Act.5 国語教師


カビ臭くジメついた体育館のせり上がった舞台上、胡座をかいて円座に座る面々に遅れて私達は加わった。古ぼけて軋む板材の上に例の公演の手書きの原稿が広げてあった。


「第三稿が書き上がったので、手空きになった人から回し読んでってください。」「あんがとね、くどちん♪」


眼鏡をクイッと上げると、そそくさと立ち上がって消えていった男の人は、後から2年の文芸部の先輩だとか聞いた。よくよく見れば原稿の題名の辺りになぐり書きの筆記体でクドウと書いてある。


「さあ、期待の新人たちよ〜集合されたし〜」


明朗快活な女性の先輩が部長とはまた毛色の違うニンマリとした笑顔で私達を手招きしている。部長の事を「さく」と呼んでいるあたり、この人も3年生らしいがそうなると人数的には3年生が殆どになる。


「あの、2年生の先輩がたは?」


同級の顔も知らない男子が、ぽつりと口にする。それに名も知らぬ先輩の眉がピクリとしたのを見逃さなかった。


「今日は立て込んでて、遅れて来るかな……たぶんね」「そうなんですね」


まだ知らぬ2人の間に流れる気不味い空気に、私達は生唾を飲むしかなかったが、先輩は改まって号令をかけて苦笑いのまま、ストレッチや発声練習の仕方を教え始めた。演劇部が他の文化部と違う最たる部分がここだという。吹奏楽と並ぶくらい体育会系なトレーニングも課され、他の部員たちは少し青い顔になっていた。


「じゃあ、私に続いてやっていこうか」「「はいっ!」」


先輩に続くように柔軟をこなし基礎的な筋トレと発声練習をぎこちなく行っていく、その間もずっと私は久手川先輩の姿を目で追っていた。久手川は誰よりも早く原稿を手に取ると食い入るように見つめ、あっという間に読み切って他の先輩へと手渡す。一息ついて、ふと視線を流すように振り私と目が合った。その刹那横から声がかかった。


「柴崎ちゃん、でしょ?」「あ、え、はい。…えっと」「リンだよ。よろしくね、秘蔵っ子ちゃん♪」


先程から教授してくれていた先輩の唐突な自己紹介にたじろぐ思考の中で「秘蔵っ子」というワードだけが耳に残って、思わず聞き返してしまった茜。リンは悪戯に微笑むと部長が茜に何かを見出しているらしいと教えてくれた。どういう訳か、期待を尋常じゃなくしてくれているという重圧で少しずつ胃が痛む思いがした。


「リンちゃ〜ん」


気の抜けた声に振り向くと、そこには時東がいた。胸の横あたりで手のひらをヒラヒラさせながらリンの傍らまでやって来たかと思うと、アツい抱擁を交わした。リンも慣れたことのように背をトントンと叩くと視線がこちらへ移った。私にも駆け寄らんという姿に手を前に突き出して拒絶した。


「お二人は、知り合いか何かですか?」「そうなの!リンちゃんはね、幼馴染なんだよ」「ほのちゃん、一応先輩は付けようね?」「あ、そっかそっか」


二人は幼い頃に、学童保育で出会ったらしく時東にとっては姉のような存在と見える。リンの方はといえば、振り回されているように見えて、満更でもないという感じだ。そう言われて見れば、リンの笑う姿はどこか時東にも似ているのかもしれない。


「はい、リンさん」


原稿をリンのもとへ渡しにやって来た新城はチラリと茜を見やると、背中側でピースサインをしていた。リンは新城のスネを小突くと、手をはためかせて追い払った。


「じゃあ、後は新城に引き継ぐね〜、よろしくぅ」


リンはそういうと少し離れデンッと胡座をかいて熟読をし始めた。バトンタッチした新城は今度は演劇における役職の説明に入った。演劇部においては簡略化された3つの部門で構成されている。まずは役者、文字通り役者をする者はこの部門に割り振られ体育館での活動を主とする。つぎに音響照明担当、一般的な放送部相当の設備は演劇部も使用が許されているようで、主にあの狭い部室で大半を過ごすらしい。それから作演、主に作劇に携わる裏方をまとめてそう称しているらしい。


「作演についてなんだけど…」「すみません。遅くなりました…」


新城の説明も佳境でココから力を入れんと意気揚々と息を吸ったその時、壇上へ舞台袖から人影が入ってきた。茜はその声に誰よりも早く目を伏せる。次第に影は足元から胸へ上り、やがて姿の全貌をみせた。黒いロングスカートに同じく黒の首元の長いニットに長髪をハーフアップに結わえた女性、言わずもがな篠宮依澄であった。


「今日からよろしくお願いしますね」


不気味なほど温厚そうで柔和な笑顔だったが、茜にだけは依澄の頰にまじまじと『嘘』と書いてあるように見えた。


・・・久手川さくら引退まであと57日

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THEATRE in Classroom HIGE帽 @HIGEtoHAT

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