3。メルティととある少女の邂逅
深夜。
静謐。
平和な夜。
――ガチャリ。
「誰だっうがぁっ」
「こんなことをして許されがはぁっ⁉」
とある屋敷のなかに、突然野太い悲鳴が上がる
騒動に駆けつけて一分も経たずに、ホールには無数の兵士が横たわっていた。
その真ん中に立つ、一人の少女「メルティ」。
その顔はあくまでも冷静で、なおかつ煮え切らない様子で廊下の奥の闇をじっと見つめていた。
角ではメイド服に包まれた少女たちが、お互いに身を寄せ合って震えている。
年は十代前半くらいだろうか。
視線は、突然屋敷のなかに飛び入ったメルティに集まっていた。
メルティがどうやって、屈強の警備員たちを組み伏せたのか、誰一人としてわからなかった。
表情筋一つ動かぬその幼さが残る顔は、まるで大理石の彫刻のようで、生気を微塵も感じない。
次の瞬間には自分達も、彼女の餌食になってしまうのではないか、とすら思えた。
――いくら目の前の少女が、自分たちを救助しに来たとわかっていても、である。
未だに廊下の奥を睨んでいるメルティに向かって、とあるメイド服の少女がにじり寄った。
「あ、あのっ」
「?」
声に反応して、恐ろしいほどゆっくりと首を回して振り返るメルティ。
渦巻くおどろおどろしい双眸に、思わず叫びそうになりつつも、少女は続ける。
「そ、その、あ、貴女は……一体……?」
メルティは頭を傾げて、うーんと長く唸ってから、
「メルティ。メルティ・イノセント」
「そ、そうですか。……メルティさんと仰るのですね……え? いや、そういうことではなくっ……」
「
メルティは一枚の紙を、ポケットから取り出した。
しかし少女がそれを受け取る前に、闇から低く野太い声がした。
「全く、一体何が……のわぁあっ⁉」
一斉に視線がそちらに向く。
ランタンを右手に掲げた、横幅の広いスキンヘッドの裕福そうな男だ。
しかし屋敷のどことない埃っぽさや、顔に滲み出る疲労感からして、最近はうまくいっていなさそうだ。
酒が回っているのか若干千鳥足になりつつも、部屋のなかに足を踏み入れ、倒れている一人の警備員の顔を覗き込んだ。
息はある。
だが意識は完全にない。
何か重いものに縛られたような、苦悶の表情を浮かべている。
「い、い、……一体な、何が……」
「誘拐犯」
「なっ…⁉」
男は突然の声に、跳び上がった。
その拍子に手に持っていたランタンが、カランカランと気味のいい音を鳴らして床に転がった。
「き、貴様は……⁉」
「わたしはメルティ。あなたが誘拐犯。……で、あってる?」
一歩男に歩み寄るメルティ。男は歯をカタカタ鳴らして、後ずさった。
「だ、誰だ貴様は……!お、おれは別にわ、悪いことなんてしてない。していないのだ!」
「じゃあ」
メルティはちらりとメイドたちに目をやった。
「この人達を説明してくれる?」
「……このめ、メイドさんたちは……おれの生きがいなのだよ」
言い切ったものの、どこか歯切れが悪い。
罪悪感がある、という感じでもなさそうだ。
メルティはこの目の前の男に、なんとなく違和感を覚えた。
(まるで子供を相手にしているみたいな……)
「おれ、メイドさん達がいないとダメ……ダメなのだよ」
メルティが黙って男を観察していると、男は言い訳をするように続けた。
――メルティに対してではなく自分自身に対して、というふうに。
「このメイドさんたちは、おれが金を払って雇ったのだ」
「誘拐だって、言われているみたいだけど。誰から買ったの」
「し、知らんっ」
「……正式に雇えばなにも言われないのに」
「正式に?正式にだと⁉貴様は、一人の素晴らしいメイドさんを雇うのに、どれだけの金がかかるのか知らんのか⁉よくもまあ勝手におれの敷地内に入って、おれの警備員を蹴散らかして、おれに向かって適当なことが言えるな⁉」
メルティが言った何気ない一言が、どうやら癪だったようで、すっかり男は怒りモードであった。
足踏みをし、唾を飛ばし、狂ったようにメルティを指差す。
「いいか、ここはおれの敷地だ‼貴様みたいな小娘がでしゃばっていい場じゃねぇんだよ‼……おい、聞いていんのか!」
メルティは男が怒鳴っている間、半分くらいぼーっとしていた。
不可抗力的な疲労感が、メルティを襲っていた。
似た感覚は、つい昨日にも味わった。
そう――あの、大きな口に飛び込んだ時の、神経を削られるような感覚。
――「悪役カード」の副作用、精神へのダメージだ。
ここ数日、「暇」に耐えきれなくなって来て、【
(あ、まずい……もたもたし過ぎた)
「……っぁ……」
そして来る突然の揺れ。
メルティは自分の視界が朦朧とし始め、暗転していくのを感じた。
それからほぼ同時に横から聞こえる、「隙ありッ」という低い声。
ようやく意識を取り戻した警備の一人が、ふらつくメルティに大斧で斬りつける。
(まずいなぁ……)
力を振り絞って、ポーチに手を伸ばそうとする。
「……【忘却――」
「――ダメえええええええええぇぇっ‼」
突然、割り込む声。
白を纏った影が、メルティに飛びかかった。
そのまま滑って、部屋の端まで転がるメルティ。
「……ぅえ?」
予想外な衝撃を受けたおかげか、メルティは再度意識を取り戻した。
目をぱっちり開けると、あらなんという事でしょう、目の前に天使が――。……というのは冗談で、自分の上にブロンドヘアの少女がへばりついていた。
(顔近い近い……)
「あ、あの、助けに来てくださりありがとうございます。そ、その、私たちはこの人に捕まってしまっているのです。どうか、どうか――」
話しているのは、先ほどまでメルティの後ろに居たメイドである。
(改めて見るとなかなかに整った顔をしていて、しかしブロンドヘアを二つのお団子結びでまとめているのはどこか幼さを感じる。髪飾りはいささか特殊で、見間違いでなければこれは本物の果実――。)
ただひたすらに「うん、うん」と相槌を打ちながら、上から下へ、下から上へと視線をなぞる。
「……だから、お願いします!」
「うん、うん、とりあえずわかったから、降りて」
「嫌です!」
「え」
「え。……あ、はい。降りますね」
どこか残念そうな顔の少女。
みれば、さっきまで怒鳴っていた男も、武器を持ってメルティに奇襲を仕掛けた男も、きょとんと二人の様子を眺めていた。
さて、気を取り直して。
「あなた、名前は?」
「え、わ、私ですか?キツネです。キツネ・フッサと申します!」
「キツネさんね」
「あ、呼び捨てで大丈夫、です」
「……そう。じゃあ、キツネ。かばってくれて……ありがとう。その……いい、踏み込みだったと、思う」
「……っ」
それからの間メルティはキツネに背を向けていたので、キツネが感動したような顔を浮かべていたことは知らない。
(……なんだろう、さっきの感覚……。『ありがとう』とか、いつぶりだろう)
ムズムズした温かさを噛み締めながら、メルティは埃を叩き落として立ち上がった。
――まるで、かつての錆びを払うように。
精神が、安定してきた。
今までの無感情にも勝るような、安定だ。
ただ、それが何なのかは、メルティにはまだわからない。
「キツネ、待っていて――すぐに、終わらせるから」
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