8。メルティとお風呂
・お風呂イベントその一「新たな感情」
「あー、怒られちゃったなぁ。ショックですー」
キツネは愚痴をこぼすと、両腕をぐーんと伸ばした。見様見真似で同じ動きをするメルティ。
「……注意されただけ。大袈裟」
「そんなことないですよ。……そういえば、メルティちゃんって怒られたことありますか?……変な質問なので、答えづらかったら大丈夫ですが」
「問題ない。んー……」
考え込むメルティ。
ちなみに今、二人で浴槽に入っているのだが、キツネのご厚意――あるいはご希望でメルティはキツネという特等席に座って浸かっている。
ちなみに、今ならマッサージのオプション付きだ。
メルティは大変小柄なのに対して、キツネは年齢の割に(母親譲りか)ダイナミックな発育をしている。
なので、メルティを包むくらい朝飯前というものである。
メルティはキツネのなんでもない質問に少しぼーっとしたまま唸ってから、先日のことをふと脳裏によぎらせた。
「……ある。というかよく考えたら、よくある」
「ふぇっ⁉そうなのですか?
「ぶ……それは違う。わたしは断じて違う。あと、ほっぺプニプニやめて」
「いやです」
「え」
「え?」
「……もういいや。好きにして」
「わーい」
許可をもらって、早速メルティの肌をムニムニするキツネ。
「……好きにしていいとは言ったけど、好きにしていいとは言ってない」
「理不尽⁉」
・・・
「ねぇ、キツネ」
「はい、なんですか。今はメルティちゃんの赤ちゃん肌を堪能するのに忙しいです」
「……怒られた時って、どういう気持ち?」
「怒られたときの気持ちですか、難しいですねー」
一旦手を止めて考えるキツネ。
「そうですね、あえて表現するなら、もやーっとした感じでしょうか」
「もやっと……恨み?」
「う、恨み⁉ ……いやいや全然です。モヤッとしても恨んだりはしません。強いて言えば嫌だなー、怒られたくないなーとかはありますけど。あとは恥ずかしーって思いますかね。……んー、表現が難しいですねー」
一生懸命、言葉を選ぶキツネ。
一方で目をぱちくりさせるメルティ。
「……ふーん。なんか、あまり実感ない」
「あはは、怒られないのが一番ですよ。……そういえば、メルティちゃんは例えば、どんなことで怒られたのですか」
メルティは怪物を引きずり回して、ギルドマスターに小言をもらったことを説明した。
「へ、へえ。……規模がとんでもないですねぇ。なるほどギルドマスターさんですか。普段正式にお会いすることもあまりないのに……いやいや、え、大丈夫なのですか⁉そんな大物に怒られちゃって」
「ん、平気。落ち着いて。うまくかわした」
「え、かわすってなんですか。……その時はなんとも思わなかったのですか」
「うん。正直、あんまりショックを受けていない」
「ま、まあそれは人それぞれですけど……もやっとしませんでした?」
「全然」
「怒られたくないなぁーとかは?」
「めんどうくさい、は感じた」
「な、なんだかマスターさんが可哀想に思えてきました……。多分、彼もメルティちゃんを思って、言ってくださっているのだと思いますよ」
「……同じこと、マー坊さんにも言われた。……あ、副ギルマスのことね」
「いやいや、なんて呼び方しているのですか……そうですか。やっぱみんな同じ考えなのですね。……メルティが大事じゃないなら、怒りません。心配だから、怒るのです……たぶん」
「そうなんだ」
「ですです」
「……よくわかんない」
「これからわかっていけばいいのです」
「……」
メルティはそれ以上喋らなかった。キツネに体をあずけると、そっと目を瞑った。
・お風呂イベントその二「腐ったとんでもない卵」
「そういえば、お団子のまわりのソレ、外さないの?」
「あ、これですか?……まあ、外すと植物もとれちゃうので、さっきみたいに頭を洗うときだけ梳いて、あとはまた戻すのです」
キツネの髪型は特殊である。
――いや、これは特殊以前に、もはや違う何かである。
「管理するの、めんどうくさそう」
「でも、やりがいはあるので、そこまで大変だとは思いませんよ。……一粒いりますか?」
「……ん、もらう」
メルティはヴァルヴァドの赤い実を口に放りこんだ。
「――!酸っぱい」
「そうなのですよ、これ、実は気温が上がると果汁が酸っぱくなるのです」
「……嵌められた。でも、スッキリ」
「ふふ、ではもっと、スッキリしちゃいましょう!」
キツネが手をパンパンと叩くと、使用人が一人やってきて桶をキツネに渡した。
木桶に入っているのはデコボコの丸い魚。例えるなら、苗が生えた水風船。
「……なにこれ」
「これはですねぇ……こう使うのです!」
桶を水の中に浸けると、魚は生き返ったように跳ね始め、水の中に入った。
その途端、浴室の中にさっぱりした柑橘類の香りが広がった。
「これは水生の寄生植物『ノーパバシャ』。この魚だけに寄生して、香りでもっと対象を誘き寄せるんです。どうですか、いい香りでしょう」
「うん。たしかにいい。……」
「あ、食べちゃダ――」
――パクっ。
キツネが止めるも空しく、メルティは魚を鷲掴みにして一噛みした。
「ぅえっ……」
顔を青ざめるメルティ。
慌ててメイドに水をお願いするキツネ。
メルティがごきゅごきゅと三杯ほどの氷水を平らげて、目をチカチカさせているのを慰めながら、キツネはボソッと零した。
「これ、かおりは良くても、味が……すごくて。『ノーパバシャ』って人魚族の方言で『腐ったとんでもない卵』という意味、らしいです……」
「とんでもない……たまご……」
メルティはそれ以降、ゲテモノを口に入れる前にやや躊躇する、という能力を得たらしい。
・お風呂イベントその三「コートの中は……」
波乱万丈のお風呂を乗り越え、浴室から出てきたメルティとキツネ。
「ふぁー、気持ちよかったですねぇ。今日はメルティちゃんがいるから、さらに美肌効果アップって感じがします」
「うん、久しぶりに温水被った。意外といい」
「えぇ……?いくらなんでも冷水は風邪ひきますよ。そういえば、メルティちゃんお着替えがないんでしたっけ。……おや、メルティちゃん」
メルティの着替えのカゴを、まんまるの目で覗くキツネ。
「……なに?」
「下着、どうしたのですか」
「シ……タギ?」
頭を大きく傾げるメルティ。
固まるキツネ。
「いやいや、そんな愛情覚えたてのロボットみたいな反応されても。……え、本当にないのですか?」
「ろ……?ぼ……?愛情と関係あった?」
「そこは無視で結構です。……というか、もしかしてメルティちゃん、上も着てないのですか⁉」
「上?」
「胸当てくらいは……?」
「?よくわかんないけど、このコート以外は……着たことない」
――ガクッ!!
崩れ落ちるキツネ。
しゃがみ込んで、指先でツンツン生存確認をするメルティ。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃありません……この星の存亡の危機です!」
「?そんなのない」
「あります。少なくともメルティちゃんの周りで、狼さん百万匹が暴れてしまいます……‼」
もはや泣き叫ぶが如くである。
ちなみに、メルティには少しも伝わっていない。
「知らなかった。狼がいたんだね。蹴り飛ばしてくるから、場所教えて」
「ダメですっ、足をあげてはいけません!」
「ぶぇ」
がばっと起き上がるキツネ。メルティの両頬をむにゅっと挟んだ。
「……キツネ、鼻血がすごいことになっている。そっち優先」
「え……あ……」
キツネはようやく熱がおさまったのか、言葉を止めて自分の両手を見た。
――血。
夥しい量の鮮血。
「ひゅっ……」
「キツネ?」
突然、操り人形の糸が切れたように倒れこむキツネ。
メルティはその場で三秒ほど静止してから、キツネに自分のコートをかけて背負い、そのまま着替え部屋を飛び出した。
――思い返してみてほしい。
少し前まで彼女らがどこにいて、何をして、何を着ていないのか……。
十数秒後、家全体に響きわたる叫び声と、足音。
就寝前、メルティはネコラに呼び出された。
「……キツネは興奮しすぎると、眩暈を起こすんだ。ちょっとくらいは平気だけどね」
「うん」
「救援を呼んでくれたことには感謝する。が……僕はいささか君が心配だ。……その、特に将来。それも近い将来。君、このままだと間違いなく色々やらかす。できればしばらくは、この家で最低限の常識を学んでいっておくれ」
「うん。ありがとう。そうする」
「衣服類のセットはこっちで用意しておこう。なにか、要望はあるかい」
「んー、別に服はコートがあるから……」
――にこっ。
「……キツネと同じもので」
「よし、それで決まりだね。では、しばらくの間よろしくね、メルティ・イノセント君」
「うん、よろしく」
こうして、悩んだ割にあっさり決まった(決められた)メルティの居候であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます