11。閑話 噂は止まらないもの
(メルティとキツネがギルドを後にした、そののち)
「おい聞いたか、ギルドで男が暴れたってよ」
「んあ?知らねぇな。どんな話だ」
「ほら、あの問題児がまたやらかしたってさ」
「問題児ぃ?……ああ、あいつか。あの、高位の冒険者のやつあたり野郎か。……あいつ、またなんかやったのか。別に噂にするほどでもねぇだろうよ」
「まあまあ聞けってば。大事なのはそのときに居合わせた子達の話だ」
「子?子供?」
「だな。この世は美しくて広いと思ったぜ、おれ」
「はぁ?……特にネタもねぇなら付き合わんぞ。俺今日かみさんに買いもん頼まれてんだ」
「奇遇だな、実はおれもそうなんだ。……ネタはわんさかあるから行きながら話してやる」
「……お前妻いねぇだろ。まあいいや、勝手にしてくれ」
「よし決まったな。おれ、実は今日ギルドの奥んテーブルにずっと突っ伏して、人生を考えていたんだ」
「要は暇人だな」
「んでだ。ゴブリンの子供が一人、ギルドに入ってきてな。多分なんかの依頼をしにきたんだろうな」
「ゴブリン族? 珍しいなそりゃ。……はぁん、もうそういう時代か。百年前までいざこざを馬鹿みてぇにやっていたのに、感慨深いねぇ」
「そんときお前生まれてもねぇだろ」
「感慨深いと思うことは自由だろうよ。ま、でもそれだけじゃねぇんだろ。……あーわかったなるほど。それであの野郎が出てくるわけだ。ゴブリン消えろとか言ってな」
「お、大正解だ。んで、――か弱い少年は涙ぐみながら後ろずさる。ああ、なんということでしょう。自分の肌色がダメなのかな。少年は悲しんだ」
「……なんだその劇みたいな口調は。戻せ戻せ」
「へいへい。で、そこで颯爽と現れる一人の少女だ。……うん、多分少女」
「あ?わかんねぇのか」
「そりゃな。若いってのはわかったが。なんせフードかぶって顔隠していたからな。んで、その子がその男の子を勇ましくも庇って、あの野郎の連中に抵抗したわけだ。あんときはマジで痺れたぜ」
「……そいつ、背中に箒なかったか?」
「ん?……ああ、そういえばあったな」
「杖は」
「あったな。木のやつ。……え、まさかお前」
「ああ、俺多分その子知っているぞ」
「……びっくりしたぞ。お前がその娘かと。で、どこでお知り合いを?」
「なわけあるかよ。殴るぞ。……いやお前も知っているはずだ。あいつだ。あの、いっつも街ン中でゴミ拾いをしたり、手伝って回っている――」
「!ああ、あの子か!名前聞くと『名乗るほどの者ではないのだ』って答える。……あー、ナノちゃんのことかぁ」
「ナノちゃんって……。なるほどそれはなんとなくわかるぞ。その子見かけるとだいたい手伝いをしているからな。人助けに種族は関係ねぇってことだろうよ」
「んでな、まだあるぞ。その後にまた現れる美少女二人」
「……で?」
「あっさりその野郎どもを降伏させちまった」
「はぁ?んなわけねぇだろ。あいつ、あれでもかなり強いんだぞ」
「まあ、相手が悪いってことなんだろうな。頭に蔓巻いている子がさ、アイツらを叱ってな?『最低です!』って。ああ、おれも叱られてぇ」
「……勝手に叱られていろ。んでも、それ程度で日和る相手じゃねぇだろ」
「まあな。その子がすごいのは魔術なんだよ。ギルド内に青い瘤いっぱいの植物みてぇのが生えてな。んで、気づいたらあの野郎どもが束縛されていたぞ。泣き出すやつも結構いたな」
「……怖」
「しかもな、話によるとその植物、実体がないらしくてさ。光なんだよ、青い。
やろうと思えば王都すら包めるとか、あのまま生物操れるとか、実はもう一人の子が本体とか、すでに幾つもの国の紛争を止めたとか。噂がいっぱいだ」
「なんだその、勇者みたいな」
「勇者なんていねぇよ。いたらあんな戦争起きねぇよ。まあいいや。でもおれがすげぇと思ったのはもう一人の子でさ。もう、存在感が魔王みたいな」
「……魔王なんじゃねぇの」
「んなあほか。魔王があんな、可愛らしいロリロリなはずがない」
「きもちわる」
「あの蔓の子はさ、あ、もしかしたら戦えるかもって思っちゃうけど、その魔王みたいな子は、まぁ無理。戦う前に首を曝け出したくなるレベル」
「そんなこええ奴なのに可愛いのか」
「ん?いやぁさ、怖いのはな、あの娘の瞳だよ。明らかにあれは、人間が持てるものじゃないんだ。黒髪はそれなりにいるし、黒い瞳もなくはない。だけどありゃあ、もう違うんだ」
「?」
「いや、なんつーか。『圧倒的な闇』って感じだな。全世界の悪が一人に凝縮されているって言われても納得できる」
「オーラが怖いのか」
「んん、なんつーか、いやさ。どちらかというと『感覚』だな」
「すまないけど、俺にはつたわらなかった」
「まぁ、つまり言いたいことは、俺の『ロリロリセンサー』に引っかかった、というわけだ」
「もう捕まれ」
「悲しいこと言うなって。……んでね、続きがあるよ。あの男ってばまだ諦めずに暴れてさ。野次馬に襲いかかったその時――!! ナノちゃんが現われたのだ!」
「……」
「ナノちゃんすごかったぞ。思いっきり首を斧で斬られてんのに、びくともしないんだ。無傷だぞ、無傷。むしろ潰れたのは男のほうっていう。いやぁーっ、はっずかしぃーっ」
「お前のほうが恥ずかしいぞ。……しかし、確かにてんこ盛りだな」
「だろ?ナノちゃん何もんだよって話よ。で、トリは副ギルマスでな。そいつがまたすげぇんだ。なにしたのかわかんねぇけど、一瞬で気絶させちまった。
マータちゃん、なんと鬼族だったんだとさ。そりゃつえぇわけだ。メッチャかっこ良かったぞ」
「……それは濃いメンツだったな。あの野郎がちょっとかわいそうに思えてきた」
「だな。自業自得だけどな。あぁあああーっ、叱られてぇ……。こう、ローアングルに寝っ転がって、殴られて、『最低です!』って言われてぇ」
「……」
「ん? どうしたんだ?」
「ローアングルだと、殴れねぇぞ」
「そこはつっこまなくて宜しい」
夜。
深い、深い夜。
フードを被った一人の少女が、鬱蒼とした森の奥へと足を運んでいた。
手には掃除道具一式と、膨らんだゴミ袋が二つ。
口ずさむのは、軽快なメロディ。
しばらく進むと、一つの光源がほんのりと見え始めた。草木をかき分け、かき分け――。
そこに見えるのは、一軒の家。
巨大な聖域、あるいは要塞のような、ツリーハウス。
少女は慣れたふうに家のドアに手をかけ、吸いこまれるようにして地下へと降り立った。
――そこに広がるのは、別次元のような空間。
そして、辺り一面に広がるガラクタの山。
芽吹きを思わせる緑色の光が、薄暗く部屋を照らしていた。
「おかえりなのだ」
「ひゃっ……⁉あ、あ、ただいまですの、シャル」
跳び上がるのは、もう一人の少女。内気そうな様子をみせている。
「ありゃ、今日もソレをやっていたのだ? リコっちは、よく飽きないのだ」
「え、あ、好きなものには、飽きづらいの、ですの」
「そっかぁ、我が掃除好きだから、飽きないのと同じなのだ」
「そ、そう、そういうことですの」
内気な少女はそう言って立ち上がろうとして――そしてバランスを崩した。
「おっと」
背後から支え、彼女を受け止めるフードの少女。
「しばらく休むのだ。我はご飯作ってくるのだ」
「あ、だ、大丈……」
「だめなのだ。リコっちがいなくなったら、つまらないのだ。だから、休むのだ」
「……うん。シャルも、……その、色々大変だと思うけど、お、応援……しかできなくて、ごめんですの」
「気にしないのだ。生まれはどうしようもないのだ。育ちと――自分がどうしたいかが大事なのだ。……リコっちが、教えてくれた言葉なのだ」
「……ありがとうですの。ふ、フード、とらないのですの?」
「あ、忘れてたなのだ。……ふぅい」
少女は、フードを取った。
薄暗い光のみでもわかる、凛とした気質。
つり目、薄色の長髪。上品な佇まい、程よい体つき。
そして何より――胸元に光る、威光ある紋章の刺繍。
市井の人々に「ナノちゃん」と呼ばれ親しまれ、目の前の知己には「シャル」と呼ばれているこの少女。
彼女には、もう一つの顔があった。
御名を、シャルメイ・ノア・メランジュ。
この地、メランジュ王国の――第二王女であった。
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