6。メルティとロブスター

 夕食。

 あえて説明をするならば、中世ヨーロッパの上流家族の晩餐。


 主な光源は机の真ん中にある燭台と、天井の大きくない照明。

 だが、燃料にしている何かキラキラした赤いもののおかげか、部屋中が明るい。


 プレートに精巧に載せられた前菜。ハーブの香りが芸術的で、思わず頷きたくなるような食べ応え。

 スープ類も手を抜かず作り込まれているのがわかる。

 運ばれてくるときに部屋中に充満する、幸福を具現化したような香りは何ものにも例えがたい――。


 メルティにとっては――実際にはほとんどの平民にも言えることだが――どれも普段は味わえないものだ。


(マー坊さんにも前、すごい綺麗なところでおごってもらったけど、それとも違う感じ……)


 皿の配り方から、ディナーの内容。

 部屋の雰囲気から、女中メイドが控える大きめのドア。

 目新しさへの反応を禁じ得ず、感動しっぱなしのメルティ。


 キツネ一家が微笑ましげに彼女を眺めていることには、当然気づいていない。


 中盤にさしかかり、もうすぐ主菜か――そんなタイミングで、長机の一端に座っていた小さな男の子が口を開いた。


「君が――メルティ君だね?」


 メルティも口の中のものを飲み込んでこくりと頷いた。


「……うん。メルティ。メルティ・イノセント」


 なんとなく只者じゃなさそうな雰囲気に、メルティは身構えた。威圧感は無いが、その小さな体に収まる以上の「強さ」を感じ取ったのだ。

 しかし相手は特に気にする様子もなく、頭を下げた。


「そうか。では改めて礼を言わせてくれ。この家の主人、ネコラ・ジャラシィと言う。今回は娘を救ってくれてありがとう」

「……娘?……主人?」


 脳内、高速回転中。

 主人。つまりその娘と母の主人。父。ふぁざー。


(え……。もしかして、この小さい男の子が……)


 横に座っているキツネを、じっと見る。

 キツネは千切れかけた丸パンを手にしたまま、メルティに苦笑を返した。

 ノーコメント。

 つまり――イエス。

 突っ込むべきか黙っておくべきかわからず、やってきた主菜にパクついていると、クスクスと漏れた笑い声がした。


「いや、すまない。……ははは、本当にいい反応をしてくれるね。そうだ、多分君が今思っている通りだよ。僕がキツネの父にして、オーリンのベストパートナーさ」


 それを聞いて、彼の妻――オーリンは顔を赤らめて「もう、」と甘ぁ〜い目線をネコラに返した。

 形容するなら、新婚のカップル。

 これがもう十幾年以上も続いているというのだからすごい。


 キツネへと見た目をほとんど遺伝させた母親オーリンと違い、ネコラは整った黒髪をおかっぱにしていて、目元も垂れている。


「今回の君の功績はかなり大きい。見たこともない奨励になると思うから、楽しみにしていておくれ」

「……どうも」

「ふむ、謙虚だね。……いいね、興味深いよ」


 うんうんと満足そうに野菜を頬張るネコラ。


「そうでしょう、そうでしょう。いい子なんですよ、メルティちゃん」


 我が子のように鼻を鳴らして得意げにするキツネ。

 なおメルティとしては品物での奨励以上に、モンスターを倒してシールを集めるほうが嬉しい。

 さらに言えば今は目の前に出された、巨大なロブスターのスパイスソース焼きに、全力を注ぎたいのだが……。


「君はどこか、年に合わない雰囲気を持っているね。やはり、特殊な種族だったりするのかい」

「……?」

「あはは、困らせちゃったかな。君の正体について無理やり詮索することはないから、安心してくれ」


 メルティは頷いた。


「しかし、イノセント家ねぇ……」


 ネコラの何気ない呟きに、彼女の耳はぴくりと反応した。


「……?知っているの」

「いや、知らないね。この家は情報屋としては小さくないほうだから、わりと材料も集まってくるものだが……あいにく、『イノセント家』は記憶の限り、聞いたことがないよ。しかしだからと言って『君が嘘をついている』などと言うつもりはないさ。人にはそれぞれの事情があるものだ。

 ……まあ、いまは気負わずにディナーを楽しんでくれ。今日は我らが天使の帰還祝いのために、かなり豪勢にしてもらったのだ」


「……これ、あまり大きく育たないロブスター」


 殻をむきながら、メルティが目をぱちぱち光らせた。


「お、よく知っているね。そう、これは『クライング・ロブスター』という種だ。この近くの海というと、それでも馬車で幾日かかかるから、余計手に入りにくい。

 この大きさまで育つのに『海が泣き枯れる』程の時間が必要と言われている。そういう意味で、この品種は珍しいんだ。

 ……それにしても本当にどこからその知識は得たんだい。かなり、お目にかかれないものだと思うけれど」


 メルティはしばらく考えてから、思い出すように答えた。


「だいぶ前に、……そのロブスターを踊り喰いしてみよう、のソロパーティをやったことがあって」


「「「……」」」

 そのセリフに固まる面々。


「ええと、宴会パーティなのに……ソロ……?」

「うん。だから、名付けて『ソロパーティ』」

「踊り喰いを?」

「うん。味は普通だった。だからこれにはびっくり」

「それはどうも。うちの料理人シェフは優秀だからね。……じゃなくて、このクライング・ロブスターを?踊り喰い?」

「そう。さっき言った通り。味は普通。……いや、微妙」

「ちなみに、どれくらい食べたのかな?」

「覚えてない。……あ、食べきれない分はちゃんとサメとか海鳥とかと分けたから、無駄にはしていない」


 三人の視線に気圧されることなく胸を張るメルティ。


 引きつった笑いを浮かべる、キツネとオーリン。

 一方ネコラは一人でどこか納得半分、奇妙半分といった顔をしていた。だいぶ色々言葉を選んでから、とりあえず健康面の忠告だけは、という風に口を開いた。


「ま、いいや。とにかく……一応生は毒があるから、今後は控えてくれ」

「……毒なら大丈夫だけど、わかった」


 その後にボソッと、

「だからあの家のロブスターの漁獲量が、一時減ったんだねぇ」

 ……とネコラが呟くのが聞こえたが、メルティは聞こえていないふりをした。




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