第3話 金のアレ

「なにもんだ!」


 盗賊からの問い。


 レンは人と話すのが初めてのため言葉がうまく出ないようだ。


「え、えっと……」


 レンの着ている服装からして明らかに文明人ではないことは分かる。


 魔物から取れた糸で編まれたただの布切れ。しかも所々にシミがついている。


 盗賊たちは彼を見ると鼻で笑い刃を降ろした。


 余裕があるということは見下しているということ。


「言葉は分かるようだがてめえここの住人か?」


 まだうまく話せないのかレンは首を縦に振って答えた。


「そうかそうか。そりゃあご苦労なこった。それでなんで俺たちの前に姿を現したんだ?」


 レンはそれを聞くと喜んで答えだした。


「魔物があなたたちを襲おうとしていて危なかったから」


 彼の言葉を聞くと盗賊たちは顔を見合わせて高らかに笑った。


「ハッハッハ! そりゃそうかい」


「本当に魔物が死んでるぞ。こりゃ即死だな」


 かなりのサイズだがそれを気にする様子もなく淡々と話し続ける。


「流石は原住民。魔物の扱い方はよくわかってるんだなー?」


「あははは……」


 レンは愛想笑いで話を繋げる。


「それでもなあガキ、俺たちがどういう人間か知ってんのか?」


 喧嘩腰に攻めてくる盗賊にレンは必死に笑顔で答える。


「収穫って言ってたのでそういう関係のお仕事している人かと……」


「よく知ってるじゃねえか」


「そうだぜ、俺たちはそういうお仕事する人間だよ。だがお前はそんな俺たちを助けるような真似をした。何が目的だ?」


 レンは馬車の中にある金色に輝く小麦に指をさした。


 レンにとっては味変は大事なのだろう。毎日毎日肉ばかりで飽き飽きしている体が穀物を欲して体が震える。


「……アレが欲しいのかお前?」


 レンはコクコクと頷いた。


 すると盗賊は皆一斉に刃を取り出す。


「残念だかそれはできねぇ。ありゃ俺たちの生活要でよ。ここにいる奴らは全員金遣いが荒ぇからお前にやることはできねぇんだわ。それに収穫するのも大変でよぉ」


 盗賊は金貨が狙いとわかると即座に敵対した。


「た、確かに収穫するのは大変だと知っています。僕だって何度か試したことがありますし、成功したときは嬉しかったですけど、それでも新しいものが欲しいんです」


 だが一方のレンは金麦がほしいだけ。


「なっ……こ、こいつこんななりで同業者だったのか!?」


「同業者……そんな僕はまだまだ初心者で右も左もわからないですよ」


「一体何人殺した……」


「人……数えてないのでわからないんですけど多分数千匹は殺してしまったかなと思います」


 魔物の事だ。


「す、数千だと!? それに匹って……」


 盗賊Aはその数と人間の扱いが雑なのを知り軽く恐怖の念を抱いた。


「こいつ人間を家畜以下の扱いに……一体何人殺してきたんだこいつ……」


 盗賊Bも眉を震わせて恐怖を露わにする。


「みなさんは家畜以下を人と数えるんですね。僕まだ常識を知らなくて……」


「おい、誰かこいつに常識を教えてやれ……こんなやつ野放しにしておくと人類が滅ぶんじゃねえか?」


 冗談交じりで盗賊Aが言う。


「あの不気味な笑顔の裏に隠れる殺意……自然過ぎてまったく気づかなかった。あれば数千殺した程度では済まない覇気だぞ……」


 盗賊Cはブルブルと体を震わせ下半身が強張ってくる。


 足が震えて動くことができない。ガチガチで震えることすらできなくなってしまう。


「で、でもたかが子どもだぜ? 嘘言ってる可能性もあるんじゃ……」


 盗賊Dが呟くがそれを盗賊Aが否定した。


「違うそれはない……初めから何かがおかしいと思っていたんだ。この死んだ魔物、見たこともねぇような魔物だ。それもデケェ……」


「ま、ままままさかこの森って……」


 盗賊Cは震えて周囲の魔物の気配に股を濡らした。


「入ったら最後、帰ってこれねえと言われてる秘境の森だ。あの商人俺たちを道連れにしやがった」


 盗賊Aは冷静に分析するがその全てがレンにとって理解不能だった。


「皆さんなんのお話をしているんですか? 僕にも分かるように教えていただけませんか」


 レンは刃物を取り出した盗賊に容赦なく近づく。すると近づかれた盗賊Cは発狂しながら尻餅をついた。


「ひゃぁぁぁぁあっ!? く、来るなぁ!」


「ど、どうしたんですか。確かにここは魔物が多いですが叫んでしまったら余計に呼び寄せてしまいますよ」


「うるさいっ! 俺を殺さないでくれぇええ!」


 盗賊Cは錯乱しながらおぼつかない足取りで森を抜けようと駆けた。


「おいお前! ここから離れ──」


 すると盗賊Cは周囲にいた凶悪な鳥の魔物によって狩られた。


 大きな鋭い爪による即死。


 鳥の魔物は盗賊Cの死体をクチバシで摘んで丸呑みを披露する。


「あ……ああ!?」


 盗賊Bはその様子を見て目や鼻、口……穴という穴から液体を垂れ流した。


「な、なんだよここ……俺たちはどこに来ちまったんだよ」


「皆さん落ち着いてください。ここの魔物の扱いは知っていますから」


「やっぱりお前ただもんじゃないっ!」


「無理だ俺たち! 金なんかどうでもいい、命があればそれだけで十分だぁあ!」


 盗賊B、Dは一斉にバラけて逃げ出し、盗賊Cと同じように食べられてしまった。


「あ……僕の力がないばかりに……」


 レンはそう言うが表情は穏やかそのもの。それよりもこの状況を楽しんでいるようだった。


「お前、わざとやってるだろ……」


「え?」


 盗賊Aは目を見開き目の前に化け物を見ているのか瞳孔が痙攣する。


「最初にあのデケェ鳥を一瞬で殺したくせに、なんであいつらを見捨てたんだ? 同業者だからって普通最初に助けた奴らを見捨てるはずがないだろう?」


「あ、バレちゃいましたか? えへへ、最初は僕も助けようと思ったんですけど収穫した物をくれないようだったので」


 くれないなら殺すまで。


 しかしわざわざ自分の手を下すまでもないのだ。周囲の魔物が勝手に殺してくれる。


 だからレンは笑っている。


「ほら、お礼ってするもんじゃないですか? それがないなら助ける必要はないかなって……」


 礼がないなら助ける意味はないと言う。レンは盗賊たちを自分より下だと確信したようだ。


「お前は……悪魔だ。数千人をそうやって殺してきたのか?」


「家畜以下を人と数えるのが常識なんですか? 僕外の世界あまり詳しくなくて……」


「会話が噛み合ってねえ気がする……。お前馬車の中の物が欲しいって言ってたな?」


 盗賊Aは自分の命を第一に馬車の荷物を全て譲る気でいた。


「はい!」


 レンは笑顔で答える。


「金貨は全てくれてやる。だから俺を見逃──」


「金貨? 僕が欲しかったのは小麦ですよ? 金色に輝く植物の──」


「……は?」


 レンが改めて馬車の方を指さすと確かに小麦があった。


「な、なんだ……てことは俺たち勘違いしてたってことか……?」


 盗賊たちは金貨を要求されたと初めはそう思い拒んだ。


 だが小麦程度なら彼らが拒む理由もなかった。かさ張る小麦など盗賊たちは見向きもしていなかった。


 そこでようやく盗賊は勘違いしていたことに気づく。


「くっ……」


 するとレン頭上から鳥の魔物が飛来して盗賊Aの胴を嘴で挟んだ。


「てめぇー! 初めから小麦が欲しかったんなら最初からそう──」


 盗賊Aは鳥の魔物に噛み砕かれ死んだ。


 ──ブシュッ。


 鈍い音と同時に溢れた血が雨のように降り注いだ。


「あ……ぼうっとしてたら農夫のみんな死んじゃいましたね。久しぶりの人との会話がもう終わっちゃったよ」


 それでも彼の表情に悲しむ様子などはなく、まるで昨日のことかのように忘れて馬車を漁りだす。


 魔物たちは彼を警戒して飛び去っていった。


「状態の良さそうな小麦だ。一ヶ月分の小麦があるみたいで……おっと、こっちには見慣れないコインがあるぞ。農夫たちの言っていた金貨かな?」


 一通り見終わった彼は馬車から降りると1人の商人の死体を発見した。


「ああー!? もしかしてこっちが農夫だった!? じゃああいつらってそれを狙うこそ泥だったんじゃ」


 彼は背後を見るが誰一人として生き残っていない。


 あるのは黒い血溜まりだけだ。


「まあ、でも全員死んでるし真相は闇の中。使われなきゃ勿体ないだろうし資源は有効活用させてもらうね」


 商人の死体に軽く手を合わせたあと彼は再び物資を漁り始める。


「ん、なんだろうこの檻……」


 布に被せられた鉄の檻。厳重に管理されていそうな檻だった。


「危険な魔物が閉じ込められているのかも……でもまあ見るだけならバチは当たらないだろう」


 布が上から掛かっていたが隙間からは何も見えなかった。もしかすると何もいない説があったので彼は迷いなくその布を退かした。


「せーの……」


 レンは檻の布を捲った。すると中にいたのはこちらをつぶらな瞳で見てくる謎の生物だった。


「うぅ……」


 その謎の生命体は何故か目をうるうるにさせて彼を見ていた。


 パタパタと小さな羽で浮いている。見たこともないパヤパヤな生き物だった。


 そして彼はそっと布をかけ直した。


「なんか……思ってたの違った」


 何も見ていないことにしてその場を去ろうとする彼を引き止めたのは謎の生命体だった。


「に、人間さんそれはないんじゃないですかー?」


 赤ちゃんみたいな喋り方で耳が痒くなったのか彼は体を震わせる。


 ──まだ生き残りが? 


 そう考えたがどうもその声は謎の生命体から聞こえてきた。


 彼は何も見ていない、聞いていなかったと馬車を降りようとする。


「ちょっとー! 待ってよぉー! 出してよぉー! 死にたくないよぉう!」


 ガシャンガシャンとうるさく檻を叩く。


 彼は喋る生き物は人間だけだと思っているのでこれは何かの幻聴だと言い聞かせる。


「ねーねー、なんでさっき見たのに開けてくれなかったんですかぁー! 酷いよぉー!」


「はぁ……」


 どうやら幻聴じゃないようで、間違いなくこの変な生き物が彼に話しかけている。


 彼は非常食ぐらいにはなるかなと思い、檻の扉を開けることにした。

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