…


 思い出すのは、じいちゃんの最後の言葉…

 それは、”基礎属性以外を覚えろ”という言葉。


 ”基礎属性”。

 それは、火、水、土、風の4つの属性。

 

 そして他の、基礎属性を複数覚えることで覚えられる、”派生属性”。

 それ以外の、”特殊属性”。


 基礎属性は、それ専用の鍛錬で覚えられる。

 それはこの学校でも教えられている。

 でもそれ以外の属性は、鍛錬の方法が存在しない。

 

 いや、もしかしたらあるのかもしれない。

 でもそんなのを、普通の学生である俺が知るわけもなく…

 一つだけ、たった一つだけ俺が知っている手も…

 俺がどんだけ手を伸ばしても、決して俺の手では届くことはない。

 だから、俺が今覚えれるのは基礎属性だけで…


 じいちゃんの言葉を、俺は何度諦めて覚えようと思ったか…

 何度、短いこの手を伸ばそうとしたか…

 それでイジメが、暴力が止まるなら…

 止むのなら…

 でも、でも、でも…


 思い出すのは、じいちゃんの言葉…

 それは正しくて、俺を納得させるもので…

 そして、じいちゃんが最後に俺に残した言葉。


 いつも手を伸ばす。

 ただどうしても、その言葉が忘れられなくて…

 だから俺は、いつも伸ばした手を引っ込めるだけだった。


 そして…

 魔法を覚えろ、先生からのそんな言葉に…

 俺は小さく…

 「うん…」

 罪悪感と無能感を抱えたまま、こう返事することしかできなかった。


 すると先生から…

 「ほんとお前は…」

 そんな優しげで、困ったような言葉が聞こえてきた。


 先生の優しい物言いに、元気が出た。

 ただ同時に、居心地の悪さも感じる。

 また、小言でも言われるのではないかと…

 ただ先生からは、新しい言葉が飛んでこない。


 だから俺は気まずさから…

 「先生、今日もご飯連れっててよ。」

 そう誤魔化した。


 その言葉に、先生はすぐに苦笑いを浮かべた。

 

 「昨日も行っただろ…」

 「えー、いいじゃん。別に二日続けてでも…」

 「ダメだダメ。どうせまた俺のおごりだろ?今月、ピンチなんだから…」

 「ピンチなのはいつもじゃん…」


 俺がそう言うと、先生が軽く小突いてきた。


 「そんなこと言うやつには、もう奢ってやらないぞ?」

 「わー、先生、ごめんって…」


 俺が慌てて出した言葉に、先生はニコッと笑った。


 「しゃーないな。今回は許してやろう。」

 

 「ふー…」

 先生の言葉に、俺は一度安堵のため息をついてから…

 「で、ご飯は…?」


 「だーめ。今日は、用事があるからな。」

 「また、残業?」

 「またって…」

 「いや、よく残業しているみたいだから…」

 

 「よく見てるな…」

 先生は何とも言えない顔だった。

 ただすぐに、繕ったような笑顔で…

 「今日はちょっと違うかなー。」

 そう言葉にしてきた。


 「ふ~ん…」

 

 俺がそんな音を発するも、先生からは返答が返って来ない。

 だからなんとなく先生の顔を見てみると、先生は自分の左腕…

 そこに描かれている紋章を見ていた。


 1画でできた紋章と…

 紋章ではない、じいちゃんにもあった黒っぽい…


 「変な痕…、先生にもあるよね。」


 その痕に、前から気づいてはいた。

 ただ、何の痕かは分からない。

 だから初めて、俺は聞いてみた。


 気になって、ただ聞いてみただけの質問…

 なのに先生は、ギョッとこっちを振り向いてきた。

 そしてさっきまで穏やかだった顔はどこへやら、振り向いて来た先生の顔はすごく怖い顔だった。


 「お前!これ、見たことあるのか!?」

 「あー、うん。じいちゃんにもあったけど…」

 「じいちゃんにも…」


 先生はそう呟くと、すぐに俺から視線を下げ左腕を…

 アースナルに包帯を引っぺがされてあらわになっている、俺の紋章のあたりをじっと見てくる。

 

 俺も釣られて視線を下げ…

 先生が何を見ているのかに気づいて、俺はとっさに左腕を隠しす。

 ただもう遅かったらしく、先生はすぐに俺から視線を外して何かを考えだした。

 俺は左腕の紋章を隠したままで、そんな先生を見つめる。

 

 ただ何故か、先生は段々と顔をしかめ…

 急に、額に汗を流しだす。


 「先生、大丈夫…?」

 「だ、大丈夫だ。」


 言葉ではそう言っているが、全く大丈夫そうには見えない。

 逆に、悪化しているように見える。


 「保健室にでも…」

 「いい!!」

 「でも…」

 「いいからっ!!!」


 俺の言葉を、先生は拒んでくる。

 そしてすぐに、何故か先生は俺の手を握ってきた。

 その手は、汗でびっしょりで冷たい。

 でも、手の中に何か固くてひんやりとしたものもあって…


 「保管室だ。行け!!」

 「えっ…?」


 どういう意味で言ってるのか、俺には全く分からなかった。

 でも…


 「いいから行け!!!!」

 「はい!」


 言葉通り、俺は急いでその場を離れる。

 でも振り返ってみると、先生はやっぱり具合が悪く、今すぐにでも倒れそうで…

 

 俺は戻りたかった。

 ただどうしても先生の怒鳴った声…

 そして必死な表情も脳裏に蘇ってきて、俺は戻ることができなかった。


 そして俺の手の中には、先生から渡されたもの…

 鍵が、そこにはあった。

 

 

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