第24話 人がいないのなら罪のつけようはない

「レイン・クラムの拘束後の誘拐事件は発生していないと……」


 難しい表情で頭を抱えるのはリゼリア統合学園長であるコルフ・マッキーナだ。


「まさかゴルフの最中にとんでもないニュースが飛び込んでくるとは……心臓が飛び出るかと……」


「コルフ学園長、失礼ですが勤務中にゴルフとは一体……それに今も……」


 ハンサム教師のクリフ・ラナートは顔を引き攣らせながら言う。


 目の前のコルフは学園長室に設置されたパターマットでゴルフを楽しんでいた。


「ん? なにかね?」


 さも当然のようにパターゴルフをしだすコルフ。学園長としてのプライドはないのか今回の騒動にあまり興味はなかったようだ。


「その……現在レイン・クラムという生徒が騎士団に捕らえられておりまして……」


「何を根拠にその生徒を捕らえておる?

ワシは根拠がないのに言いがかりをつけるやつは大嫌いでなあ。例えば勤務中にゴルフをしていたとかいう嘘つきだ」


「ああ……えっと……」


「捕らえているということはそれなりの理由があるんだろうな」


 ゴルフを嗜んでいるだけだと言うのに妙な圧がクリフにのしかかる。


「それがですね、レイン・クラムという生徒はソフィー・フラウンの召使でして……」


「知っておる。なんせ従者契約の許可を出したのはワシだからな。続きを報告したまえ」


「はい。そして事件当日、彼はソフィーを人街まで連れ出し、その後レインはソフィーを放置して帰宅。その後ソフィーは行方が分からなくなってしまいました」


 直後にレインと合っていたこと、その日に限って人街に連れ出したなどと疑う理由はあった。しかしそんな理由でもコルフは納得していない様子だった。


「自ら従者契約を結んだ者が主を誘拐とは考えづらいな。それに彼からはまだ何も確実となる証拠はでてきていないんだろう?」


「はい……寮内をくまなく捜索しましたが何も……」


「白というのが確実ではなかろうて」


「協力者がいたのかもしれません」


「もういい、我が生徒を疑いすぎるのもいけないぞクリフ。うちの生徒が連続誘拐犯だという事がありえないのだ。レイン・クラムとやらが自らの無実を証明してみせるだろう」


 そして調子よくパターを握り腰の位置を合わせる。


「しかしレイン・クラムは先日の夜に『自殺』したとの報告が騎士団からなされました」


 するとコルフの手からパターが離れる。


「なん──」


 コルフの驚きの声とともに学園長室の扉がけたたましく叩かれた。


 返事を待つことなくその扉は音を出しながら開かれる。


「──コルフ学園長! あいつは無実です!」


 そう叫びながらやってきたのはエリンだ。手に何かモフモフの何かを持っているようだ。


「君は……エリン・ヴェネットか。許可なしに入室するとは礼儀がなってないぞ」


 そう言ってコルフはパターを拾う。


「す、すみません。しかしレインが7日以上拘束されている事実に納得ができなかったんです。あの騎士団のことでしょうからきっと地下に幽閉されて拷問でも受けているんですっ!」


「その発言はよくないよエリンさん。騎士団に対しての冒涜だ、あまり過激な発言をすると君まで拘束されてしまう」


 するとエリンはクリフを睨んだまま言い放つ。


「今の状況でそんな事が言えるのはおかしいですよ。有罪、無実の判断なら優秀な魔道具がすぐに判断してくれるでしょう? 7日も掛かっていることが異常なのです。権力者が誘拐の罪をレインに擦り付けて揉み消そうとしているに違いありません!」


 その発言を受けたクリフは一瞬鋭くなったが相手は子どもだと言い聞かせ冷静になった。


「あまり騎士団を侮辱しないでくれないか。先生も騎士団の出だからあまりこういう事を言われるのは気に食わないんだ」


「でも実際に彼がやったって言う証拠はないんですよね? だったら騎士団がこれ以上彼を拘束する意味はないのです。さっきの発言は意味もなしに拘束している無能に向けての言葉です! 騎士団のことじゃないですよ?」


 エリンがこうも強気に出れるのはとある証言者のおかげだからだ。


「何を根拠に無実だと言えるのかね?」


「レインの使い魔である彼女が言っていたんです」


 そうして手に持っていたモフモフを持ち上げる。


「ぽよよ〜あんまり強く握らないで〜」


「これが彼の使い魔です。ソフィーが誘拐された日のレインの行動は彼女が全て見ています」


「ぽよよはレインさんが誘拐してないって証明できま〜す……」


 首を掴まれて苦しそうな彼女は作り笑顔で何とか振る舞う。


「彼の使い魔なんだろう。助けるために嘘をついている可能性があるんじゃないかな?」


「この可愛い生き物が嘘をつけるとでも?」


 そうしてポヨヨを抱っこして前に顔がよく見えるよう前に突き出す。


 この時のポヨヨは目をうるうるとさせて今にでも泣きそうな表情を作っていた。


「うぅ……」


「ぐ……確かに嘘はついていないように見えるね……だけど私じゃ何もできないんだ。それに完全な無実を証明できたとしてももう彼はすでに死んていると言う情報が入ってきている」


 エリンは目を見開いて口をパクパクとさせた。


「彼が死んだですって!?」


 敬語を忘れ、目の前の教師に飛びかかろうとしていたエリン。


「ワシも聞いたときはビックリした。自殺だそうだ」


「なんですかそれは……」


「自殺と言うことは何かやましい理由でもあったんだろうね。騎士団は彼が誘拐犯の主犯として調査を進め始めたんだ」


 エリンはありえないのなどと呟き首を振った。ポヨヨはのほほんとした表情で首を傾げていた。


「地下牢で拷問されて殺されたに違いないわ。彼が自殺する度胸があるとは思えないもの。それに拘束状態からどうやって自殺するのよ」


「舌でも噛み切って死んだんだろうね」


「えっ……でも舌噛んで死ぬのってあり得ないんじゃ──」


「どんな拷問を受けたら死にたいだなんて思うのよ……バカッ……」


 ポヨヨのセリフを無視してエリンはその場に崩れる。


「彼の事で必死になる理由があるのだな。ワシも生徒が自殺するだなんて思ってもみなかったから残念だ」


「どの道無実を証明するのは難しくなった。騎士団はこれからも捜査を続け、攫われたソフィーさんなどの捜索をするそうだよ」


「レインの無罪は死んでも変わらないってことですよね」


 最低だ、今までの時間が意味を成さないなどと呟き不満を露わにする。


「レインが死んだということは強制的に従者契約が破棄される……でしたよね?」


 だがそれはソフィーが無事で帰ってきた場合だ。


「片方が死んでしまったということならばやらざるおえない。残念だが契約は破棄させてもらう」


 パターから手を離し机の方へ移動する。何かの書類に自筆で両名書くとそれにサインをした。


「召使の死による強制解除だ。本来ここにソフィーのサインがあれば契約破棄は完了だが……事が事だ、ワシがサインなしで通す」


「……ソフィーが戻ってきたら悲しむわ。拷問のし過ぎでうっかり殺しちゃったのがオチだと思うし、本当に最悪ね。行くわよポヨヨ」


 そう吐き捨て睨んだ相手はクリフだった。


「え……あちょ……ポヨヨの話がまだ」


 パタンと閉じられた扉、部屋には静寂が訪れた。


「レインくんの件は残念ですがこちらとしては都合が良いのではないのでしょうか」


「何を言っている。うちの生徒が死んだのだぞ」


「ですが自殺したということはこの学園に汚名がかからないということです。安心してもよいかと……」


「クリフ・ラナート……お前、何を考えている」


「私は昔から従者契約制度が嫌いでしたので、レインくんに退場して貰うことには賛成だったのです」


 クリフは笑顔で答えた。


「それでも教師なのか?」


「自分の教師には優しくしますよ。ですがよそから繰り上げられたような凡才以下……いや、未満の生徒は私の教室に相応しくなかったので」


「なるほどな。クリフ・ラナート、報告が以上ならでていってくれたまえ。ワシはこれからパターゴルフを楽しむ」


「そのつもりでしたよ。では……」


 その場に落としたパターを取るのを見てクリフは扉を閉じた。


 扉の向こうからは玉を突くような軽い音が木霊した。

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