12。メルティと指名依頼

 さて、前回のあらすじ。

 ギルドでひと揉めした後、家に帰ったらキツネパパに、とあることに誘われた。


 ――「共同で指名依頼を受けないか?」。


「「指名依頼⁇」」

 メルティとキツネの声が重なる。


 ――と、今更だが、この世界の「依頼」というものを説明しよう。

 およそ百年前。

 天を衝く烽火とともに、世界を巻き込む種族混合の大戦争がおきた。その戦争以降、族の境界線が大幅に変わってしまった。

 それからというもの、「冒険者」という仕事も変貌したのである。


 大剣を構える人狼族。

 祈りをささげるエルフ族。


 殺伐としたかつての「冒険者」に、彩りが加わった瞬間であった。


 そんな世界情勢に合わせてか、冒険者管理局、いわゆる「冒険者ギルド」では新なランク基準が設定されるようになった。


 ランクづけは普段色でされており、大まかに七段階ある。

 下から順に、「白」、「橙」、「青」、「黄」、「緑」、「茶」そして「黒」だ。


 そして相応の依頼をこなしていくことによって、各分野で色の格が上がっていく。


 依頼にも、いくつか種類がある。


【一般依頼】――基本誰でも受けられるもの。

【特殊依頼】――腕前によっては門前払いもあり得るが、ランクは問わない。

【緊急依頼】――ランク制限も時折あるが、基本「橙」以上であれば許可される。

【指名依頼】――黄の上位が基本条件。場合によってはさらに高位の条件が発生する。


 と、言った感じだ。


 ちなみに、メルティは「黄」に上がったばかり。

 キツネに関しては「真っ白」である。


 しかし、こんな風に思う人もいるだろう。


 ……あれ、メルティはこんなにも強いのに、どうして最強のランク「黒」にあがれないの?――と。


 その理由は簡単。

 上位ランクに上がるためには、一定回数の指名依頼が必要である。

 そして指名されるには、名前を知られる必要がある。

 しかし、メルティは自分の名前を宣伝しないので、偉業を成し遂げても「とある名無しさんが頑張った」という形で通ってしまっていた。

 ――要は、指名依頼をうけるチャンスがなかったのだ。


「おや、二人とも『わけがわからない』って顔をしているね。説明しよう。ぶっちゃけて言うと、この依頼を申請した黒幕は僕さ」

「黒幕は」――と言う時、隠しきれずわくわくしているネコラに、キツネがジト目を向ける。


 言葉にすれば、ジャパニーズ小学生女子あるあるの、

「ほんと男子ってソーユーの好きだよね」

 ……が、近いのか。


「でもね」

 ネコラの言葉は続く。

「『本当の』依頼主は別にいるよ。聞いて驚け、なんと――『ハロケス家』の家主なんだ」


「えっ。は、『ハロケス』って――ルイザちゃんのお所ですか」


 勢いよく腰を浮かせるキツネ。


「おぉ、その通りだ。……まあ、ハロケス家自体大変素晴らしい豪商だからね、知っていてもおかしくない。が、その当主の娘を知っているのは驚いたね。話が早い。――そう、まさに、そのルイザ君についての依頼だそうだ。

 ……とりあえず決める前に、これを読んでくれ」


 メルティはキツネに出会うまで、シール以外は全て現地調達だったので、当然大豪商を知る機会すらなかった。

 そのため目の前の親子の会話に追いつかず、目をパチパチさせているのだが、それはさておき渡された依頼書に目を通すことにした。


 受け取ったのは、辞書の厚さくらいはある一冊の書物。

 これを全部読むのか、と一瞬ぎょっとする二人。


「ものは試しさ。順番に本を持って名前を言ってみて」


 まずはキツネ。

 重厚な本を慎重に支え、祈るようにして名乗った。

「――キツネ・フッサ……です」


 次にメルティ。

 キツネから書物を受け取り、

「メルティ・イノセント。……です?」


 するとそれは一瞬ほのかに光ってから、パラパラと彼女の手の中で舞い始め――そしてとあるページに止まった。


 黄ばんだ、まっさらな紙。

 しかし気づけばなにやら、黒い粒状の斑点がわらわらと現れると、整列して文字列に変わった。


「わ、すごいです……」

「……初めて見た」

「そこそこマニアックで良質なブランド、『ロン』の新商品さ。発明はとある老先生と言われているよ」


 肝心の内容は、こうだ。


【指名依頼//指名対象――キツネ・フッサ嬢/メルティ・イノセント嬢//依頼内容を以下に記す/

 言いたいことは様々あるが、ここは本題だけに留める。/

 我が娘、ルイザの病を治すため、キツネ嬢、メルティ嬢の二方に『デジタレアの博愛』という薬草の採取を依頼したい。/

 どうか前向きに検討願う。/

 ハロケス商家当主カイ・ハロケス】


「どうかな。時間があるなら、ちょうどいいと思うのだけど」

「やります!」

 きゅっと握りこぶしを作って意気込むキツネ。


「実はルイザちゃん、私と同じく誘拐された一人なのです。私には今、メルティちゃんという支えがありますが、ルイザちゃんはもしかしたら大変苦しい思いをしているのかもしれません。だから放置できません!それにメルティちゃんは――」


「キツネ、キツネ」

 クイクイと彼女の袖を引っ張るメルティ。


「なんですかメルティちゃん。私は今、メルティちゃんがどれほど素晴らしいのかを語っているのです」

「わたしの話は――その、後でお風呂の中で聞くから。依頼、先」

「はっ、……そうでした。お父さんごめんなさい」


 キツネはしゅんと萎んだ。

 彼女をナデナデヨシヨシするのは当然、メルティの役目である。


「あはは、二人が仲良しでなによりだよ。とりあえず、依頼を受けるということでいいかな?」

「はい」

「メルティ君の方はどうかな?」

「うん。参加する。……ええと、苦しい思いをしている人を放っておけないから?」

「ぷぷっ……そ、そんな所で突っかかられたら笑っちゃうってば。いいよ、いいよ。そういうのは大事。それで、本音は?」

「報酬。可愛いシール、ほしい」

「いいね!それでこそ君だよ」


 ネコラの愉快そうな顔に、メルティは喜んでいいのかわからなかった。


「では次は、追加報酬のお話をしようか。まず、キツネ君はどう思うかな?特に要望がなければ、珍しい植物を用意しておこう」

「えっ、いいのですか」

「もちろん」

「やったぁ。うれしいです!」


「ふむ、反応良好だね。さて、メルティ君へのプレゼントについてだけれど……」

「……」

 きらきら。きらりん。

 メルティの目が、かつてないほどに見開いている。


「これにしよう。……おっと、この報酬がもらえるのは、依頼達成後だからね」


 そう言ってネコラは棚の方へと足を運び、一つの箱を引っ張り出した。

 精巧な金属メッキの小箱だ。

 開けるとそこには二枚だけ、シールが入っていた。


 メルティがぎらぎら目を輝かせた。


「⁉これは……」


「そう。さっき紹介したブランド、『ロン』開発のシールだ。どういうものなのかは……気になるかい?」

「うん。うん」


 完全にシールに首ったけだ。


「もっと見たいかい」

「うん」

「どうしようかなぁ」

「……」


 ――スッ。(ネコラ、箱をやや前に押し出す)


 ――ソーッ……。(メルティ、箱に手を伸ばす)


 ――スッ。(ネコラ、素早く箱を引く)


「あぁ……」と名残惜しそうな声を上げるメルティ。


「もっと見たいのかな?」

「うん」

「そっか。用意した甲斐があったよ。……では、残りは達成してからのお楽しみだ」

「……」


 ネコラはニヤニヤしながら、乾いた音とともに箱を閉じた。


 明らかにテンションが沈むメルティ。


 すると、キツネまでもがジト目になって、メルティを抱き寄せ、

「お父さん酷いです……メルティちゃんが、こぉんなにもキラキラしているというのに!」

 と口を尖らせてクレームを申し出た。


「あはは、すまない、つい楽しくなっちゃった。でも今は我慢したほうが、後々より楽しみが大きい。そう思わないかい」

「……言われて見ると」

「だからさっきは敢えて、君に見せたんだ。そうすると……」


「あとで、もっともっと、いいシールになる」

「そう。…………え?」


 本当はタコ口のメルティをあやす(あるいは籠絡するとも言う)ために、洗脳じみた言い回しをしたのだろう。


 ……しかし我らがメルティが、その通りに動くはずがあるだろうか。

 いや、ない。

 結局彼女のテンションを無駄に上げしてしまい、「さらなる報酬シール」へと期待を抱かせてしまった。


 からかいが、裏目に出てしまったのだ。


 ――そして、その好機を見逃すキツネではない。


 キツネはあくどい表情を浮かべ、メルティの両手をガシッと掴むと、どこぞのセールスマンばりに、

「良かったですね、メルティちゃん。これで、頑張ればもっともっと、もぉーっと、すごいシールがもらえるのですって!一緒に頑張りましょう!」

「うん。うん!」


「……」

 あちゃあ、やられちゃった、と悔しそうな顔をするネコラ。

 だが一方でどこか、嬉しそうにも見える。


「……まあ、追加分のシールの質は、あまり期待しないでくれ。――さて、もう一度聞こうか。二人はこの依頼を、受けるかい」


 メルティとキツネは顔を見合わせた。

 それから、ネコラへ向き直って頷いた。


「「――受けます」」


 こうして、メルティとキツネの、初めての指名依頼は幕を開けたのだ。

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