第12話 人生初キル(アシスト)
地下牢で彼女は目覚めた。聖職者の皮を被った悪魔に何かをされて以来だ。
手足には新しい鎖が施されており前壊したものより頑丈である。だが頑丈さ故に魔力を封じる鎖ではなかったようだ。
「ふんっ……ぬぬぬぬぬ……」
エンリは鎖を捻り壊そうとするがうまくいかない。腕のほうが千切れそうだった。
「かったいわね」
魔力で腕を強化してもその鎖は壊れなかった。仕方なく別の方法を探すも部屋の中には何もない。
彼女はため息をついて壁に腕をぶつけ始める。
「壊れろ壊れろ壊れろ!」
鎖はびくともしなかったが石造りである壁には傷がついた。長年放置された遺跡であるため遺跡自体が劣化しており硬いものを打ちつけると簡単に壊れるようだった。
「……良い事思いついちゃったわ」
良い事を思い出したにしては随分と凶悪な顔をしていた。
するとあろうことか彼女は石壁を何度も殴り破壊した。壊れた壁からはまた新たに土の壁が出てくる。
「土ってことはやっぱり地下だったのね」
面倒だと口にするも彼女は固定された腕をうまく扱いゴリゴリと掘っていく。
ある程度掘り終えたところで部屋の向こうからなにかが近づく音がした。
「まずい……!」
焦った彼女は魔力を身を強化し全力で土の壁を掘り始めた。土の中を泳ぐようにバリバリとドリルのように突き進む。
そのまま上に上昇していくと手が抜けた。
涼しい風が彼女の汚れた手を乾かし、やがて外に出た。
「……なんとも乙女らしくない脱出劇だったけどうまくいったわ……」
体の土を払って遺跡の外に出たエリン。
すると遠くのほうで剣を打ち合っているような甲高い音がしてくる。叫び声も時折混じっていた。
「何かしら……」
身を隠しながらエリンは音の方に近づく。
見つけたのは白い羽衣を着た60代の男。
もう1人は体も顔も黒色のローブで覆った性別不詳の人物。
「あのローブの人物……強いわ」
貴族であるエリンは周辺国を含めた全ての剣豪やそれに匹敵する実力者は知っている。
名前も容姿も剣筋も。
ただあの人物が繰り出す圧倒的なまでの剣術は見たことがなかった。繊細で美しくときに大胆な太刀筋。
「願いの力があるはずなのにこんな凡人に負けてしまうなど……ありえない……」
「僕は努力を重ねてきました。この世界で生きるために死ぬ気で鍛え、骨の髄までその感覚を染み込ませました。あなたのような取って付けただけの実力では到底追いつける力ではないかと……」
2人の話し声が微かに聞こえる。性別不明だったローブの人物は少年と思われる男の子だった。だがあの剣術を繰り出すには若すぎる声色。
エリンはもしかすると同い年なのでは……と疑ってしまうほどに。
「努力でのし上がれるほどこの世界は甘くないのですよ……そんな事ができれば今頃は空飛ぶ円盤ができていたことでしょう」
メクラームの纏う魔力が変質する。
その瞬間彼の内包する魔力が滝のように漏れ出る。その上から覆うように魔力の膜が張ると弾けた。
彼の手には新たな杖が握られていた。だが最初に持っていたものとは違い禍々しい蠢く魔力が目立つ仕様となっていた。
まるで地獄の釜の底に集まった、煮えたカスを集めたような杖だ。
「ふっふふふ……どうですか。この魔力……努力では到底到達できない程のどうしようもない力ですよ」
メクラームの声がさらにしわがれ、見た目も70代後半の見た目になった。頬は完全に垂れ下がりハリなどなかった。
生命を削り、膨大な魔力を放出し前借りすること。それを一般的には『代償狂化』という。
力に溺れた愚か者が我欲のために使用したことが語源だ。だが宗教の者はこれを『いのちの輝き』とも呼んでいた。
我が身を燃やしてまで立ち向かう相手がいる。そういう意味でつけられた別の名前だ。
だがメクラームはいのちの輝きではなく代償狂化を行った。目の前の少年に負けてはならないと自分の命を守るために。
「あれは代償狂化……10年分老けたということは相当なまでに追い詰められていたのね」
前借りしたすべての魔力はメクラームの杖に集約していた。
「すごいマジックですね。まるで10年老けたみたいに……でも何も変わってないですね」
場の空気が総替わりするほどメクラームの魔力で満たされているというのに、少年は顔色一つ変えず嗤っていた。
「力の差がつき過ぎてうまく魔力を感じ取れないんでしょう。もはやこの場は私が支配しているのですよ」
少年は充満するはずのない魔力に気づいているようだが表情は変わらない。
伝達する魔力の波を彼は剣を薙いで斬る。
そしてそれを合図に空気が連鎖的に爆縮し始める。
「おっ……」
同じように杖を壊しにいった少年。だが見えない壁に阻まれて鈍い音だけが残った。
杖が光ると周囲に暴風が吹き荒れる。
大きく後退した少年に追い打ちをかけるように派手な魔法を撃ち込む。
「見える……見えますよぉ! これが選ばれし力です!」
形勢は逆転。
魔法の防御に手一杯なのか少年はどんどんと後退する。
勢いを保たれないよう小さな火でも手を抜かない。砂をかけ、空気を遮断するかのように手を休めることはない。
淡々と作業のように少年を追い詰めるだけただ。それなのに……。
「んっ!?」
いくら砂をかけようが、空気を遮断しようがその火が消えることはないかった。
それどころかどんどんと大きくなっているような気がした。この不利な状況であるにも関わらず。
「っ……!?」
メクラームの視界がグラリとカクつき、いつの間にか膝をついていた。
太ももを深く斬られ血が溢れ出していた。
だが彼は気にすることなく瞬時に再生させると再び立ち上がる。
「攻撃が当たろうとも10年分の魔力が尽きるまでは再生し続けますよ」
魔法の合間合間に飛んでくる斬撃。
痛みが広がる前に再生するため苦痛に顔を歪ませることはない。
だが逆転していたはずの形勢は少年に傾きつつある。高い威力の魔法にも対応され始め隙を突かれては斬撃が飛んでくる。
「なぜ……なぜそのさらに上を征かれる……。圧倒的な力で押しているはずなのに……」
少年の動きは止まることはない。いつも思考を繰り返し肉体に刷り込ませる。成長しているのだ……少年は。
ただ力だけある魔法を連発しても成長しない彼とは違ったのだ。
そしてついにその形勢は崩れ場は少年に支配される。
「んなっ!? 魔法が打ち消され──」
見えなかった。
瞬き一つでメクラームの前に少年が現れたのだ。
視界を奪われたメクラーム。どうやら目元をガッツリ握られたようだ。
息を呑んだ瞬間に彼は地面に叩きつけられる。
「んがっ!? 目がっ! 目が眩むぅぅぅう!?」
脳に衝撃がいったのかチリチリする視界に堪らず叫ぶ。
その間に禍々しい杖は少年によって踏み砕かれる。
「わ、私の10年がっ……!」
「付け焼き刃はいつかは綻びますよ。自ら研いだ刃が一番信用できるんです」
少年はメクラームの首を押さえて剣を突き出す。
「こ、こんなに差があるはずが……ただの人間に願いの力を持つ私がぁぁあ……」
メクラームは唾を飛ばしながら発狂する。
その時メキメキと巨木の唸る音が聞こえた。
激しい戦闘で衝撃波や少年の斬撃が当たっていたのだろう。大きな幹が2人目掛けて倒れてくる。
「あ……」
少年は直ぐに身を引いてその場から離れたが倒れていたメクラームは何もすることができずそのまま押し潰された。
大地に倒れた衝撃が伝わると黒い液体の池ができた。
「ああ……死んじゃった。殺すつもりはなかったけど不幸だったね。これ殺人教唆とかになって裁かれるんだっけ?」
異世界の法律など知らない彼は焦り始める。
「異世界で初キルがこれってなんかやだな」
間接的ではあるが彼が初めて人を殺した瞬間だった。
「生存競争の中で死んでいく動物たちを見てきたから、自分と同じ死体を見ても何とも思わないな……異世界ってやばいねー」
その時彼はこの場から勢いよく離れる一つの魔力体を検知した。
「……女の子、捨て子かなぁ?」
しかし彼はあまり気にしていないみたいで追いかけることはなかった。
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