第2話 過酷な環境
壁に付けた傷の本数が二千本を越えたある日。レンは10歳の体となった。
剣もそれなりに扱いが上手くなり、魔力操作もお手の物。だが鍛錬を止める理由にはならない。
この世界の魔物……すなわち魔力持ちの動物。前世の生き物とは比べて遥かに強力である。
傷の再生も早く、巨体でありながらも素早い。
中には工夫をしなければ逃げ切れない、あるいは討伐することができない魔物もいる。
森で暮らすレンにとっては常に思考と肉体を動かし続けなければならなかった。
そのおかげか魔物に対する豊富な知識、どの部位を破壊すれば効率よく戦いを進められるのかなどなど。魔物の体を見ればすぐに対応できるようになっていた。
そして全ての魔物が肉弾戦を用いることからこの世界の戦い方は全て近接戦闘であることを知る。
魔力を持っていながら遠距離攻撃ができないのは空気を伝って魔力を放出できないからだ。
この世界に魔力が存在しながらも、空気中や植物はその魔力を保有しない。物質に宿っていることはあれど生命を持っているものにしか存在しないようだ。
よって魔力を行使できる範囲は極めて狭い。
自分自身、もしくは直接触れた相手にのみ影響を与えることができる。それぐらいだ。
「みんな育ち盛りででっかいなー」
一本角の生えた異形な魔物を見つけた。
クマのような見た目であり腕から伸びる鋭い鉤爪は肉を容易く裂いてしまうほどであろう。
しかし大抵の魔物はレンに恐れをなしで逃げてしまう。立派な鉤爪をもったクマであっても野生的本能で自分より格上を理解してしまうのだ。
一般的に魔力は体から徐々に漏れていくもの。
それは体内で生成された古い魔力を溜め込まないようにするためだ。
しかし日々の鍛錬で鍛えられたレンの魔力は容量が多くなっている。質もこの世のものとは思えないほど濃くなっていた。
酷い時には
「えー、せっかくやりごたえのあるでっかいやつだったのに」
そのためこうやって実践できないことも多くなってきた。
「僕って臭いのかな? 確かに薬品とかないからニオイはするかもだけど……逆に魔物が食らいつくいい匂いでしょ」
彼は自身から溢れる魔力を汗や皮膚などのタンパク質のニオイだと勘違いする。
「久しぶりに髪でも切ろうと思ったとき、材料が逃げちゃったらどうしようもないじゃんか」
肩より長い黒髪。クマの鉤爪を利用して短くしようとしていたのだろう。
「残念だ。最近は逃げ出す魔物が多いから困ったなー」
レンは逃げ出す魔物を積極的に追うようなことはしない。
自然の厳しさを理解している人間は不用意に追うことをしないからだ。魔物の逃げる方向に罠など、致命的な怪我を負うリスクがあるため出会った場所でないと戦闘を避ける。
「帰ってイノシシでも食べるか」
その分突撃するしか脳のない魔物はいい食料となる。適当に立っているだけでも臆する事なく立ち向かってくれるからだ。
どれだけ魔力が多かろうと。
瘴気に当てられ逃げる者は賢く、混乱したものは亡き者となる。
「突っ込んでくる魔物がいるということは絶対体臭とかじゃないんだよなー。前にあった同じ種類の魔物でも襲ってきたりすることはあったし……何がダメなんだろう」
肉を火で炙り始め改めて自分の事を考えている。
すると焼いた肉から僅かに魔力が漏れ出ていることに気がついた。
「血抜きしても魔力だけは滞留するんだ。それで細胞が焼けた時魔力が抜ける……んー……」
本能的に魔力が生成されなくなると肉体は逃げ出す魔力を保持しようとする。そしてそれが必要なくなった時に体から抜け出す。
このサイクルを発見したのかようやく自分の体に起きている事を理解する。
「まさか僕の体からも魔力が抜け出してるんじゃ……」
ブワッと焚き火の煙に魔力が流されているのを彼は目視で確認した。
「鍛え過ぎもよくないということか。魔力が漏れ出るなんて初めて知ったよ」
漏れ出た魔力を操作し始めると無理矢理自身の体にねじ込み始めた。
「魔物が逃げていたのはこの魔力を見てたからだな……」
だが魔力がうまくまとまらないようす。
いっぱいになった魔力が自然と押し出されてるのか彼は久しぶりに魔力操作で苦戦するのであった。
───────────────────
魔力操作に没頭して2日経ったある日、彼は漏れ出る魔力の制御に成功した。
どうやら魔力を圧縮し、再度漏れ始めたらさらに圧縮するという力技で解決したようだ。
これによりいつも逃げていた魔物たちがレンに興味を示すようになった。
──そしてその夜。
今夜はいつもより違った雰囲気のある夜だった。
レンの睡眠時間は3時間と鍛錬に費やしている分かなり少ない。当然夜遅くまで剣や武術を磨いているのだが……。
「なんか様子が変だ……」
慣れ親しんだ森では小さな違和感でも大きく感じる。今日は何故か森が静かだった。
鳥の縄張り争いやら虫の大合唱で騒がしかったが今日はそれがなかった。
「ふむむ……」
レンは振るっていた木剣を止めて森を探索することに。違和感があって見逃してましたじゃ済まないからだろう。
「声が聞こえる……」
しばらく適当に歩いていたレンだったが聞き慣れない声が聞こえ足を止めた。
耳を澄ますとどうやら流暢な言葉で会話をしている様子だった。
ここに来て初めての人。こんな森奥の自然に人がやってくる理由など少ないはずだ。
そう考えた彼は声の方に近づき気配を殺した。
草をかき分け少し開けた場所を見つけるとそこには、焚き火を囲む男たちの姿があった。着ている服からして文明がある場所から来たのだろうと予測できる。
さらに装飾品もあって彼らが文明人であることが確定した。
男たちは何かを話しているようだ。
「今日は大量収穫だなぁ」
「結構手に入れた。これでしばらくは安泰だぜ」
「こんな森奥まで逃げて、怪しいと思ったら大量に金色の物を隠していたんだからなー?」
近くにある馬車からは1人の遺体が。商人のような見慣れない服装をしていることから彼らの仲間ではないことが予測できる。
そして馬車から溢れていたのは金の俵。
しかしレンが見ていたのはその金の俵ぐらいだった。
何故か転がっている死体には見向きもしない。そのため収穫やら安泰という言葉を聞いて彼らを農夫と勘違いしたようだ。
「小麦……あれがあればタンパク質だらけだった生活にアクセントを加えられるかもしれない。他にも沢山魔物がいるだろうにあんなに無防備に置いてる……」
運んできたのかかなりの数の馬車があった。到底場所の悪い森では稼働不可能な数だ。
「あ……まずい、小麦に釣られて魔物たちが馬車を狙ってる……」
レンはまだ彼らが農夫であると勘違いしている。物を奪う盗賊である可能性など微塵も考えていない。
そこでとある1匹の飛来する魔物が1人の男を狙った。
「危ないっ!」
レンは日頃から鍛え上げた脚力と魔力で一気にその魔物をはたき落とした。
盗賊たちは驚きに染まる顔を見せていきなり現れた子どもに刃を抜いた。
「なにもんだ!」
どうやら盗賊たちはレンが魔物をはたき落としたことには気がついていないようす。
4人もいるはずなのにだ。
鋭い目つきでレンを睨む盗賊たち。レンは苦笑いをして一歩後ずさった。
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