2。メルティと誘拐事件の依頼
「ごめんなさいねぇ〜、ちょっとウチのギルマス面倒くさいんだよねぇ〜」
「慣れているから平気」
「……それはそれでどうかと思うけど」
夕焼けの映える街並み。
売り物を家の中へ戻す人がいれば、新たな屋台を組み始める人もいる。この街が一番賑わう時間帯だ。
だが本通りから外れればまた違う。
橙色の絵の具に金箔を詰めて、塗りまぶしたような家々の雰囲気は、どこかしんみりとしていた。
メルティは
「副ギルマスさん」
「もぉ、私たちの仲じゃなぁ〜い。名前で呼んでちょうだい、名前で」
のんびりした様子でメルティの頭を撫でる、副ギルドマスターのマータ。
流行に乗ったようなファッションを身にしつつ、どこか格のある様子を見せている。
「……じゃあ、マータさん」
「うぅーん、もう一声ぇ〜!」
欲張りだなぁと思いつつ、メルティはパステルのような雲を見上げた。
「じゃあ……マー坊」
「まーぼう⁉」
「ねぇ、マー坊さん」
「うん、それをやめるつもりは無さそうねぇ〜、いいわぁ〜その呼び方で。……それでどうしたの?メルティちゃん」
「んーと、あの農家たちって、大丈夫だったのかな」
「農家……あぁ、今回の依頼のお話ぃ?」
「そう」
「あれならちょっとずつ回復していくはずよぉ〜。それにしてもあんなデカイ寄生植物のモンスターがまだ近くにいたなんてねぇ〜……どうしてそんなことぉ、聞こうと思ったの?」
メルティが口を噤んだ。
それから言葉を選ぶようにして言った。
透き通った声だった。
「……だって、あの農家たちにとっての、やりがいだったんでしょ。……果物とか、野菜とかが」
「そうねぇ、やりがいといえば、やりがいね。……私もちなみに、やりがいのある事を見つけたのよぉ〜」
「……というと?」。
「それは勿論――」
「⁉」
突然マータにヒシッと抱きつかれて、メルティは固まった。そこに頬擦りの追撃を仕掛けるマータ。
「メルティちゃんと戯れることよぉ〜!」
「......」
メルティの沈黙をなぜか「どんとこい」と受け取ったマータは、言葉を続けた。
「だって、こんなにかわいいのに、強いんだよ⁉かわいくて、強くて。もう、最強じゃない!」
「二回も言った」
「大事なことは二回言うものよ!」
「はぁ」
メルティは既に、諦めの様子である。
マータ側からは見えないが、完全に彼女の目は死んでいる。
自分に対する熱意に追いついていないのだ。
「ギルマスもああ言うけど、メルティちゃんのことは大事に思ってくれているはずよぉ〜」
「それはない」
「あるわ。二度と得られないかもしれない人材なのよぉ〜?大事にするに決まっているじゃない」
「……よく怒られるけど」
「あれもメルティちゃんを思ってのことだわぁ」
「よくわかんない」
そのぶっきらぼうで率直な感想に、苦笑いを浮かべるマータ。
話題を探す、探す。
「メルティちゃんって、なんでそんなに強いのぉ?そのウサちゃんバッグ、魔導具よね?」
「……わたしにもわからない。いつの間に手に入れていたから」
嘘はついていない。
メルティはいままで、ほとんどなにも考えず過ごしてきた。
依頼を受けて。
お金もらって。
使って。
どこかの屋根の上に泊まる。
そんな毎日を、ただただ過ごしてきた。
このウサギの肩掛けポーチも、気づけば持っていた。
だから、「どうやって手に入れたか」とか、「どうやって使えるようになったのか」とか、聞かれても答えられない。
ただわかるのは、これは「ありとあらゆる悪意を封じているポーチ」である、ということ。
何かしらの原因で封じられた悪は、カード――「悪役カード」に詰め込まれる。
そしてメルティが必要な時に封印は解け、その悪を身にまとうことで武器にできるのだ。
ただし、強力な分デメリットも大きい。
精神が弱ければ、肉体を乗っ取られてしまうのである。
そして、儚げな少女は一転して、殺戮の操り人形に豹変する。
その状態から自分を取り戻せるかは、メルティ自身にもわからない。
精神が強かでも、油断はできない。
悪意は
名づけるならば――罪の重み。
メルティは軽く、副ギルドマスターに武器の詳細を伝えた。
しばらく思考に耽っていたマータだが、笑顔をメルティに向けると、
「いくら武器が強くても、本人が使いこなさないと意味がないの。だからメルティちゃんはほんとの実力者よ」
「そうかな」
「そうよ。あ、でも、こういう武器の秘密のお話とかは、あまり他人にしないほうがいいわよぉ〜」
その忠告に、頭を傾げるメルティ。
「?……どうして?」
「え?そりゃぁ〜、悪用されるかもしれないからよ。ほかにも理由はあるけどねぇ〜」
「悪用……できないとおもう。それに、秘密じゃない。秘密とか……よく分からない」
え、と目を丸くするマータ。
「『二人だけの約束ね』とか、聞いたことない?」
「ない。……そういう付き合いを、したことない」
「そ、そうなのぉ〜?じゃあ、大事にしたい人とかは……」
「……わからない」
「そう。でも、私は少なくともメルティちゃんを、大事に思っているわ!」
得意げに豊満な胸を張るマータ。彼女を三秒ほど凝視してから、メルティは「そう」とだけ小さく呟いた。
その反応の薄さに、思わずこけそうになるマータ。
「あ、……ありゃぁ〜、嬉しくない?」
「嬉しさとか……それこそやりがいとか、あんま、わからない」
メルティの瞳は、ただひたすらに深かった。
それでいて産まれたばかりの生命体のようであった。
少なくとも、副ギルドマスターにはそう見えた。
マータの歩みが一瞬止まった。
「……」
それにつられて、メルティも足を止めた。
「……マー坊さん?」
「……メルティちゃんはぁ、その……やりがいを感じたこととか、本当に無いの〜?」
「強いて言うなら、これ」
メルティはポケットから一枚のシールを取り出した。珍しくドヤ顔である。
毎日の依頼の報酬で買っている、きらきらシールだ。
特に武器を調達する必要もなく、食べ物にもこだわらないタイプの彼女はなんと、全額をシールにつぎ込んでいるのだ。
「……うん。えーっと…そういうのじゃなくて。質問が悪かったのかなぁ〜」
「……守りたいものは、特にない」
「……シールも?」
「それは違う」
「それ以外は……」
「ない」
その即答に、副ギルドマスターはなんとなく寒気がした。
メルティは、再度歩き始めた。
「メルティちゃん、待って」
マータが横に並んだ。
「?」
「あなたぁ、救助の依頼って受けたことある?」
メルティはうーん、と唸ってから、「ない」と短く答えた。
怪物をしばくのはよくやってきた。弱めのワイバーンや森の主系統もちょくちょく相手にした。
が、どれもソロ活動で、かつ人と関わることがない依頼ばかりだった。
「それなら!」
副ギルマスは急いでカバンを探り、とある依頼書を取り出すとメルティに手渡した。
「これを受けてみるといいわぁ。あなたもそろそろ、ランクアップのタイミングでしょぉ〜?これはメルティちゃんが初めて受ける、特殊依頼だわ」
それだけ言ってマータは、メルティが返事する間もなくギルドの方向へ、走り戻って行った。
「……変なの」
独りになったメルティは、しばらくしてから、手に握らされた封筒を開いた。
そこには、大きく題されていた。
――「特殊依頼 集団誘拐事件」と。
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