第28話 ね〜んね〜ん

 孤独に1日を牢で過ごした。ソフィーは白い衣を纏っており従順にデュランの指示に従っていたようだ。


 ただの布切れではなく空から舞い降りた天使のような衣装だった。最期にふさわしい正装だと彼女は笑った。


「騎士団は結局誰もここには来ませんでした……」


 鉄格子を握る。


 ここを抜け出そうと考えたがデュランの顔が脳裏に貼り付いたままで踏み止まってしまう。


「レインくん……」


 最後に別れたところで後悔しているのだろう。


 もしあの時寮まで見送ってくれたら。


 もしあの時自分が恥ずかしがらずに彼の手を握っていれば……と。


「今はそんな事考えても仕方ないよね」


 もしかしたら巻き込んでしまったかもしれない。そう思うとあの時の判断は正しかったのかもしれない。


「まだ死にたくないなぁ……」


 刹那にそう願うがその声は誰も聞き届けてはくれなかった。


 振り返り、名残惜しいように制服を見つめると目頭が熱くなる。


 その時、ガシャンと扉が勢いよく開かれる音が聞こえた。


「ッ──!?」


 もしかして助けが!


 などと脳裏をよぎったがそれが牢の前に現れた瞬間考えることを放棄した。


「はぁ……」


 デュランと同じような衣を纏った聖職者だった。


 だが中年の男性。少しふくよかな体型をしており、頭部は違和感のある形だった。


「んん? 誰かいるのか〜ん?」


 男はソフィーには気づいていなかったらしく、ため息を聞いてようやく存在に気づいたようだ。


 男とソフィーの目が合う。


「おひょ〜!?」


 男はソフィーを見るなり鼻息を荒くして鉄格子にしがみつく。


「て、天使がいるではないか〜ん。なぜこんなところにいるのか〜ん」


 目が血走る。


 ソフィーは目の前の男が怖いのか咄嗟に目を逸らす。


「んん〜? どうかしたのか〜ん?」


 男は鉄格子をグイグイと引っ張り中に入ろうとしてきた。


「ひっ……」


 男からは信じられない程の悪臭がした。体臭ではない、色々な体液が混ざったかのようなニオイだ。


「デュラン司教代理がこんなものを隠し持っているとはいかんね〜ん……」


 カチャカチャと格子の鍵を合わせる。


 だがどれも合わなかったのか癇癪を起こして手に持っていたキーを投げた。


「他の司教たちの地下を見るのはありだね〜ん。上玉の少女は大好物だね〜ん」


 ギイギイと格子を引っ張り無理矢理にでも中に入りたいらしい。


 ソフィーは隅っこで震え男の行動を見続けた。


「逃げられないよ〜ん。この鉄格子は天使を閉じ込める鉄格子……なんちゃって〜ん」


 バキンっと何かが砕ける音がすると鉄格子はひしゃげて壊れた。


「いひひ〜ん。天使ちゃ〜ん、ようやく一緒の空間に入れたね〜ん」


 聖職者なのか怪しいほどに生理的に受け付けない顔と体と声。


 全てにおいて不快な要素からソフィーは思わず嗚咽を漏らす。


「なんだね〜んその態度は〜」


「す、すみません。少しニオイが……」


 口元を隠すソフィー。


 目には涙が浮かんでおり相当臭いようだ。


「ああ〜これは仕方ないね〜ん。ボクチンは出す量が多くて自分の体にまで掛かってしまうね〜ん」


「だ、出す量?」


「そうだね〜ん。興奮し過ぎると体が震えるね〜ん。それでたくさん出てしまうんだね〜ん」


 ソフィーにはなんのことか理解できなかった。戸惑う顔に男はさらに興奮したのか鼻息が荒くなる。


「ま、まさかうぶか〜ん?」


 ふんふんと鼻息と同時に男の下半身が奮い立つ。


「うぶ……?」


「これはもう我慢できないね〜ん。人のものだろうと関係ないね〜ん」


 すると男はソフィーに飛びかかる。


 警戒心マックスだった彼女は簡単に避けると牢の外へ飛び出した。


「待つのね〜ん」


「い、いやですっ……!」


 しかし欲望が果てしない彼は物凄い速度で彼女の腕を掴んだ。


「大丈夫だね〜ん。痛いのは最初だけ。ボクチン持久力はあるから1日でも2日でも出し続けられるね〜ん。気持ち良すぎて絶頂が止まらないかもしれないね〜ん」


「な、なんのことですか……!」


 男はソフィーを羽交い締めにしてベッドに叩きつける。


「うっ……」


「一発出せばわかってくれるね〜ん。だから大人しく──」


 男がソフィーに手を伸ばそうとしたその時何かが男を斬りつけた。


「なん──痛いねん!」


 鮮血が舞い、背を斬りつけられた男は後ろを向く。


「ソフィーには手を出させないわよ」


 そこには殺意に燃えるエリンがいた。


「ああ〜ん? お前誰だね〜ん」


「エリンさん!?」


「エリンか〜ん? 邪魔するならお前から妊娠させてやるね〜ん!」


 伸ばされた手を彼女は冷静に斬り落とした。


「ごっ……!?」


 続いて足を斬り裂いて立てなくする。


「ソフィー今のうちに逃げるわよ!」


「はいっ!」


 男は腕を押さえて悶絶する。


「ぬぁぁぁあ、いだいいだい!」


 叫ぶ男を無視してソフィーの手を取り脱出する。


「助かりましたエリンさん」


「あの男なんなの? 臭すぎるわ」


「出しすぎて自分にも掛かってしまうとかなんとか……よくわからないですけどそんなことを言っていました……」


「はあぁぁあ!?」


 ソフィーは理解していないようだったがエリンは理解していたようだ。


「あの豚にはなにもされてないわよね?」


「はい、ただベッドに叩きつけられただけです。外傷はありません」


 エリンは少し遅ければ……などと恐ろしい考えをしたが頭を振って思考を払った。


「このまま学園の方まで走って逃げるわよ! この教会入り組んでわかりづらいわ。教会を出たらそのまま学園に向かうわよ」


「わかりました!」


 地下を駆け上がる。


 するとステンドグラスの目立つ広間に出た。


「ここ……教会堂ですか?」


「そうよ、あの豚がいたように地下の施設を運営しているのは聖教なの」


「まさか聖教が人間を贄に……?」


「そうよ。本当にどうかしてる……はっ!? 危ないわ!」


 ソフィーに向かう魔手。


 それを斬り刻みなんとか怪我なくやり過ごした。


「待つのね〜ん。逃げていいなんて誰も言ってないね〜ん」


 男はソフィーの制服片手に匂いを嗅ぎながら追いかけてきた。


「あれってもしかしてソフィーの制服?」


「多分そうだと思います……」


「キモすぎるわねあの聖職者。あれでは欲望に溺れた性食者じゃない」


 むうむう言いながら満足に制服を嗅ぎ終えるとそれを丁寧に近くの椅子に置いた。


「後で目一杯汚してあげるね〜ん。その前にデザートをいただくね〜ん!」


 男は魔力を握った。


「……不細工すぎてよく覚えているけど、あの豚はカオマー司教ね。いつもニタニタしていて気持ち悪かったわ」


顔魔カオマーですか?」


 確かに魔に飲まれたような顔をしている。


「作戦会議をしても無駄だね〜ん。ボクチンには魔法という最強の力が備わってるね〜ん」


 瞬間、カオマーの周囲が吹き飛んだ。


 細かい瓦礫がカオマーの手足のようになりエリンたちを襲う。


「──シーディングプレス!」


 叩きつけるような瓦礫。


 二人はバラけてうまく避けた。


 一撃で教会内はボロボロに。


「後でデュランに言われるがそんなことは気にしないね〜ん」


「あなたのような人が聖職者をやっててびっくりだわ」


 カオマーの腹を横に斬りつける。


「むふふん……惜しいね〜ん」


 しかし謎の物体に阻まれ刃は空中で止まる。


「強気の少女が堕ちる瞬間は大好物だね〜ん。チミにはボクチンの大量のミルクを飲んでもらうね〜ん」


「何キモいこと言ってんのよ!」


 回し蹴りでカオマーの顔面を蹴り上げるがまたしても謎の物体に阻まれる。


「強気な顔をして〜ん……結構おとなしめのを履いてるのね〜ん?」


 彼女は斬り裂いて下がり間合いを取った。


「わからせてあげるね〜ん。ボクチンの力に溺れるね〜ん」


 カオマーは自身の腰に両手を添えると前に突き出す。


「──シードスプラッシュ!」


「最低な技名ね!」


 瓦礫は水に姿を変えて二人を襲った。


 ベチベチと打ち付ける水にエリンは「混ざってないわよね」などと心配をした。

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