1章。指名依頼編〜それは、確かな繋がり
9。メルティと揉め事①
メルティが居候を始めてから二週間。
学ばない(あるいは美食家とも言う)メルティが変な虫を咀嚼しているのが見つかったり。
キツネが興奮のしすぎで鼻血が止まらなかったり。
メルティが屋根に貼ったシールを剥がすかどうかで会議になったり。
……と最初の頃は忙しかった。
が、時間が経てば湧いて出てきた慌ただしい日々も、収束に向かうのだ。
学園の新学期までまだ時間があるので、キツネはメルティをあちこち引っ張りまわした。
美味しいスイーツ店。
可愛い服飾店。
などなど、わいわい。
植物との距離感にやや難があるが、キツネも普段は立派な少女である。
可愛さに対する感覚はかなり常識の範囲内なのだ。
……どこかの、なんとかティさんとは違って。
とはいえ我らがメルティにもぜひ、拍手を送ってほしい。
彼女も、この一週間でかなーり成長したのだ。
まず、下着を着るようになった。
どんなセットかは――いつかのお楽しみだ。
さらに、挨拶もマシになった。
自分の二倍くらい偉そうな人には丁寧語でお話をするようになったのだ。
しかも、ちょっとした社交辞令も出来るようになったのだ。
考えてみてほしい。
一週間でこれだけのことが身につく(絶対守るとはいってない)。
――恐るべし、キツネ塾ッ‼
――と、冗談はここまでにして。
メルティは今、キツネと二人で冒険者ギルドに向かっている。
本当はひとりで行くつもりだったのだが、キツネが興味があるということだったので、メルティ同伴なら大丈夫と親からお許しをもらったのだ。
この一週間はほとんどのんびりだらだら過ごしていたが、さすがにちょっと暇が退屈に変わってきたらしい。
……おっとそこの君、「本を読んで勉強をすればいい」というのは禁句だ。
「そういえば不思議なポーチですよね、そのうさぎさん。ずっと気になっていたのですよ。やっぱり、お高い魔導具ですか」
キツネが注目したのは、メルティのうさぎのポーチである。彼女が歩くたびに左、右、左と揺れている。
形は普通の長耳の兎だが、顔がおかしい。目は垂れていて、口は眉間から鼻顎にかけてのライン――正中線を割って生えていて、長すぎた八重歯が交互に覗いている。
お世辞にも可愛らしいとはいえないデザインである。
「そんな感じ。……可愛いと評価するとはお目が高い(※言ってない)。茶目っ気もある。旅のお供だったうさぎ」
「ほうほう、そうですか。ちなみに、お名前はあるのですか?」
「ある。……ヴィヴァミ゛ュンミ゛ュン」
「……うい?え?」
「ヴィヴァミ゛ュンミ゛ュン」
「ういわ、……へ、へえ、不思議なお名前ですね」
「由来聞きたいよね。そうだよね」
「え、あ」
「話せば長いけど、いいかな。あの時、わたしはまだあんまり強くなくて、よく魔獣やらなんやらのお腹の中で夜を過ごしていた。で、ある日暇すぎて、暇すぎて死にそうになった時に、このポーチをいじめたくなった。すると――」
早口でそこまで言い切ると、メルティは二本指をポーチの目に思いっきり突き刺した。
するとポーチは「ゔぃぇぇぇえぇぇ⁉」とうるさめに鳴いた。
次にぶすっとしてみる。
「ゔぁああああああ!?」
ぶすっ。
「み゛ゅぅぅうううん?」
ぶすっ。
「み゛ゅぅうううううん!」
「……ね?」
「……ソウデスネ」
愛想笑い。
キツネは心の中で一歩だけメルティから離れた。
どこから突っ込んだらいいかわからないレベルの、狂気の沙汰である。
そんなこんなで一刻ほどが経ち、ギルドの建物が目の前に見えた。
門を開けると、ちょうど奥でなにやら揉めていた。
男の怒鳴り声が入り口まで聞こえてくる。
メルティとキツネは顔を見合わせて、中へ足を運んだ。
「てめぇに話しかけてねぇよ‼さっさと帰れっ」
「そうだそうだ!」
「さすがですぜ!もっと言ってやってくださいよォ!」
どうやら盛り上がっているのは男四五人だけのようだ。
他の人々は明らかに忌避している様子で、そそくさとギルドから出て行く人もいた。
さてそんな男衆が相手しているのは、深いローブで顔を隠している魔法使いらしき少女と、その後ろで涙をこらえて怯えている薄緑の肌の少年。
少年の方は耳が尖っていて、つぶらな瞳と丸い鼻が幼い印象を与えている。
服はほとんどボロ切れの縫い合わせで、四肢はやせ細って震えていた。
――ゴブリン族である。
「お、おねぇちゃん……も、もういいよ、ぼ、ぼく、かえるから」
「安心するのだ。お姉ちゃんに任せるのだ。ここは頑張るのだ」
ボサボサで落ち葉が貼りついた少年の髪を、フードの少女が優しく撫でる。
彼女は男等に向き直ると、びしりと杖先を向けた。
「ということなのだ。おとなしく引くのだ。我はこれから街の掃除があるのだ。よかったら一緒にやるのだ?」
「ああ、いいぜ。ただまずは目の前のゴミの掃除だ!」
ひっ、とか弱い悲鳴をあげてさらに縮こまる少年。
「ゴミ……それってこの子のことなのだ?」
「ったりめぇだろ。ゴブリンはおとなしく狩られてりゃいいのによ!」
親玉らしき男がそう吐き捨てると、後ろの金魚のフンたちはそうだそうだ、と騒ぎ立てた。
「なにが多様性だ!ゴブリンが街中ウロウロするなんて反吐が出る!」
「こいつらきたねぇんだぞ、生ゴミと一緒だ!」
「そうだそうだ!」
今にも崩れ落ちそうな少年。
しかしフードの少女は、その小さな痩せ細った体を抱きしめて温めた――大丈夫だから、と。
そんな時。
「――なにかいい依頼、あったりする?」
突然挙がった声に、その場に居た全員が固まる。
――声主が誰なのかは、わかりきったことだろう。
さすがは我らが主人公、こんな空気でも平然と受付に向かっていける。
ちなみにキツネはもうメルティの奇行に慣れたのか、文句ひとつ言わずにメルティの横について行った。
さすがの手練の受付嬢も、メルティのこの出方には対応しきれず、しどろもどろになりながら、
「え、えとぉ、依頼ですか?」
と言い濁った。
「うん、依頼――」
「おいテメェ」
「?」
メルティは自分に影がかかるのを感じて横を向いた。
そこには先ほどまであちらで喧嘩をして(一方的)いた男衆が偉そうに仁王立ちしていた。
矛先がメルティに向いたのだ。
メルティは三秒ほど彼らに注視してから、興味を失ったように受け付けの方に向きなおった。
「……今忙しい。後でにして。……それで受付さん、なにかいいのない?」
「え、えとぉ……?」
困惑が止まらない受付嬢。
先に我慢ならなくなったのは、ボスの男の方だった。
メルティに掴みかかるようにして前屈みになって、顔を覗き込んで怒鳴り散らす。
「俺が話してんだ。今のガキは格上を敬うことも知らねぇのか?あぁ?」
「全くですぜ!」
「そうだそうだ!」
すると、メルティはとんでもない挑発を、彼らにしれっとぶつけた。
――当然、無意識である。
「……?格上じゃないと思うけど」
当然、誰もが血の気が引く中、リーダーの男は目を充血させ、こめかみに何本もの青筋を立てた。
「てめぇ……女の癖に、ガキの癖に、偉そうにしてんじゃねぇぞ!強くもねぇ、男の金で飯食うことしか知らねぇ奴がでしゃばってんじゃねぇ!役たたずは帰れ!」
「帰る……?まだ帰れない。依頼を受けたいし」
こんなにボロクソ言われても、平然と依頼を受けようとして居られるのはさすがというべきか。
言うまでもなく、男は適当にあしらわれたことに、ついに堪えられなくなる。
――そういうときに一番失策なのが暴力なのだが、彼には既に考える余裕もなかったのだろう。
「――ッ!ふざけてんじゃねぇ!」
手をあげて、握りこぶしを作る男。その勢いの良い拳は、メルティの顔面に向かんとする。
……しかしそれが叶うことはなかった。
――ガシッ。
「なっ……!?」
目を大きく見開く男。
――メルティまでもが、表情を変えた。
そう――彼の筋肉質な拳を受け止めたのは、メルティではなく……。
キツネであった。
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