狙ってた来場者特典は一緒に行った奴が当てる
とはいえ春風も当事者であることには変わりない。暴力という非日常の権化みたいなものの餌食になったから俺が注目されただけで、春風だって本来なら質問責めに遭っていたかもしれない。
そう考えたら、朝の一幕も悪くはなかった。
「あれー? 春風ちゃんは?」
プリン頭のポニーテールが尋ねてくる。膝を折って古本の束を置いた由紀ちゃん先輩に、俺は答えた。
「先輩がリスト弄ってる間に表の掃除行きました」
「百合香ちゃんはー?」
「部屋の方でマリオカートやってました」
「ゆーちゃんはなにしてんのー? 無職でしょ?」
「人聞きが悪い。俺はバイトしていないだけです。親から与えられる金以外に収入源がないだけで、無職じゃあありません」
「無職みたいな言い方してる……!」
由紀ちゃん先輩とは、要はさやま古書店でバイトしている近所の大学生だ。
昔から何故か近所にいて母さんと交流があったので、もしかしたらこの女も幼馴染に分類されるのかもしれない。
そんなふわふわした立ち位置にいる女は、ふっふっふと不敵に口の端を釣り上げた。
「それよりも聞いたよ。春風ちゃんのこと。とうとうだねぇ。ヤキモキしてたよー」
「誰から? 佐山さん?」
「いんや、春風ちゃん。なんかはじめては私の部屋がいいとかほざいててキモかった」
「そうですか……」
俺はちりとりでタバコの吸い殻を集めている女に複雑な目線を向けた。
まあいいや。
「でもねぇ、幼馴染カップルは気心が知れている故に難しい問題があるもんさ」
「ほう。是非ともご教授願いたいんですけど」
「え、ゆーちゃんって『パチこいてんじゃねーぞブリーチ失敗女』みたいな目で私見てなかったっけ。どーゆー心境の変化?」
「俺の認識が甘かったんです。由紀ちゃん先輩は真実を語るブリーチ失敗女でした」
「うーん、髪の質が合わないのか美容院行っても脱色できないんだよなぁ。生涯大和撫子でいろってことなんかなぁ。美少女だしなぁ。20ってもう少女認定でいいの?」
「44回目ですよその話。死神代行にはなれねーってことですよ。んなことどうでもいいので幼馴染カップル特有の失敗について教えてください」
「44だと死ぬ死ぬで縁起悪いからもう一回話そっか」
マジでもう一回話された。彼女なりに怪我や死ぬみたいなことに敏感になっているのかもしれない。
彼女はどこからともなく椅子を引っ張ってきて、俺に勧めてくれた。こんな横暴が許される理由は、店主の佐山氏とその妻の貞世さんが1円パチンコを打ちに行って不在なことにある。とはいえ彼らは大雑把なので、いても特に気にしない気がする。
近々防犯カメラをアップデートし、ならびに設置台数も増やすとは約束してくれた。
話を戻そう。
「ズバリ、新鮮味皆無だ!」
「新鮮味皆無……!?」
「ああ。そうだよ天城青年。貴様と園宮女史は、ぶっちゃけナメクジの交尾のように常に一緒にいた……っ!」
もうちょっとマシな例えないんですか。
「じゃあなんすか。俺たちはソッコーでマンネリ化して『え、えへへ……や、やっぱりさぁ、お友達に戻らない?』みたいな感じで自然消滅なんすか」
「え、春風ちゃんの声帯模写うまっ」
「『ちょ、ちょっと舞い上がってたみたいで、やっぱり、ゆーちゃんのことそういう目で見るのはーって……』」
「おおすげぇすげぇ。なんで自分から傷つこうとするの?」
俺はこう見えても声帯模写が死ぬほどうまい。
小学生の頃、先生の声を真似て学校から電話し、通知簿の評価は実はオールAだったと押し通したことがある。
「どうすればいいんですか」
「今日はやけに素直だねぇ。うーん、そうだなぁ」
夏になると豪快に埃を巻き上げる扇風機を見やって、由紀ちゃん先輩は言った。
「ゆーちゃんって春風ちゃんと遊び行くこととかあったっけ」
「昔はよく。最近はアニメの映画を観に行くから着いて来てってくらいです」
来場者特典のアクリルスタンドが欲しかったらしく、好きなキャラの黄色が出なくて5回付き合わされた。
おかげで主題歌をそこそこ歌えるようになったし、たぶん場面見せられたら台詞をほぼそらんじることができる。
「よし、話は早い。行け」
「え?」
「それまだやってるんだっけ?」
スマホで確認すると、どうやらちょうど今週で上映が終了するらしい。アクリルスタンドの配布は既に終わっていて、メンバー4人のアクリルボードが配られることになっていた。
「散々観たのに俺から誘うのって変じゃないですか?」
「あまい、甘いよ天城青年! 同じ映画を特典目当てで5回も見る奴ァ相当コアなファンだ! ましてやメルカリで買えばいいのに自力で入手する辺り、こだわりも強いと思われる!」
確かに春風は流行を追うというより、自分の気に入ったものを深くほじくっていくタイプの人間だ。
「そういうわけでその映画のアニメを観るんだな。そして自分もハマったとして誘うのだよ」
「ほう、その心は何ですか先輩」
「ふっふっふ。ゆーちゃんがこれまでと何がちゃうねんと思っているのは手に取るようにわかる」
そろそろ仕事へ戻るのか、彼女は飲み終わったペットボトルを回収してテーブルを片付けだした。折りたたみ椅子を壁に立て掛けて振り返る。そこには渾身のドヤ顔があった。
「言うなればマイフィールドだよ。自分の家だよ。ほら、出先でもなんか自分の好きなゲームの話題が聞こえてきたら安心するとかない?」
「たまにありますね」
「そう。そして春風ちゃんはゆーちゃんと一緒にその映画を観に行った。つまり自分の家へ招き入れたも当然……違う?」
なるほど。俺は彼女の言いたいことの大要を理解した。
先輩はどこか恍惚としながら、
「故に油断しきったところをちゅーしてやれ……」
「マジすか」
「私は常にマジか大ウソしか言わないよ?」
「やっべ、だいたいの人に当てはまんじゃん」
しかし──俺はようやっと戻ってきた「さやま古書店」のエプロン姿を見やった。いつものお嬢様っぽいウェーブロングとは異なって、アルバイトの際は細かくポニーテールにまとめてある。
「ゆーちゃんどうしたの? 由紀ちゃん先輩と浮気? 死ぬ?」
「死なない。後付けヤンデレやめろ」
その由紀ちゃん先輩は「じゃ、じゃあふっほほほ、仕事に戻るね、ほひっ、ふふひっ、ぷ、ぷほへへへへへ」みたいな笑い方をしながらどっか行った。
「あー、春風」
「うん。私浮気は許さないよ。法廷で戦うよ」
「え? ヤンデレマジなの? 勘弁してくれよマジで。まあそれどうでもいいんだけどさ」
俺はうず高く詰まれている昔の詰将棋の本を眺めて、春風に視線を戻した。
「明後日暇か?」
「……」
「春風?」
「で、デートですの?」
「ええ、デートですわ。如何でしょうお嬢様。わたくしと是非」
誰も見ていないのを良い事に、恭しく春風にかしずいて見せる。蹴られた腰が結構深刻なレベルで痛かった。
「なんだろ」
「なんだよ」
「……付き合ってるんだなぁって思った」
「実感させるために誘ったからな」
すると春風は長めの前髪をいじりながら、もじもじと居心地が悪そうにした。
店の前の通りをピザーラのバイクが走って行き、それがいっそう店の中の静寂を強調するかのようだった。
「……行く」
俺はガッツポーズしたくなるのを堪えた。男としての理想像は黙って俺に着いて来い系の漢である。
「どこ行くの?」
「内緒」
「えー? へ、変な所だったら春風さんは大声を出すからね?」
「サハラ砂漠」
「あ、ごめん。ゆーちゃんたまに関係ない単語出してボケるけど、それ全然面白くない」
「え、おい。やめろよ。言って良い事と悪いことがあるだろ。俺だったから良いけど、佐山さんだと今ごろ掴み合いの喧嘩だぞ」
「むふふふ……」
「その『やれやれゆーちゃんは仕方ないなぁ』みたいな笑いやめろ」
「え、ゆーちゃん声帯模写うまっ」
同じことを言われた。
かくして俺たちはやって来るかもわからないマンネリから逃れるべく、週末デートという
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