15。キツネの独白〜薄氷のような正義

 〜キツネside〜


 私はキツネ・フッサと言います。

 なんと今回、初めての指名依頼を受けることになりました。

 しかも、メルティちゃんと二人っきり。


 二人っきりですよ、二人っきり。

 ふふーん。

 羨ましいでしょう、そうでしょう。


 ちなみにですが、私、冒険は初めてではないのです。

 昔、「先生」と一緒に山の麓を散歩しました。

 え、それは冒険じゃない、ですか?

 いえいえ、立派な冒険です。

 歌っていたら毒狼の群れに囲まれましたし。

 休んでいたら土砂崩れに巻き込まれましたし。

 ええ、立派な冒険でしょう。


 とにかく、自分の身は自分で守れます。

 メルティちゃんの足を引っ張る行為だけは、したくありませんから。


 さて。今回は、お友達のルイザちゃんの治療のために、「デジタリアの博愛」という薬草を探すことになりました。


 しかしその途中で大きなフレムボアに出会ってしまいました。

 森の奥から聞こえる。助けを呼ぶ声。

 ボアの突進に、大けがをしたのかもしれません。


 メルティちゃんの【烏】さんのおかげで、怪我人のいる方向がすぐにわかりました。本当に、不思議な存在たちですよね。


 私は今、森の奥にやってきています。

 そしてメルティちゃんは独りで、大きな猪と戦っています。


 私も戦えなくはないですが、学園で習ったものをその通りにやることしかできません。

 だから、あんなにも上手に魔法が使えて、身体能力も並外れたメルティちゃんには、本当に憧れてしまいます。


 同じ魔法が使えたとしても、上手に使える気がしません。

 ――「体を奪われる感覚」。

 私は気が弱いので、多分すぐに悪に飲み込まれてしまうと思います。

 だから、未だに「相変わらずなメルティちゃん」で居られるメルティちゃんは……本当にすごいです。


 いけない、話が逸れてしまいました。


 メルティちゃんに言われた通りに、右へ、右へと進みます。


 突然、近くの梢に泊まっていた烏が「アアーッ、アアーッ」と鳴いて、私の肩に掴まりました。

 証拠はありませんが、多分メルティちゃんが使役している烏なのでしょう。

 この【烏】も、悪なのですよね。

 ……一体どうして、「悪」になってしまったのでしょうか。

 こんなにもお目目の可愛らしい、カラスなのに。


「アアーッ、アアーッ」

「もしかして、この近くですか?」

「アアッ」


 ぬばたまの黒い翼をバタバタとさせています。

「正解」ということでしょうか。

 このカラスは、本当に賢いですね。


 ……それにしてもこの子、私の横から離れませんね。


 私がじぃっと見つめると、烏は首を傾げました。

 きゅうん。

 かわいいです。

 しかし、メルティちゃんの方がもっとかわいいです。


「んんー、なにか、欲しいのでしょうか。……あ、これ、自家栽培ですが食べます?」


 私はお団子に結ばれている蔦から、一粒の実を摘んで渡しました。

 ちなみにこの蔦、私のお団子から生えているのです。

 ……もしかして、お団子の中身が気になりますか?

 ふふ。今はナイショです。乙女の秘密というやつです。


 果実をパクッと口に入れると、カラスは「アアーッ、アアーッ」と鳴きながら翼をはためかせて飛んで行きました。


 さて私も、もたもたしていられません。


 周りに探りを入れました。

 そして幾分もしないうちに、私は縮こまっている三人の男の人を見つけました。


 真ん中の一人は呻いていて苦しそうです。お腹を抑えています。大怪我をしているのかもしれません。

 左右の男の人も脚や腕が不完全です。先ほどのボアたちの突進でやられてしまったのでしょう。

 少し近づくと、思った以上に血生臭くて、私は思わず身を引いてしまいました。

 ですが、そんなことを言っている場合ではありません。

 メルティちゃんとずっと一緒にいるためにも、これくらい平気にならないと。

 平気。

 平気……。


 一息ついて、私は三人に歩み寄りました。

 彼らは私に気づくと一瞬だけ動揺しました。それから、「あぁ、なんだ子供か」とまた力なく項垂れました。


「……ガキがなぜこんな所にいる」


 右の男の人が、肩をつらそうに上下しながら、睨み付けてきます。

 怖いですが、我慢です。

 三人とも泥だらけで、着ている服もボロボロです。狩人か――と思いましたが、そんなふうにも見えません。


 ……なんだか、嫌な予感がします。


 い、いけません。

 決めつけてはいけません。


「……私は、薬草を取りに来ました」

「……」


 あまり信じていなさそうです。

 どう説明するのがいいのでしょうか。


「……お怪我、治しましょうか?」

「あ?貴様魔法使いか」


 魔法使い。

 この世界の魔法職の一つです。

 ほかにも魔法士や魔導士などと呼び方は色々ありますが、つまり一般的にみんながイメージする戦闘職です。

 魔法で身体強化や治癒を行ったり、火炎や氷結や召喚といった魔法を駆使したりします。


「は、はい。治癒魔法は、ちょっとだけ使えます」

「何を狙っている。どうせ、俺達を捕まえに来たんだろ!」


 大きな髭を蓄えた、真ん中の男の人が怒鳴り散らします。すると左隣の、痩せ細ったほうが彼をなだめました。


「ナーラさんやめやしょう、ここは落ち着きましょうって。本当に人呼ばれたら……終わりですよ」

「落ち着いてられっかよ。こンちくしょうめっ!」


 私はそのやりとりをただ、無言で見つめていました。

 予想が、悪い方で当たってしまった気がします。


 私は、盗賊と出会ってしまいました。


 持ち物の不釣り合いさ。

 私に対する不用意な敵対と警戒。

 そんなところから何となく察していましたが、彼らの発言で答えはほぼ決まってしまいました。


 それにしてもどうして、わたしの前で身分をボロボロと話してしまうのでしょう。

 子供だから大丈夫、って思われたのでしょうか。

 あるいは、そんなことを気にする余裕もないのかもしれません。



 ……私は一体彼らをどうすればいいのでしょうか。


 捕まえようと思えば、出来ると思います。

 今なら、【人格凍結】が使えます。


 でも、彼らは同時に怪我人でもあるのです。

 それに、特に真ん中の人は先ほどより、一層苦しそうな顔をしています。演技には見えません。

 では、軽く治癒だけでも、すべきなのでしょうか。

 ……治癒して捕まえる前に逃げられたら、まずいですよね。

「盗賊なんだから情をかけずとも良い」と考える方も大勢いると思います。

 しかし少なくとも私は――そんな簡単に、人に手は下せないです。

 仮に今、彼らの【人格アカウント】を【凍結】させてから、治癒を行なって、捕まえたら。

 ――私は、絶対的な「正義」なのでしょうか。


 お父さんに、言われたことがあります。

 悪いって思われている人にだって、そうなってしまった悲しい理由がある。誰も最初からその悪意を持って生まれたわけじゃない、と。

 あの、お世話になった先生にも言われました。

 人をダメだと決めつける前に、自分でよく見て確かめなさい、と。


 当然、彼らがやっていることは、褒められた事ではありません。

 ですが、きっと何かの理由で今に至ってしまったのです。盗賊だって、やりたくて盗賊をやっているわけではないはずですから。

 そんな彼らを――この、まだ世間をなにも知らない私が捕まえて、果たしていいのでしょうか。


 わからないです。

 もう、わからないです。


「゛うっっ……」

「ナーラさんっ、ナーラさん!?くそっ……」


 真ん中の男の人が、私がもたもたしている間に、呻き始めました。そしてついには意識を手放しました。

 両側の男は涙を流しながら、彼を揺さぶっています。

 彼らは私を見ると、土下座をしてきました。


「お願いだ。お願いだ……。このあと捕まえたっていいんだ。それにこの付近の儲かる場所も知っている。それも全部伝えるから……。今はどうか、ナーラさんを救ってくれ……お願いだ」


「……オレからも頼む……。俺たちゃ世の中的には悪なんだろうけどよ、……あの運命を受けて賊に落ちねぇやつはいねぇさ。……変われねぇんだ。もう、戻れねぇんだよ。ナーラさんはオレ達の子をな、孤児院に届けてくれたんだ。あのままだとぜってぇ家の中で飢え死にするからな。……だからどうか……救ってやってくれ」


「……っ……あ……」

 気づけば、私も涙を流していました。

 ポロポロと、とまらず溢れ出てきます。


 ますます、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまいました。

 もう、どうすればいいかわからないです。


 救って……いいのでしょうか。

 それで、いいのでしょうか。


 私は……。


 私は涙を拭いて、気持ちを切り替えました。


「……で、では――治癒をします」

「!……ありがてぇ……。この恩は……忘れねぇ」

 深深と、二人は頭を下げました。


 私は、三人全員に治癒魔法をかけました。

 少なくともこれで、出血は遅くなると思います。

 私の限界です。


「ナーラさん……!よ、よかった……生きてるぞ……よかった……本当に」

 ボスらしき男の人に、二人が泣きついています。


「……」


 鼻をすする音を背景に、私は一息つきました。

 やることは、やりました。

 では、この状態で三人を捕まえればいいのでしょうか。


 ――しかし、世の中はそんなに甘くありませんでした。


 ナーラさんと呼ばれていた男の人が、ふらふら起き上がりました。

 その手に握るのは、錆びた刀。

 刃先は――私に向いていました。


 その行動には、横にいた二人もぎょっとした顔で止めに入りしたが、同じように刃先を向けられて、身を引いてしまいました。


「な、ナーラさん、もう、もう終わりにしましょうや……」

「あんたは十分やったさ……」


「俺は……」


(よ、避けなきゃ……あれ、動きません)


「俺はまだ捕まりたくねえんだよおおおおおっ!」


 肺を破るような叫び声。

 刀が、私の胸にまっすぐ飛び込み……。



 ――と、そんな時。


「……【万年雪の鎖】」


 透き通った声。

 空気は、文字どおり凍り付きました。


 三人の男はそれ以上喋ることもなく、その場で鎖巻きになって動かなくなりました。

 それは、結晶の鎖。

 まるで、氷の彫刻。

 無情な鎖だけが、ただひたすらに彼らを中心にとぐろをまき、ミシミシと音を立てていました。


 今、この区域だけに冬が訪れたように。

 森が眠りに落ちました。


 吐く息すら、白いです。


「キツネ、大丈夫?」


 聞き慣れた声がします。

 我に返って、あたりを見渡します。


「メルティちゃん……」


 私が通ってきた道の方から、メルティちゃんがゆったりと近づいてきました。

 その一歩一歩が、遅く感じました。

 まるで、水の中で歩いているかのように。


 メルティちゃんのほうは、とっくに終わっていたようです。


「見て、今日の晩御飯」


 彼女の後ろには、巨大な猪が氷漬けにされていました。

 よく見れば、メルティちゃんの左腕に、氷の刺繍が咲いています。綺麗ですが、怖いです。


 しかし私はもう、返事をする心持ちにはなれませんでした。

 メルティちゃんに、体を預けました。


「……私……」

「……あの人達、盗賊だった。ごめんね、早めに気づいていれば」

「……」

「……キツネ?泣いているの?どこか痛い?」


「違います……痛くないです……ただ、もう、わからなくて……うっ……うっ……うぁぁああっ……」


 私は、泣き崩れました。

 あれ。

 あれれ。おかしいですね。

 正しいことを、したはずなのに。

 正しいことを……したはずなのに。

 もう、わかんないよ……。


 私が、泣き疲れるまで。その長い、長い間。

 メルティちゃんはおろおろしながらも、背中をさすったり頭を撫でたりしてくれました。


 ああ。

 暖かいです。

 まるで、雪の日に手を伸ばす、暖炉のような温かみ。


 体重を預けたまま、私はついウトウトしてしまいました。

 帰宅するまでの間。

 私は、メルティちゃんに背負ってもらっていたそうです。


 私ってやっぱりまだ……。

 ――子供なのでしょうか。



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