第27話 厨二病進行中

「さて……この状況は少しレアだ」


 とある教会の屋根の上に、ローブを揺らして腕を組む人物がいた。


 彼は悩ましいとでも言うかのように次々起こる振動に驚いていた。


 王都中で一斉に発生した襲撃。規則性のない集団的な襲撃の犯人に彼は心当たりがあった。


 そしてその予感が的中するかのように彼のもとに一人の人物が現れた。


「お久しぶりですレイン様」


 フードを脱いで素顔を見せたのはイルデだ。銀髪に紫のワンポイントが特徴の少女。見間違えるはずがないのだ。


「この時の僕はレイン……ではなくエイと呼べ。隠密には偽名を使うのは当たり前のことだからな」


「失礼しましたエイ様。偽名はアイネル様に共有しておきます」


「助かる。それで? 何か報告があるのだろう?」


 ローブの中の表情は見えない。だが声色でエイが真面目なのがわかる。


 小刻みに揺れるローブの中は殺意の塊だ。


 イルデはこれに応えるべく素早く報告することにする。


「我々は教会と繋がりがある建物を襲撃し始めました。これにより相手戦力を減らすのはもちろん、『祭壇』に籠もる神官へ我々の存在を明らかにする機会でもあります」


 エイは静かに頷いた。


「戦力を外側から削ぎつつ、大司教などの本事件の首謀者から贄を回収します」


「そんなことは分かりきっている」


 エイは先程よりも震えが大きくなっていた。


 イルデは中に隠れる殺意がどれだけのものか考えたくはなかった。敵が今のエイに出逢えば一瞬で細切れになることは確実。


 無論、余計なことを言う自分もそうなるのではないかとイルデは内心ヒヤヒヤだった。


「本件は直接エイ様が出られるのですか?」


「せっかくの初舞台だ。王都に我々の存在を知らしめるにはいい機会になるであろうからな。今宵に僕が出ることは確定事項」


 シュバッと両手を広げてさもこの世界の王になったかのように振る舞う。


「流石は我が王よ! この歪みきった世界に制裁を入れるのですね!?」


 エイの動きがビタッと止まるがしばらくしたら再び豪快な振る舞いに戻る。


「そうだ。敵は『目の前』にいるものではなく世界だ。それだけはわかってほしい」


 彼はその後に「僕は何も悪くない」と小さく付け加えた。


「エイ様がおられればこの組織は安泰です。やはりあなたは素晴らしいお方なのです!」


 まあまあと冷や汗を拭ってイルデの興奮を落ち着かせる。


「ともあれ今夜は何かが変わる。この戦いは僕にとってのターニングポイント……」


 エイは何かを考えるように空を見つめる。


 今後のことをすでに考えているようにも見えた。その姿に彼女は感激しうっとりとした。


 自らの時間を擦り減らしてまで行動する様はまるで時間を持て余した神のようだった。


 それ以外のことはイルデが瞬きをしている間に全てが解決している。そう思わせるほどに。


「蔓延る悪は我が生きる血肉。奴らにはそうなってもらう」


「凄まじい気迫……その振動がこちらまで伝わってくるようです……」


 彼の魔力の鼓動がイルデの体にまで伝わる。


 その魔力を間接的ではあるが彼女は確かに感じだったのだ。そして一つになったと喜び体が震えた。


 どうやらイルデは想像力が凄まじいようだ。


「ずっとこの場所居続けたいのですが私にも役割がございます。我が王のめいとあらばおともいたしますが必要でしょうか?」


「必要はない。こちらはこちらで動くとする」


「承知しました。では私はこれで」


 風のように闇夜に消えていく。


「このキャラでなんとか乗り切れるな……」


 一人となったエイは深呼吸をしてなんとか場を逃れた。




 ───────────────────




 教会近くの路地裏で金の髪は揺らす少女がいた。


 夜風に流される金の少女。その瞳は剣を睨んでいた。


 準備はできている。


「騎士団は役に立たない。聖教が確信犯で間違いないのに」


 レインは彼らの蛮行を隠すための贄となり、ソフィーは神の捧げ物として贄になる。


 すでにレインが死んでいることを悔いているエリン。せめてソフィーだけは助けるために今夜動き始めるようだ。


 目的の場所は教会。


 この王都の一画で存在している教会はマハート教会のみ。


 彼女はここにソフィーがいることを確信している。


 一度はその身で経験したこと……誘拐犯からの要求がないということは聖教関連であることは彼女の中では確定なのだ。


 鞘から剣を引き抜き、魔力を纏う。


 いつでも斬る準備はできている。あとはどんな姿のソフィーでも平常心を保てるだけの覚悟があるかどうかだ。


「大丈夫……きっとソフィーは……!」


 自分を制御しろ。


 念を唱え勇気を振り絞る。


 その瞬間、微かに揺れる王都。繊細な状態のエリンは直ぐにその変化を感じ取れた。


 空いた窓からは小さく爆発音のようなものが聞こえてくる。


 静かだった夜は一変。王都中に響き渡るような強烈な破壊音が聞こえる。


「何が起きてるのよっ!」


 そこは一帯で建物が煙を上げていた。


 周りが建物だらけで広範囲を見渡すことはできない。


 だが振動の数と音の広がり具合からしてまばらに複数箇所で破壊活動が行われている。


「早いとこ教会に入らないと」


 いつ教会が破壊活動に巻き込まれるかわからない。


 エリンは駆け出していた。


 教会は目の前。正面突破するのもありだが侵入することが目的の彼女にそのような考えはない。


 侵入するとしたら裏口の扉からに決まっている。


「目立たない位置の扉……空いてるかどうかは分からないけど蹴破れば問題は──」


 すると突然ドアノブが勝手に捻られた。


 エリンは反射的に自身の纏う魔力を霧散させた。


 扉を開けて出てきたのは聖職者の羽衣を纏った20代の若い男だった。


「まったく、最後の最後で不祥事は起きるものですね……」


 男は何かを呟きながら出てきた。


「部下の尻拭いをなぜ代理である私が……」


 そう言って彼は王都に飛び去ってしまった。人は空中など飛べやしない。だが男はそれを平然とやってのけた。


 エリンはあの時の出来事を思い出し確信する。


「私が誘拐されたときも似たような事をする聖職者がいたわね……」


 だがこれで彼女は教会に入ることができる。


 幸いにも裏口は空いている。


 少女は一呼吸おいてから教会内へ侵入することにした。

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