10。メルティと揉め事②
意外な人物の乱入に、ギルド内は騒然とする。
ちなみにそそくさと出て行った人達は、どうやら面白いものが見られそうだということで、野次馬の群れを作っていた。
「……キツネ?」
「……」
メルティの前に立ちはだかって、男の拳を片手で抑えるキツネ。先ほどから、一言も喋らずに下を向いている。
「……キツネ、意外と強い」
「……メルティちゃんのほうが断然強いです。……でも前みたいなことがあったら嫌なので、ここは――任せてください」
前みたいなこと。
言わずもがな、二人の出会いの日のことだ。
あの日、メルティは自分の武器に精神を蝕まれ、気を失いかけた。
メルティにとっては些細なことだ。前々からよくあったことだし、極論を言えば彼女は未だに、自分を大事にしようという考えがない。
が、キツネにとっては、考えれば考えるほど恐ろしいことだった。
一緒に、過ごせば過ごすほど。
あの時は、力が出なかった。
最初のころ、怖い兵士に変な薬を飲まされ、そのときから魔法の調子がおかしかった。
それでも、キツネは一歩を踏み出すことができた。
――でも、もし、自分がいなかったら?
目の前でメルティが悪意に包まれて行ったら?
――私は、どれほど後悔するのでしょう。
……いえ、後悔しないようにしないと。
キツネの本心はメルティに伝わっていないが、最後の「任せてください」という言葉にはなんとなく感じるものがあった。
「……うん」
だから、素直に下がることにした。
左手はポーチに触れ、右手はコートの襟を掴んでおきながら。
「さっきから随分好き勝手に罵倒していましたが、
「……あ?」
「女がどうとか、子供がどうとか。もう貴方達のどうしようもない価値観ですから百歩譲って無視します。でも二つだけ覚えておいてください。
まず一つ、さっきの男の子にちゃんと謝ってください。
種族が違うから何ですか。違ってはダメなのですか。今の時代には今の時代のルールがあります。それを守らない上にこんな無防備な子を
早口で捲し立てるキツネに、男衆はぎょっとして身を引いた。
「もう一つ――」
そこまで言うと、キツネの足元に青色のプレートが現れた。
枝分かれしながら男たちのほうに向かって行き、やがて彼らの足元を捉えた。
「な、なんだ?」
今更慌てて逃れようとするが、プレートはまるで影のようについてくる。
焦り声が上がる中、キツネの冷たい一声が刺さった。
「【
その声明と共に、彼らの足元のプレートは赤く染まった。
赤い丸と、赤い斜線のマーク。
――いわゆる「禁止マーク」だ。
その途端、体の異変に気づく男達。
「なっ……か、……」
「あ……か……」
体が動かない。
それどころか息がまともにできない上、声もほとんど出ない。
心臓の鼓動も弱い。
脳もまともに働かない。
そこにいるのは――ただの大人しい人形。
最初はなんとか脱出しようと藻掻く面々だが、やがては戦意喪失した。
中には涙を流し始める者もいた。
そんな彼らにキツネは一歩、歩み寄った。
「もう一つ――私の悪口でしたら、いくらでもして結構です。ですが二度とメルティちゃんの悪口を言わないでください。さもなくば次は――」
「ひぃっ……」
滂沱の涙を流す男たち。キツネは深いため息をつくと、
「【
と唱えた。
すると彼らを拘束していた光は消え、ギルド内が平常に戻った。
それには、関係ない人達も一息つくのだった。
――いつ、あの恐ろしい拘束魔法の矛先が自分達の方に向くことになるのか。
……キツネがもしそんなことを聞いたら、おそらく「そ、そんなことするわけないじゃないですか、もう!」と反論するだろう。
が、彼女はほとんどギルドを出入りしない。
彼女が如何様なる人物かを知る人は、ほんの一握りなのだ。
どたり、どたりと男達が、産まれたたての子羊のようにガクブル震えながら、木の床にへばりついた。
「……では、大人しく捕まりますか?」
仁王立ちするキツネに、音速で頭を縦に振り、青ざめる彼ら――なお、リーダーを除いて。
「……リーダーさんは、どうしたいですか」
「がぁ……ぇ……」
「?」
「どいつもこいつもふざけやがって!全員死ねぇえッ!!」
鬼のような形相。
両手に構えるのは、磨かれた双頭の斧。
彼はキツネから離れるようにして、跳びだした。
……否、あれは。
(ま、まずいです!皆さんの方に……っ!)
男が向かう先。
それは、見物をしに来た一般民衆であった。
甲高い悲鳴が上がった。
とっさに反応して、カードを取り出そうとするメルティ。
――が、しかし。
彼女よりも早く、荒れ狂うリーダーの前に、一人の少女立ちはだかった。
――数分前までゴブリン族の少年を守っていた、あの、フードを被った少女であった。
彼女は背中にその男の子をおんぶしたまま、両腕を大きく広げた。
「そこまでなのだ」
「俺を……邪魔するなぁああッ!」
その充血した両目には、すでに誰も映っていなかった。
ただ、己の道をふさぐ障害を払うのみ。
剛腕。
そんな言葉が似合う一閃。
男はフードの少女に向かって、斧を振りかざした。
いくら正気を保っていないとはいえ、成人男性の体重が乗った斬撃だ。
その細首に受けて、生き残れるはずがない。
そう、誰もが考えていた。
そして鮮血が飛び散る現場を頭に描き、慌てて視界を閉ざす――。
「う……っぐおおぉぉっ」
鈍い、衝突音とともに。
あまりの痛みに雄叫びを上げたのは、男のほうであった。
がらんと床に叩きつけられた斧は、すでに刃がこぼれていた。
そしてうずくまって押さえている手首は、異様な方向に曲がっていた。
しかしさすがは自らを「格上」と言い張れるだけに、その精神の強さは伊達ではない。
男は冷や汗を拭い、よろめきながら立ち上がった。
後ろでは「もうやめやしょうよ、ザネさん!」「そうッすよ、もうむだですって」と今までリーダーに加勢していた者たちも彼を抑えようとしていた。
多勢に無勢である。
それは、さらにリーダーの怒りを引きあげた。
獣のような咆哮をあげて、再度フードの少女に殴りかかろうとしたが――それが叶うことはなかった。
「ぐぉぁっ……」
――今度は、後ろから襟を摘まれる形で。
「はぁ〜い、そこまでぇ〜」
「「ふ、副ギルマス……⁉」」
そこにいたのは、副ギルドマスターのマータであった。
彼女に対して相当なトラウマがあるのか、先ほどよりもさらに震え上がる男ら。
「……本当は処罰対象だけどぉ〜、今はギルマスがいないしぃ〜、さっきこの子を止めてくれたみたいだからぁ〜今のうちにあなたたちは立ち去ってぇ〜?……ま、ギルマスも私もいないと思って、及んだことなんだろうけどねぇ〜」
「「す、す……すみませんでしたぁあああああっ」」
とたばた、ドタバタ。
逃げ去っていく面々。
「さぁて、残るはこの子だけどぉ……」
幾秒前まで絶賛「駄々こね中」だったリーダーも、今は完全に力尽きたらしく気を失ってグッタリしていた。
「あちゃぁ〜。ツボ一発でぐったりかぁ〜。高レベルにしては鍛え足りないねぇ〜。……あ、リンリンー、地面の掃除お願ぁ〜い。私はちょいとこの子の『面倒』を見るから〜」
「あ、はいっ!」
リンリンと呼ばれた受付嬢は掃除道具を担いできて、雑巾がけを素早く済ませた。
「あらぁ〜?メルティちゃんじゃなぁい。……あ、お隣はもしかしてぇ〜……」
マータはメルティたちに気づいたらしく、男を担いだまま二人に歩み寄った。
事が収まってなお残っていた、野次馬たちがすこしざわつく。
「あ、あの子ら、もしかして副ギルマスと知り合い?」
「そりゃ、つええわけだよ。アイツらよかったな、生きていて」
さて、画面はメルティたちの方に戻して。
「あ、ええと。……キツネと申します。以後どうぞお見知りおきを」
「……みしりおきお」
きれいな一礼をするキツネ。バラの花でも漂ってきそうな立ち居振る舞いだ。
そしてついでに、彼女の真似っこをするメルティ。
「あらぁ、これはすごいわねぇ。その名前、もしかして――」
「わっ、わあっ、そ、それはっ」
「あら、ごめんねぇ。……わかったわぁ。貴女は、キツネちゃんね」
「は、はい。……お気遣いありがとうございます」
何か言いたげのマータ。
慌てるキツネ。
何かを察したマータ。
胸を撫でおろすキツネ――。
なおその間、メルティは置いてけぼりである。
「知っているとは思うけど、私は副ギルドマスターのマータよぉ〜。……ふむふむ、キツネちゃんはぁ~……さしずめメルティちゃんの歯止め役、ってところかしらぁ〜?」
「え、えぇと、いえ、はい、い、……いえ、はい………はい、そうです」
あたふたしつつも、最後に「はい」に落ち着いたらしい。
申し訳なさそうにするキツネの横で、メルティは目を見開いてショックを表現していた。
効果音で言うと、ガーン、といったところか。
「ふふ、仲良さそうで私も嬉しいわぁ〜」
「はい!……あ、あの……。申し上げづらいのですが……」
「ん?……あぁ〜、視線でわかったよぉ〜? 気になるんでしょ、この角が」
普段見慣れた副ギルドマスターと、違う点。
それは、額の真ん中伸びた、大きな鮮紅の角。
それに関しては、メルティもびっくりだった。
キツネと二人揃って、うんうんと頭を縦に振る。
「じゃあ〜秘密でも何でもないから教えちゃうわねぇ〜。私、実は『鬼族』の出なのよぉ〜。力を使うと隠せなくなっちゃうから使いたくなかったのよねぇ〜。……あ、『オーガ族』とは違うからねぇ〜?両方に怒られちゃうから、『同じじゃない?』は禁句よぉ〜?」
「お、鬼族ですか。ここらへんでは珍しいですね」
「ま、そうかもねぇ〜。……あ、そういえば、キツネちゃん、聞いてよぉ〜。私、さっきまで何していたと思う〜?」
「ん……わからないですね」
「なんと、ね、貴女のパパのパシリを受けていたんだよぉ〜? ひどくなぁい?私これでも副ギルマスよぉ?」
泣きまねをする副ギルマス。
パチパチ瞬きをするキツネ。
「お、お父さんですか」
「そう!パピー!自分で行けばいいのにさぁ〜。……そうそう、そのパピーが貴女達に、ちょっとやってもらいたい依頼があるらしいわよぉ〜?」
その言葉に、キツネとメルティ顔を見合せた。
依頼が家で受けられるなら、もうギルドに要はないというメルティ。
喧嘩でどっと疲れたキツネ。
二人は仲良く、帰路についていた。
「……さっきのキツネ、かっこよかった」
「そうですか?そう言ってもらえて嬉しいです!
「ちょっとよくわからない」
「あ、大丈夫ですよ、知らぬがホトケと言いますし」
(キツネの言葉はたまに意味不明)
という感想を心に留めておくメルティ。
世間話は巡り巡って、先刻ギルドで体験したことに戻ってきた。
「そういえば、キツネが使っていたあの技、普通の魔法じゃない」
「そうそう、そうなんです!あれはですね、実はとある先生に教えてもらったものなんです。名前は確か、ノ……――あれ。なんでしたっけ。……あれ?思い出せないですね」
「……あと、あのフードの人も強そうだった」
「ですね!一体誰なんでしょうね。かっこよかったですよねぇ。……最後はどこかに消えてしまいましたが……しっかし、問題はあの男ですよ。あれはないですよねぇ、あれは。さすがに耐えられませんでした。メルティちゃんの悪口を言う輩は万……あ、そういえばメルティちゃん」
「ん、どうしたの」
「実はメルティちゃんにサプライズがありまして」
「気になる」
「ふふ、実は、『ローブルの涙』がようやく熟したのです!」
「おー」
腰に手を添えて得意顔をするキツネ。メルティはとりあえず拍手を送った。
「……『ヴァルヴァド』じゃない方?」
「ですです」
「紫のやつ」
「そう、それです。――お一つどうです?」
「……うん、もらう。……ん、美味しい」
「えへへぇ、よかったです!」
と、そうこうしているうちに、メルティたちは家に到着した。
彼女らはさっそくネコラの職務室に向かった。
「やあ、待っていたよ」
「お父さん、ただいまです」
「……ただいま」
「うんうん、お疲れ様。ギルドのほうで、色々あったらしいね。――さて、君たちはもう聞く姿勢になっているみたいだから、早速本題に移ろう」
ネコラは二人を対面に座るよう促すと、再度口を開いた。
「メルティ君。キツネ君。君たち二人で――『指名依頼』を受けて見ないかい?」
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