第29話 多種の仮面

「ひ、ひぃ!? なぜ俺たちがこんな目に!」


 これが信者の末路。


 多くの死体が転がる血の池。


 見えない何かはピチャりと足跡だけを地面に付ける。


「だ、誰かいるんだろう! 助けてくれ! 何でもするからぁぁああ!」


 ピチャピチャと血の足跡は叫ぶ男に近づく。


 影が見えた。


 そこに人がいる証拠だ。


「な、なぁ……話せばわかる。だから首を斬るのだけはやめてくれ」


「話せば……?」


 透明の何かは言葉を発した。


 血に濡れた像はしなやかで女性のものだった。声からもわかる通り目の前にいるのは女性だ。


「あ、ああ。俺はあんたに危害を加えない。この仕事も降りる。だから許してくれ! 俺が悪かったから!」


 透明の人物は唸った。


「本当に反省してるの?」


 少しだけ優しくなった声。


「ああ。だから許してほしい! 俺には家族が……!」


 男の首が消し飛んだ。力なく体は倒れ痙攣する。


「反省しているなら仕方ない。楽に殺してあげるよ!」


「死んだ後に言ってやるな、クォーテル」


 音もなくやってきた少女は彼女の背後を取った。


 フードを脱ぐと猫のような顔つきの少女が。


 垂れ目でおっとりとした雰囲気。真っ黒なショートの女の子だ。


「エンデル……そっちはもう済んだのー?」


「済んだ」


 どうやら二人は仲間のようだ。


 彼女の姿を見たクォーテルもまたフードを脱ぐ。


 彼女はわんぱくな顔つき。バイオレットのふさふさ毛並みであまり手入れしてなさそうだった。


「時間になった。直ちに高いところに避難」


 エンデルは首を傾けて背後へ親指を立てた。


「全部潰せたの?」


「大体はね。後は自然消滅を待つだけ。そろそろ責任者が出てくるよ」


「おお、今回の首謀者! どんなヤツか楽しみだ〜!」


 クォーテルは両手を挙げてはしゃぐ。


「肥えた豚らしい。あたしたち二人では過剰戦力だから今回はアイネル様だけ」


「ええぇつまんないよそれじゃあ」


「散々暴れまわっといてよく言えたもんだね」


「まだまだ暴れたりなーい。グエ……」


 エンデルはクォーテルの首根っこを掴んで無理やり運ぶ。


「命令は命令。行くよ」


 クォーテルは母猫に咥えられたかのように大人しくなる。


「うう、でも残党が……」


「はぁわかったよ……直ぐに終わらせよう」


「やったー!」


 二人ともローブを脱ぐと中からは戦闘服の動きやすい服装が現れる。


「わかってるね?」


 エンデルは黒猫の仮面を。


 クォーテルは狼の仮面をつけた。


「よっしゃぁぁあ!」


 黒猫と狼は宵闇に紛れ悲鳴を作り出す。


 その後は素早い動きで残党を狩り尽くした。




 ───────────────────




 この王都で一番高い建物といったら時計塔だ。頂上には滅多に鳴らない鐘がついている。


 その下に広いスペースがあり彼女らはそこへ集合した。


「みんな揃ってる?」


 フードを脱いで顔を見せたのはイルデ。


 エンデルとクォーテルもフードを脱いで素顔を晒した。


「後はアイネル様だけだけど……何かあったのかな」


 時間はとっくに過ぎている。しかしアイネルだけが一向に姿を見せなかった。


「ごめんなさい遅れたわ」


 すると少しつかれた様子のアイネルが姿を見せた。


「どうかしましたか」


「少し厄介なのがいるわ」


「厄介ですか?」


 アイネルの刃には人間のものとは思えない色の血が付着していた。


「カオマー司教とは別の誰かがこの王都で暗躍しているわ……」


 遠くで轟音が響く。


 砂煙も上がり始め誰かの悲鳴もまじり始めた。


「民間人への被害は大丈夫なのでしょうか」


「騎士団がうまいこと誘導しているとのことよ。もう時期にここは一帯は無人になる」


「見て! 大きな魔物がいる!」


 クォーテルが指差す方向。そこには異形の人型の魔物が家屋を破壊し暴れまわっていた。


 その近くには白い衣を纏った聖職者の姿も確認できた。


「やっぱり司教代理ね」


「邪魔だ……。あの男はあたしがやります」


「いいえ、あなたたちは街中に溢れた魔物の掃討よ。私が司教代理を叩くわ」


「カオマーはどうするんですか」


 エンデルの問いにアイネルはニヤリと笑う。


「彼が来ているわ」


 ただその一言だけで全員の目の色が変わった。


 一種のバフと言ってもいい。『彼』……その存在がいるだけで彼女らは何倍でも頑張れるのだ。


 それから彼女たちは一言も交わさず我先にと戦果を上げるために王都中に散った。


 アイネルはそんなみんなを見てクスッと笑った。




 ───────────────────




「騎士団は魔物の駆除で大忙し……しかし民間人の避難はすでに済んでいる。優秀ですね」


 巨大な魔物はデュランの指示に従って破壊行動を繰り返す。


「どんな野良犬が噛みついてきたのかはわかりませんが……駆除しないといけませんね」


 デュランが再び指示を出した時、魔物は光を放ち始め爆散した。


「なっ……!?」


 驚きに染まる顔。


 先程まで動いていた生物がいきなり消えたのだから当然の反応だ。


 魔物は灰すら残らず光に消えた。


 コッとブーツの鳴る音が聞こえる。そこには白の戦闘服を着た謎の女性が立っている。顔は白塗りの仮面に黒の十字が刻まれている。


「……何者ですか?」


「アイネル。あなたはデュラン司教代理ね。そしてその姿……本体ではないようね」


「鋭いですね。いかにもこの姿は本体ではありません。運悪く王都中で暴れまわる輩に出くわす……そんな可能性があったので念の為に保険を打っておいたのです」


 デュランは杖を取り出して魔物を生み出した。


「デコイを無視できるわけでもなさそうね」


 夜が斬れた。


 同時に魔物の胴が別れ一掃される。


「その力……見えない速さに広範囲をっ……! 逸脱した力は我らのみの特権のはずです。まさかあなたたちが報告にあった黒きローブの襲撃者アセイラントですね」


「アセイラント……いい名前ね。組織名に採用しちゃおうかしら」


 生み出される魔物を次々に斬り捨てる。


「まずい……」


 間合いがどんどん縮まってくる。


 隙のない動きにどんな魔物でも両断できるパワー。彼女の目の前に魔物が生き残れるはずもない。


「仕方ない」


 デュランは魔物を生み出すのをやめて光の剣を生み出す。


「なかなかやるわね。でもその剣は身の丈にあってないんじゃないかしら」


「なに……」


 アイネルが少し力を加え、捻るとデュランの手から剣が離れる。


「んぐっ!?」


 肩から斜め下に切り下ろされデュランは深手を負った。


「本体ではないにしろダメージはあるようね。どういう仕組みかしら」


「神の力は常人には理解できないですよ……」


 魔力を握り傷を撫でると即座に回復する。


「魔物を生み出す役割しかないこの体であなたのような人と対峙するとは……」


 不運な事だ。


 想定していない事にデュランは無力であった。


 再度アイネルを攻略しようと剣を生み出すが簡単に弾かれ戦いにすらならなかった。


「本体はどこ? それならまだマシに戦えるでしょう?」


「マシどころかあなたは骨すら残りませんよ。剣こそ未熟ですが魔道においては最強を自負できるほどです」


「彼を先おいて魔道最強を語るなんてね」


 光の剣を振るうことなくそれを雨のように降らせる。


「神の力などに勝てるものですか。どれだけあなたが強かろうと最強の力の前では塵に等しいのです」


 素早い動きで剣を弾くことなく接近しデュランの懐に潜り込んだ。


 今度は致命傷。


 内臓にまで斬り刻んだ一撃はデュランに膝をつかせた。


「終わりね。次は本体を刻めることを願うわ」


「本体が戦うまでもないのかもしれませんね。あなた方は神の怒りに触れた。次の月が消える頃この王都に不幸が降り注ぐことでしょう」


「──妄言ね。それじゃあさようなら」


 ズバっとデュランの体が霧になって消える。


「……彼女たちは無事かしら」


 王都の騒がしさは増すばかり。


 しかし今夜は彼がいる。薙ぎ払う一筋の光のみで王都に陰を作るであろう。

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転生したら親なし捨て子で才能なし くるっちゃ @washiKAMO

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