第19話 僕がブタ箱なら君はゴミ箱

 僕たちはあれから休憩を挟みつつ、2時間ほどお互いの技術を高め合った。


 ソフィーの剣の技量は凄まじくやはり天才が努力をすると最強になることが証明された。


 僕はこういう人には尊敬の眼差しを向けて神のように崇めたくなる。


 自分を追求する人は美しいからだ。


「ポヨヨ、今日は何してたの?」


 今は放課後、各々が帰る準備をしている。


「ポヨヨは沢山のお友達に囲まれてお勉強してましたよ?」


 と言うことは彼女は午後学術棟にいたということか。喋る動物、マスコット……しかも愛嬌があるため僕が野放しにしても何のお咎めもないようだ。


「僕より学園生活満喫してるんだね」


「ポヨヨは自由な妖精さんなので。あっ……そう言えば今日ポヨヨはとある人に出会いましたよ?」


「とある人って?」


「アイネルさんです」


「これから僕は退学届を出しに行こうと思うんだいいだろう?」


 やばい……彼女が学園にいるのか……。僕の嘘の復讐をしに来ている。


「そうなっちゃいますよねえー。まさかレインさんの通っている学園を特定されているんですから。気づかないうちに首筋に刃があったりして……」


「ぬぅあっ! それだけは絶対に駄目だ」


 まさかそんなはずないだろう。僕の居場所を特定してまで殺しに来ているのか!?


 わざわざ学園に入学してまでも命を狙うなんて……。あ、でも入学するとか言ってたんだっけ? まあそれでも彼女が僕の命を狙っていることは間違いない。


「めちゃめちゃ震えてるじゃないですか。大丈夫なんですか?」


「血濡れた刃の届くところに僕はいるんだ。震えられずにはいられないだろう!」


 でもここ2ヶ月なんのアクションもなかった。接近された形跡もないし、僕の寮に誰かが侵入した形跡もなかった。と言うことはまだ殺すつもりはないということか!?


「……ふ、ふふふ……安心はできないが彼女たちはまだ僕には手を出さないようだ」


 いいやこれは違う、手を出していないのは僕が学園の生徒だからだ。いきなり学園の生徒が死にましたなんてことがあれば彼女たちがただで済むはずがないからね。


 つまり学園にいる間は無敵状態。所属がある限り僕は殺されないということだ!


「確かに2ヶ月もあって音沙汰がないのは変ですよねー。もしかすると監視しているのかもしれません」


「学園では手を出せない……そういうことだろう?」


 手を出さないことが分かれば震える必要はない。今はだ!


 学園を卒業したら首チョンパされてしまうかもしれない……。


「そういうことではありますけど確実ではないんじゃないんでしょうか?」


「……まあ。そういえばアイネルに出会ったって言ったけどなにか話したの?」


「いいえ? ポヨヨが見ただけですので。ポヨヨ自身も沢山の人たちに囲まれていたのでもしかすると気づいてなかったのかもしれませんね?」


 なら僕が廊下をうろちょろするのは危なそうだ。出会い頭にプスッとやられちゃうかもしれないし……。


「廊下に出るのは控えよう……」


「でもレインさんお友達少ないから廊下に出る機会はないのでは?」


「……レインの心に300のダメージが……」


「ああ! レインさーん死なないでくださいぃー」


「君が心をえぐらなければ吐血することはなかったんだ。僕の友達の作り方見たことあるだろう?」


「はい、見事にスルーされてました。地獄みたいな空気でしたよね?」


「だからだ。友達の話題は金輪際しないでくれ。僕にはそれよりも優先すべきことがあるんだよ」


 筋トレとか、座禅とか、魔力制御とか……。


「わかりました。でもあの時友達作ろうとして自滅していたのは面白かったですよぉ。無理にギャグをやって氷河期になったんですから」


「やめろ!」


「へへへ、ポヨヨのいたずらですぅー。次で最後にしますからぁー」


 キャッキャッと喜ぶ妖精をゴミ箱に捨てた。


 僕は寮に戻るために教室を出る。


「君……レインくんだね?」


 すると背後から聞いたことのない人から声をかけられた。振り向くとそこには午後の授業で金コースを担当していた先生いた。


「はい、僕がレインですけど……」


「急に呼びかけてすまない。今日の実習のことで聞きたいことがあったんだ」


 爽やかなイケメン。二十代前半……いや後半かな。朱色の短い髪が特徴的だ。


 確か名前はクリフ・ラナートだったっけ? 剣術の腕前は確かだ。


「実はソフィーさんのことでね。君と打ち合っているという事を聞いて興味が出たんだ。それでなぜ君が彼女と剣を交えようと思ったのか聞きたくなってね」


 普段瘴気で近づかない生徒が多数いたのに僕だけが近づいていたのが違和感だったのか。


 だけど僕は何も知らない一般生徒。ここで変に答えたら実力バレのリスクがあるためあるべくアホ人間のように振る舞おう。


「剣を交えるのに理由があるんですか?」


「あーすまない。尋ね方がよくなかったね」


「ん……?」


「なぜ君は彼女の召使に立候補したんだ?」


 立候補もなにも最初は強制だったし……。まあ素直に答えればいいか。


「バイトにしては結構お金が貰えるので」


「金……か。君は彼女がどんな人物か知ってて召使になったのかな?」


「はい、ある程度は知っていました。しかし美少女の召使になれて、金貨ももらえるなんてやるしかないなって思ったんですよ」


「そう思うのが一般的か……。そうだ、金コースの施設はどうだっかな?」


 ソフィーについての話はもういいのかな。


「そりゃもうブタ箱コースとは全然違いました。涼しく、肌を焼いてくる太陽もいないから快適でした」


「それは私としても嬉しいね。どうだい、君もブタ箱コースから抜け出して金コースに入りたいと思っただろう?」


「できるならそうしたいですが僕はまだまだ実力がないので……」


 絶対でもしてくれるんだろうか。何故か妙に優しく接してくるな……。


「もし君が望めば正式に金コースへ行けるよう手筈は整えてあげるよ」


 ん……どういうことだ?


「それだと他の人に迷惑になるんじゃ……実力がないとみんなが納得してくれなさそうですし」


「それについては安心してくれ。私直々に指導して最強の剣士にしてみせる」


「いきなりの提案ですね……ちなみになんでこんなに手厚くしてくれるんですか?」


「君を守るためにさ」


「僕を?」


「ああそうだ。ソフィーさんの瘴気については知ってるよね?」


「まあエリンから聞きましたし……」


 嘘だ。本当は誰にも聞いていない。


「彼女の瘴気は猛毒だ。近づくだけでも寿命を取られる。そこで私からのお願いだ。どうかソフィーさんに近づかないでいだきたい」


 金コースを安売りする理由はこれか。でも残念だが金コースが羨ましい訳では無い。金コースのために彼女の召使になったわけじゃないからね。


「すみません。もう報酬は貰っちゃってるので止めることができないんです」


「なぜだ、君の命が危ない!」


「クリフ先生……僕には背に腹は代えられないという言葉があります」


「そ、それがどうかしたのかな?」


「男にはリスクを冒してまで得たいものがあるんですよ」


 僕は人差し指と親指を合わせてお金を意味する円を見せた。


「まさか……!? だったら仕方ないね。私も男だからそういうのは理解できるよ」


 どうやらわかってくれたみたいだ。一気に大金を稼ぐにはリスクは承知の上だってことに。


「君の想いはわかった。そこまで強い思いがあるなんてね。すまなかったいきなり声をかけてしまって」


「いいんですよ。誰だって正気を疑いますからね」


「瘴気だけにってことだね。ユーモアもある生徒のようだ」


 これが理解できるなら先生もなかなかユーモアがある。先生とは仲良くできそうだ。


「そういうことなので僕のことはお気になさらずに」


「わかった。召使ということになれば別に実力は関係ないからね。金コースのみんなにはうまく説明しておくよ」


 まだ従者契約が正式に処理できていないのか。


「ありがとうござきます」


「ああお安い御用さ。レインくんはこれから寮かい?」


「ソフィーと帰ることになっているので少し寄り道はしますけど……」


「そうか、気をつけて帰るんだよ」


 そう言うとクリフ先生は笑顔で去っていった。


 それと同時にポヨヨも教室から出たみたいでぷりぷりと怒っていた。

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