4。メルティとキツネ

その後の戦闘は、実に一方的であった。

まさに蹂躙戦とでも呼ぶべき、圧倒的な力量差。


――そもそも一度全員叩きのめしているので、相手が既にダメージを受けている、というのもあるが。


ものの数分で、大乱闘は片付いた。

再戦しようとする猛者はもう一人もいなかった。

おまけに外には、騒動を嗅ぎ付けたのか、整然と騎士が並んでいた。


こうしてこの誘拐事件は、メルティの一人勝ちで終わるのであった。


「ようやく解放ですよメルティさん、本当にありがとうございました!おかげで……」

「お礼はさっき聞いた。……あと、メルティでいい」

「ではメルティちゃんと呼ばせてもらいますね!」

「どうぞ」


(距離近い……)


帰り道。

メルティとキツネは並んで歩いていた。

どうやら同じ道らしく、どうせならメルティと帰ったほうが安全とのことらしい。


(マー坊さんももしかして、わたしと帰りたがるのって同じような理由だったりするのかな。……いや、あの人は単純に構ってほしいだけだよね)


ちなみに、キツネと同じく誘拐されていた子たちは、騎士に預けた。各々の家に連絡をして送迎を行うそうだ。


……あの中で、キツネだけはメルティから離れようとしなかったのだ。


「それにしてもメルティちゃん、本当につよつよですね。吃驚びっくりです!」

「魔導具?のおかげかな」

「あとあと、どうやってあそこのお屋敷だとわかったのですか」

「……【烏】から記憶をもらった」

「それだけじゃないですよ、なんですかあの格ゲーみたいな動きは‼感動ものですよ!」

「……かく?芸?……別に隠し芸じゃない。関節がすごい曲がるのは、昔から」

「あ、『隠し芸』じゃなくて、『格ゲー』ですよ――」


屋敷の中の様子から、ちょっと弱気な部分があるのかなと思いきや。どうやらあの、メルティにかました激突こそが「キツネ・フッサ」という子のベースらしい。


買い物もほとんどして来なかったメルティに、いきなりのマシンガントークは厳しいものだった。


まだ、ギルマスの小言のほうがまだマシ……いや、どちらも同じようなものか。


話をしているうちに、メルティの視線はキツネの髪飾りにうつっていた。


「あ、これはですね、本物の果実なのですよ。せっかくだからお団子で栽培しているのです。

右側が『ヴァルヴァドの実』で、ぷちってしていて酸っぱいんです。今がちょうど食べごろですね。左が『ローブルの涙』って呼ばれている品種で、まだ若干熟していませんが、本当は可愛らしい紫色になるんですよ。どうです、お一つ試食してみますか?」


ペラペラ、ペラペラ。


……なにが「せっかくだから」なのかはともかく、どうやら髪に生えているのは本物の果実だそうだ。

しかも、現在進行形で活きているもの。

メルティは(自分のことを棚にあげて)、変わった子だなぁ、と心の中で思った。

そしてご厚意に甘えて、一粒だけもらうことにした。


さて、「ヴァルヴァドの実」。

そのお味の程は……。


――びりりりりりッ。


「……美味しい……!」


「ぺかーっ」や「パーっ」と言った効果音が似合いそうなメルティの表情に、キツネがホッとする。


「ふふ、お気に召したようでよかったです」


「……すごい。酸っぱいけど、甘い。甘いのに、酸っぱい。魔獣の卵の胚とか虫の卵より何百倍も美味しい。いろんな味が混ざってこう、ぶわぁーって頭のなかに広がる感じ。恐るべしゔぁるゔぁど!びば!ゔぁるゔぁど!」


「あはは……でも、嬉しいです。頑張って育てたので」


興奮した様子のメルティに、キツネの顔はどこか満足そうだった。

――そう、まるで雛鳥の餌付けを成功させた、親鳥のような。


ともあれ、メルティは完全に果実の虜になってしまったらしい。

尻尾をブンブンと振りちぎるような、アピールの視線。


――もっとくれ!

――雛鳥メルティは飢えているのだ!

――キツネお母さん!キツネお母さん!


「ふふ、では、お家に帰ったらいっぱい食べさせてあげますね」

「うん。ありがと。……あ、そうだ。わたしの家、そこ」


メルティは前方に見える、古風な一軒家を指差した。


「あ、そうなんですね。それでは……ん?」


――何かがおかしい。


キツネは思った。


ぐるぐると、頭を回転させる。

思い起される記憶。


そもそも、キツネが誘拐に遭った理由は?

そう。毎晩外出していたから。


ではなぜ、外出したのか?

……屋根上の音が気になってしょうがなかったから。


ここ数週間、夜になると聞こえてくる奇怪な音。


(まさか……え、いや、そんなはずは)


冷や汗一滴、キツネの硬直した頬を伝う。


「ちょっと支えるね」

「――ひゃっ⁉」


メルティはキツネを抱え、屋根の上に飛び乗った。


目を開ける。


「……」


惨状。

無数の、可愛らしいキラキラシール。

食べかけのモンスターか何か。


ポカーンと口を開けっ放しのキツネ。


そんなキツネの肩をぽんぽんと叩いてから、メルティは気楽そうに言い放った。


「ここ、わたしの家。ただの屋根だけど。……適当にくつろいだらいい」


ちらりと、気まずそうにメルティを見るキツネ。

「?」と見返すメルティ。


キツネはしばらくしてから、おそるおそる開口した。


「――ここの家、……ウチです」


長い、長い沈黙が、二人の間を流れた。


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