第25話 厨二病で乗り切る

「ぷふぅ〜。ポヨヨは疲れたのです〜。誰かポヨヨを抱きしめて癒して欲しいのです〜」


 エリンから解放されたポヨヨは長い廊下を浮遊して屋上へ向かった。


 どうやらネールこと、アイネルに呼び出しを食らったようでダルそうに屋上の扉を開けた。


 そこにはまだ誰もいなかった。


「呼び出しておいて先に来たのはポヨヨですかっ! あれだけ時間があったのにぃ!」


 時刻は夕方。


 もう太陽が沈み始めており赤く染まっていた。


「ベンチにでも寝よーっと」


 ふよふよ浮きながらベンチに短い足をつけるとそのまま横になった。


「ふぃ〜、疲れが取れるぅ……」


 とろけるような表情で次第にグースカし始め彼女は夢の世界へ旅立った。


「んえ……?」


 次に彼女が見たものは星の浮かぶ夜空だった。


 涼しくも少し肌寒い風に靡かれようやく目を覚ましたようだ。


「うぇ!? いつの間に!? ネールさん結局来なかったんですか!?」


 独りでに夜空に叫ぶポヨヨは慌てて起き上がる。


 すると近くで人の気配がした。


 暗い屋上で輝く王都を見下ろす人物が。ローブの裾を夜風に靡かせ、遠くに見える王都を眺めているようだった。


「ああっ!? やっぱり生きてたんじゃないですかー!」


 その人物に見覚えがあったポヨヨは直ぐにその人物に駆け寄る。するととある言葉が彼女の足を止めた。


「見下ろす人々が光を持って前を照らす」


「……ふん?」


「光はまっすぐ輝き目の前のものを見させてくれる」


 彼は空に手を伸ばしてそれを追いかけるかのように視線も移動した。


「だが足元だけは見えなかった……いや、見なかった。すでに照らした後、何もなかった道を照らす必要などないからだ」


「レインさん?」


「──ってな感じで話しだしたらアイネルが納得していってくれたからビックリだよね」


 そうしていつもの彼に戻る。


「頭打ったのかと思いましたよ? いきなりおかしなこと言い出すから……」


「いや実は屋上に来たらポヨヨが寝てて……その後直ぐにアイネルも来ちゃったからね。それで誤魔化すために色々と話していたらなんかこういうキャラで押し通せたんだ」


「頭痛がしそうな厨二病がですか?」


「そう。アイネルは僕を見ると雰囲気を変えたんだ」


 レインが話すにはこうだった。




 ───────────────────




 僕は廃棄場から脱出した後、持ち帰った遺体を地上で葬ったあとに学園に向かった。途中血濡れた制服を燃やし尽くし、ローブを纏った。


 この姿のままじゃ地上は目立つし屋上から入ろうかと思ったらなんかいる……。


「ポヨヨが寝てる……」


 気持ちよさそうにスヤスヤと寝ているし起こすのは酷だろうね。


「っと……誰かが屋上に近づいてくるけど、この魔力の波長はまさか!?」


 アイネルだ。


 僕が嫌と言うほど共に過ごしてきたから感じ間違えるはずがない。間違いなく彼女が何らかの意図を持ってこちらに接近してきている。


 ポヨヨに用があるとは思えない。


 でなければこんな寒い屋上で寝るはずがないのだ。


「狙いは僕だな……」


 屋上の扉が開かれるとそこには久しぶりの顔が現れた。


 彼女は僕を見るなり目を細める。


 ごめんなさいっ。一応心の中で謝っておこう。


「ッ……!? レイン、生きていたのね!? 良かったわ」


 その良かったはお前が先にくたばると殺せないだろう、の良かったなのか?


 それとも純粋に死んでないことを喜んでいるのかわからない。


「あ、あーうん……」


「いきなり姿を消したからビックリしたのよ。それに騎士団に捕らえられてから酷い拷問を受けてたそうじゃない。死んだって報告を聞いたときは胸が張り裂けそうだったんだから」


 僕は君に胸を刺されそうで怖いけど……。


「ごめん……ちょっとね……」


「いいのよ。それでこれからどうするつもり? 騎士団に捕らえられたことには何か深い理由があるのでしょう?」


「え……」


 ただ適当に過ごしてたらいきなり捕まった、なんて言える空気じゃないね。


「情報を探るために、潜っていたまでだ」


 嘘じゃない。本来は騎士団から誘拐事件の情報を集めるつもりだったんだ。


「有益な情報はなにかあったの?」


 何もないなんて言えないだろうがっ。


 実際話を聞いても内容がちんぷんかんぷんで全く理解できなかった。


「──前を照らす光を見つけた」


 僕は咄嗟にそんな意味不明なことを言い出した。


「前に照らす……何かの暗号かしら?」


「前を照らすほどその光は足元を見ようとはしない。なにもないと信じ切った道だからだからこそ、実際に歩くとき足元は暗いままたのだ」


「つまり……?」


「灯台下暗し、敵は身近なところにいたというわけだ」


「身近なところに敵……まさかとは思うけれど、そんな事がことが!?」


「気がついたようだな。僕は初めから気がついていたが……」


 あーヤバい、僕は何を言っているんだろう。その場しのぎの嘘とは言え出過ぎた嘘だと直ぐに命を狙われるかもしれない。


 アイネルの真剣な表情……絶対にまだ怒ってるよ。嘘ついて鍛えさせたことがそんなに不味かったのかなぁ。


「それが本当だとしたら……確かに辻褄は合うわね」


「う、うむ……」


 なんの辻褄が合うのかはさておきなんかうまく話が噛み合っているようだ。


「あの話が嘘だとしたら……この展開は訪れないだろう?」


 そうだ、あの展開が嘘なら誘拐なんて起きるはずがないんだ。


 よし、ここは誘拐犯がナーヴィス神教会と言うことにしよう。


 そして彼らには僕の命を繋ぐ橋となってくれ。


「敵はナーヴィス神教会ただ一つ。証拠は今王都を騒がせている事件がそうだ」


「わかってるわよ、真実は全て隅々まで調べているもの。捏造や嘘なんかもね」


 んなっ!?


 アイネルは素敵な笑みを僕に向けている。これは宣戦布告の顔か!?


 いくら嘘を重ねれば気が済むのかしら? みたいな顔してる!


 やばい、やっぱり嘘がバレてるんだ。


「さ、さて……どこまでが真実かは実際に探らないとわからないものだぞ」


「やっぱりそうよね。あなたの言う通りだわ」


 長い静寂が訪れた。


 え、終わり?


 会話続けないの?


 僕死んじゃうの?


 何とも歯切れの悪い会話だった。


「──これ以上長話をするつもりはない、君はやりたいことをやればいい。真実かどうかを探ることもだ」


「……ひとまず今夜辺りに作戦を実行するわ。あなたは動かなくていいわよ。そのために私たちがいるもの……」


 なるほど、真実を探るために騙した相手はいらないというわけか。


 でも安心しろよ僕。


 今回は僕も誘拐犯の情報を得ている。場所の特定だってそこら辺を歩いてたら直ぐだ。


 どうにかして彼女たちが動く前に、僕が偽の証拠を作らなくてはっ!


「僕は僕のやることをやるだけさ」


 そう言って僕は視線を外し、わざとらしく距離を取った。


「そう、あなたも一緒に動くのだと思っていたのだけれど外れたわね」


「ん……」


 これ以上喋る必要はない。


 嘘ハッタリがバレかねないからね。


「それじゃあ私たちのことポヨヨにも伝えておいてね」


 僕は言葉を発することなく頷いた。


 アイネルは僕から視線を外すと静かに去っていった。




 ───────────────────




「まーた嘘でゴリ押したんですか?」


「仕方ないだろう、殺されそうだったんだもん」


 冗談抜きで殺る気満々だった。


 何かに対する執念が凄まじくて骨まで震えたよ。


「そんな事ないと思いますけど……」


「いつでも逃げる準備をしておかないと。見ない間に彼女たち随分と強くなってたし」


「はぁ……何言ってんですかこのビビリは」


 ボソッと言っていたが聞こえてるぞ。


「慎重と呼んでほしい。未知数の戦力がさらにこの数ヶ月で未知になったんだ。全員でかかってこられたら堪ったものじゃない」


「……今はそういうことにしておきますね」


 ポヨヨは何故か不満そうだった。


 その背後で風が泣いていた。僕を吸い込むように引き寄せて。


 今夜は何かが大きく変化する……そんな気がした。

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