第15話 走れメ◯ス

 夕日が落ちる学園。まるでここから青春が始まるようなエモい雰囲気があった。


 彼は愛がこもりにこもった一枚の手紙を握りしめ校舎裏に行くことにした。


 今から始まる恋の予感に、彼は汗を滝のように流して震えていた。何が起こるのか緊張を隠せないだろう。


 校舎裏に行くと1人の美少女が耳に髪をかけて頬を赤らめていた。


 金色の髪の毛が風に靡くと視線を釣られて2人は目が合う。


 先に視線を外したのは少年の方だった。真っ赤に染まった少女の顔は恥ずかしがって──。


「舐めてるの?」


 バコンと建物にヒビが入る。


 どうやら顔が赤かったのは怒りに沸騰していたからのようだ。


「こ、ここ、これには理由がありまして……」


「昨日の放課後にここに来いって言ったわよね? なぁぜ来なかったのか説明できるの?」


「えっと……用事があって……」


 ズバンッとレインを壁に押し付けエリンは手を壁に叩きつけた。


 逆壁ドンと言うやつでエリンは彼に顔を近づけて話し始める。


「昨日あなたがご機嫌で帰っているところを見たっていう人達がいたの。まるで全てを忘れているかのような幸せそうな顔をしていたときいたわよ?」


 随分詳しく説明してくれた。


「そ、そんなの嘘です。僕にはロン毛とメガネしか友達がいないから、自分を知っている人はいないはずです。な、なぜそうだったと言い切れるんでしょうか……」


 友達が少なすぎることが今ここで役に立つ。


 カマかけに引っかからなかったことで一気にレインが有利になったと……そう思われた。


「あなたを知っている人が2人だけだって知っているわよ? 私を含めないとね。じゃあこの情報を誰が話したと思うかしら?」


 レインは近づくエリンの顔を見つめだんだん慌てたような表情になる。


「あ、ありえません! 何かの間違いですよ! 彼らが……僕の友人が、そんな……こと……」


 考えられる可能性はその2人が何かを話したということしかなかった。レインはそんなはずはないと首を横にふるがどうしても2人の顔が浮かんでくる。


「どうだと思う? 彼らよっぽど怯えていたわよ。昨日あんたが何をしていたのかを聞いたらべらべらと話して、おまけに呼び出したことを覚えていたみたいねぇ? 忘れていたから帰った……なんて言い訳させないわよ」


「まさか2人が僕の鞄に手紙を……!」


「鋭いわねぇ。殺意に対しては鈍いようだけれど」


「くっ……あの手紙も彼らが書いたのかっ……。通りで字が汚かったわけだっ!」


「手紙を書いたのは私よ!」


 エリンは更にレインに顔を近づける。息が当たるほど顔を近づけてエリンが彼を見上げる形になる。


「あ……う……」


「背が高いのね……さっきの生意気な発言と合わせると、なんだか見下されているみたいだわ」


 彼女はレインのネクタイを掴み背伸びをする。引き寄せた顔をじっくりと眺めるとエリンは悪魔のような笑みを浮かべた。


「ふーん……よく見るとあんた、かわいい顔してるわね」


「ど、どどどういう意味ですか」


 本気で鳥肌が立っているレインは目を逸らそうとする。


「こっちを見て、いいこと思いついたの」


 ぐいっと彼の顎を正面に向かせる。レインは嫌でもエリンと目が合うことになった。


「あんたはこれから一生私たちの奴隷よ」


「たち……? それのどこが良いんでしょうか……」


「貴族の奴隷よ? 光栄なことじゃない」


「断ったら……?」


「楽しい楽しい学園生活を送ってもらうわ。毎日が刺激的な学園生活をねぇ?」


「それは楽しそうです。ぜひそちらでお願いします!」


 彼女はネクタイを締めた。レインの首が圧迫されるのがわかる。


「地獄ってことよ。やっぱりブタ箱組は分をわきまえないクズが多いのね?」


「分をわきまえない……そう言えばあの2人はあなたに何をしたんですか。あれ程怒っていたのでそれほどの理由があるのではないでしょうか……」


 刺激しないよう抵抗は見せなかったが声は苦しそうだった。


「あのブタ共が私の友達を泣かせたからよ。嫌だと言っているのにしつこく話しかけて。だから彼女を泣かせた罰を与えたのよ」


 レインは薄れゆく意識で『2人ならやりそうだな』と目を閉じた。


「ちょっとそんなに強く締めてないでしょ。寝たからって開放はしてあげないわよ」


「病人には優しくしてほしいですけど……」


「自業自得よ」


「僕は彼らの代わりに謝りに来ただけなのに……」


「そうには見えなかったけど?」


「それは聞いていた話と違ったからですよ」


「それでもあなたがこの状況を変えるには私の奴隷になるしかないわ。無礼な行動はそれで許してあげる」


 下着の件で怒っているわけではないことがわかる。


 これはだだのストレス発散だ。溜まりに溜まったストレスをぶつける相手が欲しかっただけ。


 それにたまたまレインが選ばれてしまったわけだ。


「奴隷にするならロン毛の方がよさそうですけど……」


「嫌よ。不潔で汚い椅子なんかに座りたくないもの」


「じゃあメガネは……」


「あんなもの椅子にすらなれないわ。木の枝に座れとでも言うのあんたは」


 この時レインはロンに髪を切れと、モヤシニにもっと食えと刹那に願った。


「それもそうでしたね。それだと僕も髪は長いですし腕も細いのであなたの条件には合いませんね」


 彼女はレインの腕を握る。


「ある程度はあるじゃない、十分よ。髪は長くてもあなたは清潔だからいいの。ベトベトなロン毛は気持ち悪いだけもの」


 レインは長い髪の毛を後ろに束ねてまとめているだけだ。


「気に入らないわね」


 そんなレインの髪艶を見た彼女はそんな言葉を吐き捨てた。


「それで奴隷になるの? ならないの?」


「期間はどれほどで……」


「一生と言ったでしょ? 安心なさい。報酬は渡してあげるから」


「報酬……?」


 レインの鼻が鳴る。


 流れが変わった。報酬を貰えるなら悪くはないと思ってしまったのだろう。


「奴隷として働いた分の対価よ。無賃で奴隷にするわけないじゃない。正式に契約するわけでもないんだし」


 彼女は懐から1枚の金貨を取り出して見せびらかす。


「1日10万マニー。私たちの気分が良ければさらに増えるわよ?」


「悪い事をしたのにお金がもらえるとは……神ですか?」


「なにかしら、貰えることが不満なの?」


「いえ、喜んで奴隷にならせて頂きます! お金が貰えるなら無問題! 僕は犬にも鳥にもなります!」


 エリンは不敵に笑い金貨を投げ捨てる。


 それと同時にレインを解放すると彼は金貨を追いかけた。金貨に飛びついた彼の上に彼女はのしかかる。


「やっぱり平民はクズばっかり……ブタ箱ともなればそんなにお金が惜しいのね」


「当たり前です! 生きるためにはこれが必要ということなのです! よっし!」


 するとそこへウキウキなポヨヨが姿を見せた。


「唐揚げにポテトにルンルンルーン〜」


 奇妙な歌を歌っていたポヨヨは馬乗りにされているレインを見つけると両手で口を隠した。


「まあ! 青春ですねぇ」


 馬乗りになったところを見られた彼らはポヨヨに勘違いをされてしまった。


「違っ……なんなのよ!」


「校舎裏に呼び出されたのは知ってましたけど、まさかこんなことになってるなんて……お楽しみのところお邪魔しちゃいましたね?」


 ポヨヨはニヤニヤして顔を隠す。


「いいんですよいいんですよ。もうそういう事考える歳ですからね〜キャー」


「だからそんなんじゃ……っていうかあんた人間じゃないわよね?」


「もう、ポヨヨのことは構わなくていいのでどうぞ続きを……」


 その隙を見てレインはダッシュで逃げ出す。


「ありがとうポヨヨ、君が来てくれたお陰で助かったよ!」


 ムギュッと彼女の顔面を鷲掴みにして回収する。


「あれっ、いいんですか? 女の子とイチャイチャできるチャンスを捨てて」


「あれは傲慢な貴族だ。ボロ雑巾のようにして使い捨てられるだけ。君が来なかったら彼女を月まで蹴り飛ばすところだったよ」


「それは逆に来てよかったですね……」


 後ろでエリンが騒ぎ立てる。


「明日からハードな学園生活になるかも……ポヨヨ、君はいつも通りにしておくんだ」


「ふん? なんだかよく分かりませんけどそうしますね〜」


 レインは夕焼けの空が沈む10倍の早さで走り去るのだった。

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