章ボス撃破の裏で次の章の敵が「くくく、面白いな主人公」とか言ってるのなんか好き

 相良モールというのは複合ショッピングモールだ。田舎でも都会でもない俺たちの暮らす市では、数少ない娯楽施設でもある。天城家も園宮家もこの町の人間なので、昔から馴染みのある施設だった。


 土曜日と言うことも相まってか、野球くらい出来そうな駐車場には結構な台数が停まっていた。おーいお茶を飲みながら交代していく警備員を眺めながら、俺たちはモール内へ足を踏み入れる。


「映画っていつから?」

「俺も春風も待ち合わせより早く来たからなぁ。10分前に入るにしても、まだ30分くらいある」


 いつの間にかガラス張りにリニューアルされた手すりに身を預けながら、俺はスマホをしまった。


「あ、そうだ。じゃあスポッチャ行こうよ」春風は前髪を弄りながら前髪が乱れそうな提案をした。

「いいけど、別に後でもよくね? 30分だとちょうど盛り上がってきたところで追い出されるぞ」

「えー? じゃあお昼食べる? どん兵衛でいいよー」


 初デートの昼食にどん兵衛を所望する幼馴染はどうなのだろう。しかも本人は喜色満面なので、俺への気遣いではなく本心から発案したことがわかる。


「いや? まあ、もうちょっと高いもの食べてもいいんじゃない? ほら、4階にフレンチとかある」

「あのね、あのね、アレンジにハマってて、ちょっと前にラーメン二郎風にするどん二郎って流行ったけど、あれの派生形でラードとブラックペッパーと牛乳で長浜ラーメン風にも……麺の太さが全然違うからマルタイさんの麺を同時に茹でてからー」

「うわ、何か喋ってる。立て板に水のごとく何か語って気持ちよくなってる」


 夢見る乙女のように陶然としている春風をいなしていると、ふと複数の視線に気付いた。目立ちすぎたかと思ってそちらをうかがうと、どうも見覚えのある眼差しがこちらをうかがっているようだった。


 それは通報するか否かを迷っている人のような所作だ。中学のころ同じだった奴だとわかった。


「春風、とりあえず歩きながら考えよう」

「えー? どん兵衛じゃないの?」

「初デートでどん兵衛って言われる俺の身にもなってくれ。一生日清には勝てないのか」

「そ、そか。デートだもんね。ごめんね」


 途端にもごもごしだす春風。好きに話させていた方が会話が弾むのは目に見えているけれど、今は別の意味合いで的中しやがった予感から逃れるべくこの場から離れたい。


 いや、別に俺たちが裏でクラスメイトを埋めたり自殺へ追いやったり下着泥棒を共謀したわけじゃない。そんな人間が、クラスメイトたちに「MOはクズだけどお前らが死ねとか願うの違うじゃん」って偉そうに考えるのはお笑いでしかない。


 ただまあ、ゴタゴタはどんな奴でも一つや二つくらいは抱えているっていうだけの話。


 俺たちはとりあえずやってきたエレベーターに乗った。ベビーカーを押す女が出ていってから入る。


「っていうか春風、なんでそんなどん兵衛好きなの?」

「好きなキャラが食べてた」


 由紀ちゃん先輩が言っていた通り、園宮春風は結構なオタクちゃんだ。それもイケメンに発情するタイプではなく、かわいい女の子たちを遠くから眺めていたいみたいという込み入ったタイプ。


「昔から映画とか好きだったもんな。ターミネーターのテーマ口ずさみながら俺を棒切れで殴ってきたの未だに覚えてるわ」

「も、もー……デートって言ったのゆーちゃんだよ? そんな、あたかも私が野蛮な女の子だったみたいな言い分やめてよ」


 いや野蛮だろ。ジュラシックワールドごっことか言って肩をぐーで殴られたし。


 とはいえ春風の指摘もごもっともなので、俺もロマンティックな話題を探す努力をする。

 そうするとおのずからキスという話題に行き着くわけで、ネイルしていないくせにネイルの確認する真似をする少女を意識してしまう。


 やがてエレベーターが目的の階層へ到着した。


「なんかお揃いのものとか買うか」

「おそっ」

「お揃いのもの。いいだろ」

「な、なんでそんな積極的なの……? わ、私が昔紙ヒコーキ飛ばしても全然振り向いてくれなかったのに」


 あれラブコールだったのかよ。頭にめっちゃ突き刺さるから攻撃かと思ってたわ。


「かれ」

「彼氏だしっていうカッコつけ禁止」

「旦那だし」

「え、えー? 気が早いよぉ。もう」


 くすくすと笑いだす春風を見ていると、由紀ちゃん先輩からの使命が遂行できるのか不安になってきた。


 さて、このフロアはヴィレヴァンやカルディが並ぶしゃれ込んだ空間だ。当然ながら俺も春風もさして縁がなく、周りには玉石混交老若男女と言った具合で猥雑とした賑わいを見せている。


「ゆーちゃんって珈琲とか飲むんだっけ」

「ああ、ペルソナ5に影響されて飲めますみたいな雰囲気醸し出したことはあった」

「ゆーちゃんはジョーカーには見えないなぁ」

「あんなイケメンそうそういねぇよ。そもそも俺ん家屋根裏ないしな」


 カルディのレジ裏にある量り売りのコーナーから目を外した春風は、物珍しいカップ麺を探してうろうろしだす。転ぶなよと声をかけるけど、生返事しか返ってこない。春風の自称保護者たちの気持ちもなんとなくわかるものだ。


「春風さ」

「んー?」

「さっき、あの、昔紙ヒコーキみたいなこと言ってたけど、そんな昔から好きだったの」

「……」


 春風は持っていた極彩色のカップをそっと棚へ戻した。僅かに朱の差した頬のまま、横目で見上げてきて、言った。


「うん。だから中学の頃とか、この間とか嫌だなってなった」


 MOを挑発して殴られたことと、沙苗さんへの侮辱を自覚させるためにトリックスター気取りで飛び降りたこと。


 どちらも俺の目論み通りに事は運んだけど、自己犠牲という観点からしてみれば春風を傷つけたとも言える。


 俺は矛盾することを言った。


「春風が大事だった。お前なんも悪くないし」

 そして春風はそれには答えなかった。ただ、一歩だけ俺に歩を寄せてくる。

「もうサッカーやらないの?」

「やらない。あいつが話してくれるだけでも救いだよ」


 通報してくれた友人を思い浮かべる。あいつは同じ中学の出身。

 春風はそれ以上追及しようとせず、ふぅんとそっけなく話を終わらせた。


「あ」

「どうした」

「これ走らないと間に合わない」

「え? マジで? アラームセットしたんだけど」


 そうして取り出したスマホは見事にマナーモードで、スムーズが健気に鳴ってくれた形跡だけが残されている。


 俺たちは湿っぽい話を置き去りにするように、急ぎ足でカルディを出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

友人以上恋人未満のほんわか幼馴染を間男で有名なチャラ男先輩から護ったら付き合うことになった さかきばら @android99999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ