7。メルティとこれから
夕食後。
給仕たちが皿を下げたあと、キツネは両親に今までに起きたことを説明した。
キツネは話しているうちに体が縮こまっていき、ついには泣き出しそうになってメルティの手をぎゅっと掴んだ。
一通り説明してから、キツネがテーブルに伏すように頭を下げた。
「……ご迷惑かけました……ごめんなさい」
「もう、本当に心配したのよ……?もう二度とあんなことはしないって約束してちょうだい」
「はい……約束します」
「キッちゃん……っ!」
席を立って、キツネを抱きしめるオーリン。
「まあ、実際にこうして元気に帰ってきてくれたから、ほとんど叱ることはないんだけどね。……しっかりと言わなかった僕にも責任はあるし、今回のことはもう深追いしないよ」
「……お父さん……」
「ただし、次は一言声をかけてくれるかい。特に夜だね。……戦が終わって百年。治安もだいぶ改善したけれど、それでも今回のようなケースはいくらでもある」
「……」
「好奇心を押さえろとは言わないよ。むしろどんどん疑問は持って行くべきだね。――ただし危険察知だって、立派な『捜査』の一環だよ。獣の巣を調査しに行って、力を量り違えて喰われたら元も子もない。これも、同じこと」
「……はい、わかりました」
ど正論に、しょんぼり項垂れるキツネ。
ちなみにオーリンはまだキツネに抱きついている。
今度はキツネ(としれっと混ざるメルティ)が頭を撫でていた。
愛娘が攫われたことへのダメージが癒えきれていないのだろう。
「さて」
パンと手を叩いて注目を集めるネコラ。
「終わったことはまた後で。いまは対策を考えようか」
「「対策……?」」
メルティとキツネの声が被る。
「そう、対策。まあ、難しいものじゃないさ。まず一つ。余程のことがない限り、深夜は家にいること。急用のときも一応僕かオーリンに伝えてくれ」
うんうん、と頷くキツネ。釣られてメルティまで肯いてしまった。
「もう一つはメルティ君――君にも関係することだよ」
「……わたし?」
「そう。だって君、今まで帰る家もなく、屋根の上を放浪してきたのだろう?」
「……うん。……ごめんなさい?」
「謝る必要はないさ。なんとなく事情はわかったし、何より君がウチの屋根に住み着いていたことは、知っていたからね」
「「え」」
「……コホン。ま、それはいいとしてメルティ君。君に提案があるのだが――しばらくの間ウチに泊まるのは、どうかな?キツネの護衛を、してもらいたいんだ」
「はいっ!喜んでっ!」
……と返事したのは当然メルティではなく、すっかり興奮顔のキツネであった。
その後。反応しきれずにキョトンとしていたメルティに、
「まあ、即決する必要はないよ。ただ、君にも悪い話ではないと思うけれど。
……細かい話はお風呂のあとに詰めよう。僕はこれからちょっとした書類仕事をする。ついでにイノセント家についても調べておこう」
と、ネコラが言いい、お話は一旦終了になった。
すっかり浮かれ顔のキツネに手を引っ張られ、メルティは浴室へと向かった。
その道中、キツネは絶えずこの家の「いいところアピール」をして、彼女を引き入れようと励んでいた。
だがメルティの意識は別のところに向いていた。
もしも、メルティがこの家に泊まるのなら。
学園の新学期始業までの間、彼女はキツネの護衛をすることになる。
本来、護衛依頼――それもそれなりの実力者に依頼をするなら、かなりの金額になる。それでも命にかえられるものはないので、惜しまず冒険者に同伴を頼む商人は特に多い。
先ほど提示された金額はかなりのもので、のぞき見をしたキツネまでもが目を丸くしていた。
一生分のキラキラシールが買えてしまう。
これは、受け取らざるを得ない。
しかも会話している感じだと、家族の仮の一員みたいな風になる。豪勢な衣食住がついて、基本キツネの横で気張らずのんびりしていれば良い。
であれば、答えは一択――のはずだが。
メルティはしなかった。
彼女が今までに達成した依頼だけでも、かなりの額になる。
シールを買う分のお金を減らせば、他のいい宿に住もうと思えば不自由なく住める。
さらに言えば、今までの暮らしに何ら文句はなかった。
だからきっと、それじゃない。
そこじゃない。
もっと――メルティの心を動かす、別の何かがある。
それが何なのかは、メルティにもわからなかった。
「……メルティちゃん?メルティちゃん、入らないのです?」
キツネの声で、我に返る。
いつの間にか、メルティは更衣室の中に立っていた。
「……メルティちゃん、大丈夫ですか」
「大丈夫。先入っていて」
ずっと寄り添っていたウサギのポーチを外し、コートのファスナーを開ける。
脱いだものは全部、編み籠に詰め込む。
ボタンの形の髪飾りも外して、一息つく。
「入るよ」
「どぞー……およ?」
「……なに」
メルティが入ってくるなり、キツネは彼女を上から下まで鑑定した。
ニヨニヨ。ニヨニヨ。
「いやぁ、思った通りの可愛らしい体つきというか……というかメルティちゃん、なんか、照れています?」
「照れる?……別に照れてない。他人と水浴びとか、したことないから。それだけ」
「ですかぁ?でもお顔、真っ赤ですよ?」
「蒸気が熱い。顔が溶けている。……それだけ」
「もー、恥ずかしがることないのですよ?女の子同士、ワイルドに行きましょう!」
先ほど以上にはっちゃけているキツネは、そう宣言すると風呂を飛びだした。そしてメルティに横から抱きつくと、そのまま雪崩れ込むようにして椅子に座らせた。
「……あつくるしい」
「
「絶対、違う」
「違わないです。ほら、まずは頭を洗ってあげましょう〜」
もういいや、とため息をつくメルティ。
(仕方ない、今日くらい付き合ってあげようかな)……と思いつつ、本心ではなかなかに喜んでいた。
「めるめるめるめるメルティちゃんー、めるめるめるめるめるてぃちゃんー。かわいいおめめのメルティちゃんー、かわいいおててのメルティちゃんー」
横で、変な歌を口ずさむキツネ。
「不器用な歌」とボソッとつっこむメルティ。
「なんですとー?わしゃわしゃー」とくすぐり攻撃に移行するキツネ――。
そんなキツネの素肌を受け止めながら、メルティは何となく、本当に不器用なのは自分なのかもしれないと思った。
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