第21話 キュンキュンしちゃうじゃないか

 赤焼あかやけの空。夕方になると掛かっていた雲は何処かへと流れて行き紅の太陽が顔を覗かせていた。


 そんな夕焼けの空に照らされるソフィーとエリン。


 光量が減っているのかソフィーは日傘を差すことなく太陽を見つめていた。


 その顔は何だが照れくさそうであった。


「はぁ!? レインに告白みたいなことされたぁあ!?」


 改めて声に出されるとソフィーは頬を手で覆い自身の熱を確かめた。


「直接的に伝えられたわけではないのですが私に対する熱意は本物だとおっしゃっていめした。その時わたくしは彼の想いをどう捉えていいかわからず逃げ出してしまったのです」


 そして恥ずかしそうに顔を隠し首を降る。


「へ、へぇ……あいつやるじゃない。距離は近いと感じていたのだけれどあいつにも男の心はあったというわけね」


 女子に対してデリカシーのない発言ばかりしていたためかエリンはそう思う。


「それでソフィーはどうしたいの?」


「ま、まだ勇気がでません。彼とどう向き合うのかが……」


 エリンは初めて見るソフィーの表情に眉を震わせる。


「こんなこと初めてなので……いえ、何でも初めての事だらけだったんです……」


「ソフィーって結構乙女なのね。冷静に振るう姿しか見てこなかったからなんか意外だわ」


 完全に意識してしまったソフィーの表情はエリンの心までもくすぐってくる。


 頬を紅潮させ、どうしたらいいのか分からないソフィーを見る。


 そのたびに自分も恥ずかしくなってきたのだ。


「なんだかこっちまでドキドキしてくるわね……」


「今まで殿方に優しくされたことがなかったのでその反動が来てしまっているのかもしれません。なぜ……どうしてこんなにも心が苦しくなるんでしょう」


 苦しそうには見えない。それは彼女の表情が物語っていた。


「……ソフィーは彼のことどう思ってるのよ」


 エリンの中ではほぼ確信に近いが念の為確認する。


「その……意識しています……」


「分かりづらい表現ね。もっと良い言い方があるでしょう?」


 ソフィーはモジモジし始めボソッと呟く。


「聞こえないわよ。もっと大きな声で」


「えっと…………す、好き……です」


「あんなやつのどこがいいのよ」


 ソフィーは彼の事で頭がいっぱいなのか聞こえていなかった。


「それで? どこに惚れたのよ」


「……色々あります。でも言葉にするのは難しいですね。レインさんと過ごしてきた日々で徐々に意識し始めたんだと思います。何よりレインさんと同じ空間を共有しているとき魔力を制御しやすいんです」


 午前の授業、午後の実技、休憩時間に昼休憩、そして放課後と休日。寝る時以外はほとんどに彼の姿があった。


「魔力を制御……今はあまり制御できていないの?」


 彼女はその問いに首を横に振った。


「彼を想うと魔力を抑えることができるんです」


「確かに前と比べて随分と大人しくなっているわね」


「人街にも少しずつ降りられるようになってですね、今度レインさんと一緒にお買い物をする用事を立てておいたんです」


「──デートじゃない……」


 エリンが思わず口にした言葉がソフィーにクリティカルヒットした。


「で、ででで、デート!? た、確かにそういうことに……い、いいえ、まだそんなつもりじゃ……」


「凄い動揺してるわね。それでもあいつの前ではいつも通りに振る舞うのよ。両想なら焦る必要はないわ」


「は、はい」


「それとわかっているわよね? 従者契約の仕様を」


 その言葉を聞くとソフィーは固まった。


「従者契約の期間は3年の卒業まで。もちろんどちらか一方が退学、あるいは問題行動を起こせば解除になる。契約期間あなた達は恋仲になれないことは覚えておいてね」


「わ、わかってます」


 召使が主に恋をすることは良いが恋仲になるのは禁断と言うことだ。


「バレたらとんでもないことになるから注意が必要よ」


 もし恋仲が発覚した場合従者契約はもちろんのこと、両者退学となり従者や召使は打首となる。


「はいっ……」


 しかしソフィーはそんな条件よりも、死ぬ覚悟で想いを伝えてきたレインの方を優先する。エリンの忠告は守れない。


 彼女は頬を紅潮させたまま屋上から去っていった。


「守りそうにないわね……」


 エリンは一人の屋上でそう呟いた。




 ───────────────────




「お、お待たせしてしまいました!」


 緩む頬をなんとか抑えソフィーはレインにそう言った。


「別にいいですよ、エリンに用事だったんですよね。僕も先生に呼び出されていたからちょうどよかったです」


 ソフィーはなんだかいつも見るレインとは違って目を逸らす。


「え……どうかしたの?」


「い、いえ! それじゃあ早く帰りましょうか!」


 変な調子のソフィーに違和感を感じつつもレインは鞄を肩にかける。


「早く帰ると行ってもソフィーさんの寮は学園内にありますけどね」


「貴族寮のことですね。確かに近くていいかもしれませんが……この時は寮が近いことに少し寂しさを覚えます」


 なんのことかわからなかったレインは少し考えると次の答えが浮かんでくる。


「確かに近いと学園以外の風景に触れ合う機会が少なくなりますもんね」


「……そうですね」


 少し的はずれだったが、いい雰囲気を守るために彼女は肯定した。


「せっかくですから今日は寄り道でもして風景を楽しみますか?」


「いいのですか?」


 思いがけない提案に彼女の肩は跳ねた。


「ソフィーさんが良いと言うならですけど」


「断る理由なんてありませんよ。今は魔力制御が安定しているので皆様にご迷惑はおかけしないと思いますし」


「確かに前と比べて安定するようになりましたね」


 玄関を出て2人は進行方向を正門へと変える。


「レインさんのお陰です」


「僕は何もしてませんよ」


「あなたがいてくれたから……です」


 声量を落として恥ずかしそうにアタックする。


「拠り所みたいな感じですかね? 確かに近くに親しい人がいると頑張ろうって気持ちにもなりますよね」


 だがレインはアタックされていることにすら気づかず華麗に避けた。


「僕は努力ができる人が近くにいると自分も頑張ろうって気持ちになるんです。そういう人は好きですから」


 無意識なレインのアタックにソフィーはなすすべなくヒットしてしまう。


「す、好きっ……!?」


 人街に出た2人はしばらく静かな時間が続く。


「屋台……ソフトクリームがありますね。どうですか?」


 話題がなかったソフィーは気まずい時間を破るためにそう提案する。


「バニラをお願いします」


 レインはシンプルにバニラ、ソフィーはストロベリーを選んだようだ。


「美味しいです」


「あまりこういうの食べないんですか?」


「はい……そもそも人街に降りてくる事自体が珍しいですから」


「そうなんですね。あむ……」


 レインは美味しそうにバニラを頬張る。


「美味しそうに食べますね」


「よかったら一口食べますか?」


「えっ? えとえと……」


「あ……すみません、間接キスになっちゃいますよね。これは失礼しました」


 そう言うとレインはバニラをさげようとする。だがソフィーはそれを止めてバニラを舌で味わった。


「あ、美味しいです」


「このバニラってソフィーさんの髪のように白く輝やいていますよね。僕は白という色が何よりも好きなんです」


 無意識なアタックにまたもやソフィーはヒットする。


「何色にも染まれる。濃い色を薄い色に、いい感じになじませることができる。僕はそんな色が好きなんです」


 そしてレインはバニラを完食する。


「何色にも染まりますがその代わりに染められやすいんですよ。今の気持ちのように……」


「白以外の色に触れれば二度と元の白には戻れないですもんね。だから選ぶときは気をつけなければいけないんです」


「レインさん……」


「──もうすぐ日が落ちますね。そろそろ帰りましょうか」


「そうですね」


 戻っている道中にレインが住まう寮が見えた。


「本日は私がお見送りいたします」


「いえいえそんな……学園までお見送りしますよ」


「すみません、1人で考えたくなったんです。申し訳ありません」


「そうですか……では気をつけて帰ってください。道も暗くなっていますので」


「ありがとうございます。それでは今日はこれで失礼します」


 レインは彼女の背中が見えなくなるまで見守り続けた。


「僕も帰るか」


 今日はソフィーにとって思い出のある出来事となった。

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