久しぶりに故郷歩くとめっちゃ狭く感じる


 週末。土曜日という黄金の朝を迎え、俺は思い切り伸びをした。


 たびたび頭痛こそ襲うものの、もうだいぶ身体は楽になってきている。


 警察から連絡はなかった。まさかこのデートに日に襲撃してくるという、安易な展開は避けて欲しいものだ。


 こう願うことがフリになったら嫌なので、俺はお茶漬けを掻っ込んでからさっさと家を出た。一応金曜日の放課後には、わざわざ電車を乗り継いで美容院へ行っている。人生初になるが、一応然るべき準備は整っているはずだ。


 春風フィルターを通さない俺は、まあ平凡な容姿だ。幸いにも貶されたことは数えるほどしかないが、同時に褒められたことも少ない。


「だけどまあ、それで容姿整えないのは春風に失礼だしな……」


 髪を切るって提案をしてくれたのは、つまり色々な自分を俺に見せたいってことだ。


 Bluetoothイヤホンでアニソンを流しながら歩く。たっぷりと二期まであったので2日で完走するのは中々骨が折れたが、それでも内容はそこそこ面白かったので苦ではなかった。疲れただけだ。


「羽場もなぁ」


 あいつは俺に対して自転車買え自転車買えと鬼のように催促し、「しゅーくんやめなよ」と相方の白崎からたしなめられている。だけど春風は自転車よりも歩く方が好きなので、俺の移動手段も必然的に徒歩となる。


 さて、待ち合わせ場所は駅前の噴水広場。


 俺が勝手に一時間早く来ただけなので、当然のように春風の姿はない。

 年々過疎化の進む故郷にうら悲しさを覚えつつも、由紀ちゃん先輩から言われた内容を振り返った。


「タイミングを見てキス……?」


 まあやれたらやるくらいでいいだろう。


 あの人の奇怪な笑い方からして、たぶんオモチャにして遊んでいるに違いない。


 そして本当に人の嫌がることはしない人なので、これくらいでは簡単に破局しないと太鼓判を押してくれたんじゃあないだろうか。


「だーれだ」

「春風」

「違うよ」

「お前たまにわけわからないボケ方するけどあんまり面白くないからやめた方がいい」


 俺は柔らかい手のひらを目からどけると、少し緊張しながら振り返った。


「お、おおおお面白くないとか言っちゃいけないんだよ。しずくちゃんとか苦笑いしながら面白いねって言ってくれるし」

「気遣わせんな」


 とはいえ俺も大っぴらに言えないのが苦しいところだ。


「……それよりもさ。どうかな」


 質問の意図するところはわかっている。家族ぐるみの幼馴染なのだから思考も似通るものだ。


 ふわふわとしたフレアスカートは、三学期の最後に一度見せたきりのものだった。縫製や刺繍のあしらいも丁寧で、相当質の高いものだとわかる。


 髪質だっていつにも増して透明感を増しているように感じられる。


 俺の貧相な語彙で例えるのであれば、たんぽぽのようだ。

 路傍に咲いているけれど、あれは美しい花を咲かせることは誰もが知るところ。色づき出した街路樹の緑もあってか、涼やかな存在感と共に俺の幼馴染は立っていた。


「似合う」

「そう……か。そうかぁ。似合うかぁ」

「オタクっぽい例えで悪いんだけど、小さな国の王女様みたいな、そんな感じがある」

「し、シンデレラにはなれない感じなのかな。なんて」


「俺はシンデレラみたいなえらっそうに男に助けられるの待ってる女より、隣で一緒に戦ってくれる女魔法使いに魅力を感じるタイプだ」

「えー……? シンデレラにもシンデレラなりの事情はあるんだけどなぁ」

「かわいいよ」


 春風は目を見開くと、そのまま泣き崩れるみたいに両手の平で自分の顔を隠した。ふわふわのウェーブヘアーからの覗く耳は、もういっそ哀れになるほど赤くなっている。


「やばいです。雄一さん、勘弁してください」

「なにがや」

「園宮春風という女は脆弱の塊なのです。そういうこと言われるともうアカンのです」


「あ? さっきシンデレラみたいな女嫌いって言ったばっかりだろ。なんで俺だけいつも恥かかなあかんのや。貴様も俺と同じ数だけ赤面しろ」

「彼女との口喧嘩で言い負かすタイプの彼氏だよぉぉぉ。モラハラ夫で素敵な彼くんでざまぁだよぉ」

「おう言うじゃねぇか。先に浮気したら再起不能になるまで慰謝料むしり取ってやるからな。二度と立ち上がれなくしてやる」


 男女平等を標榜するのなら、男も女も平等に殴るべきだし、殴られるべきだ。これ危険思想かなぁ。


 春風は足元が落ち着きなさげにバタバタして、意味もなく俺の周りをうろうろする。前が見えないからかふらふらしていて、俺にも二回くらいぶつかられた。


「それよりもじゃあ行こう。電車乗り遅れるから」

「で、電車ですか。隣町ってこと……?」

「ヒントだけど春風もよく知ってる場所。俺が赤い子のアクスタが三連続くらいで来て、これは陽キャになれって啓示なのかって被害妄想働かせてた場所」

「……え? あれ、観たよね」春風は気が付いたようだ。「ゆーちゃんもしかして……」

「ハマったから、最後にもう一回だけ観たい」




 二人で電車に乗ると、普段通りの景色が違う属性を帯びて見えた──なんてことはない。

 隣にいる春風は掛け値なしに可愛いと言えるけれど、それは俺たちの長い長い時間を越えるようなものではなかった。


 だからこそ良いのかもしれないという意見もあるし、そんなんじゃ駄目だろうという意見もある。どっちも頷ける部分はあるので、俺は横目で春風の唇をうかがった。


「……ん? どしたの?」

「いや……」俺は話題の逃げ道を探して外を見やって、ちょうど俺たちが通っていた小学校を見つけた。


 校舎はあの頃よりも少し黒ずんでいるものの、サッカークラブでも動いているのか校庭には豆粒みたいな子供たちがひしめている。


「あ……懐かしいねぇ」


「そうだなぁ。春風がセミ食おうとしたところだ」

「いや食べてないよ」

「サバイバルの鉄則みたいな奇妙なもの歌いながらセミ採取してたろ」

「えー? 他の誰かと間違えてない? 私そんな意味不明なことしてないよー」


 さも俺がおかしいことを言っている風にされたが、これは事実だ。

 何かのサバイバル映画に影響されて、小学二年生の春風は呪文のように「セミの素揚げ」と連呼していた。俺はそんな彼女を半ば真剣に恐怖していた。


「でも珍しいね、ゆーちゃんがアニメ観るなんて」


 春風も事実であったことを思い出したのか、食い気味で話頭を改める。


「そりゃ現代人だからアニメくらい観るよ」

「でも中学生の頃、ゆーちゃん『はっ、美少女動物園とか乙。現実見ろや』みたいな感じじゃなかったっけ」

「それは俺が中学生だからだ。あれもあれで素晴らしい」


 信奉者がいる限り、全てのものには平等に価値があるというのは佐山さんの言葉だった。

 同時に、他人に押し付けようとする奴は、ごめんなさいと言うまで殴り続けてわからせなきゃいけないとも語っていた。

 バイオレンスな人だ。


「お昼とかは?」

「ああ。相良モールだから……金はある。奢るよ」

「え、いいの?」

「いやまあ彼氏だし」


 めっちゃ早口になる。僅かに赤面しながらも春風は肩を寄せてくるので、逆に俺から寄せてやると「うひゃあ」とか言いながら離れていった。ちょっと傷付いた。

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