第8話 ハ……ハラガ……

「なんでお腹押さえてるんですかぁ?」


 レインがいつもの修行場所に向うとポヨヨがいた。


 彼女は砂を使って山を作っていたようだ。


「ちょっとね……」


 ポフポフと砂山を作っていたポヨヨは手を止めて不思議そうに首を傾げた。


「今夜なんか外に行くみたいなんだよね」


 ポヨヨはワクワクした表情を見せる。しかしとたんに不思議そうな顔に戻る。


「おっ! でもなんか早くないですか?」


 本来は冬が訪れてから向かうつもりであったが今は夏過ぎぐらいだ。


 時期がズレているため不思議に思ったのだ。


「それが捨て子が奪われたから取り返すとかなんとか言ってて。秘境の森の外に出るように言われてさぁ……」


「レインさんがトップなのになんで流されちゃってるんですか。行きたくないなら行かないって言えばよかったじゃないですか」


「いや、みんなが行くって言うから心配じゃん? でも僕外の世界にはまだ行きたくないんだよね……」


 震える手は何かに対して高い緊張を持っているようだ。


「んー……? もしかしてビビってますか?」


「……それ以外に何かあるの?」


「はいぃい? 冗談で言ったんですけど本当にビビってるんですか?」


 ポヨヨは砂山のてっぺんに立ってムンっと頬を膨らませる。


「そりゃずっと森で暮らしてたんだから外の世界が怖いとか思うよ。いつだって未知は怖いんだから」


「なんのためにその筋肉があるんですか……」


 ごもっともなツッコミ。


 ポヨヨは呆れた声で言った。


「通用するかどうかわからないじゃん?」


「馬鹿ですかレインさんは。なんでそんなに謙虚になってしまったんですか?」


「……特に理由はないんだ」


 彼はこの10年間、ポヨヨと出会う4年前からずっと孤独だったのだ。それまでは自身の命に関わる出来事が多く、途中何度も挫折したりトラウマになったりしていた。


 そのせいか性格が少しずつ歪んでいき、何事にも慎重になってしまったのだ。


 未知が怖いというのはトラウマのせいで恐怖となり、慎重なのは死なないように10年間を過ごしてきたせいだ。


 トラウマというのは人の姿に化けた魔物のことだ。初見は気色悪く今でも脳にこびりついているらしい。


「なんで間があったんですか。その力があってビビリなのは理由があると思いますよ?」


「ただの心配性なんだよ。でも自分より弱いと確信したら直ぐに調子に乗っちゃうかな……」


 その幾度となく挫折した歪み。


 そこから生じた性格が格下を見下してしまうというわけだ。一種のストレス発散と言ってもいい。


「クズじゃないですかそれ……弱い者いじめして楽しんじゃってるじゃないですかぁ」


「だって仕方ないだろう。自分の気持ちに正直になったらいっつもこうなるんだから。ほら下の者ほどよく下を見るっていうだろう?」


「初めて聞きましたよその言葉。それただ自信がなくて下向いてるだけじゃないですか」


 ポヨヨからみるレインの背中は何故か小さく見えた。


 彼もまた普通の人間なのだろう。ポヨヨはそんな可愛らしい一面もあるレインにニコっと微笑む。


「こうならないように普段努力して来たけど……足りなかったかもしれないな」


 自分の不甲斐なさに魔力の剣を素振りする。


 だがその剣はいつも通りで鋭く迷いはなかった。


「絶対にわざとやってますよね。ビビリは嘘だったんですか?」


 舞を踊るかのようにキレキレの動きを見せる。


「その太刀筋あったら敵なしですよ」


「力があるから自信が出るわけじゃないんだって。それは今も昔も変わってない考え方だ」


 二度と挫折したくないからこその慎重さ。自分を追い込むのはいいが、挫折はしたくないのだろう。


「しっかりしてくださいよぉ。4年前についた嘘、彼女たち信じ切っていますからね?」


「それでも生きる術の力は身につけられたわけだし結果的にはいい嘘だったと思うよ」


「ビビリにはそんな度胸はないんですよ……」


 凄まじい素振りを見せておいて何を言っているんだと、ツッコミそうになるが温かい目で見守っておく。


「ビビリの基準が少し違うんだ。僕は自分第一で他人が死のうとも関係ないと思っているんだ」


「ドクズじゃないですかっ!」


「冗談、その反対。知ってる人が危険な目に合うとなると手が震えるんだ」


 完全な嘘だ。


 レインは自分さえ良ければそれでいいとさえ思っている。


 生きるうえで他人は必要ないのだ。


「自分が他の人に何かをできるわけじゃないし嫌なんだよね」


 ポヨヨは糸目で何から言えばいいのか迷った。


「あのレインさん……ポヨヨはそんなに心配しなくてもいいと思ってますよ?」


「どうして?」


「それは外の世界を見たらわかるんじゃないんですか?」


「それもそうだね。いつまでもビビってこもるわけにもいかなしい」


「それでこそレインさんです! あっそうだ!」


 するとポヨヨはどこからかローブのような服を取り出す。


「じゃーん。レインさんのために私丁寧に作ってきたんですよ。カッコいいレインさんに合うようなデザインにしてきましたー。みてみてーカッコいいでしょ?」


 彼女が取り出したのは魔術師が着そうな光沢のあるローブだった。


「セットでちゃんと着る服もあるからさらにカッコいいですよぉっ!」


「ありがとう。でもなんか恥ずかしいな……」


「上半身裸のほうが恥ずかしいですよ。慣れればそっちの方が扱いやすいですし一度着てしまえば魔力を流すだけで着脱可能ですからね」


「なんか凄そうだ。本当にもらっていいの?」


「はいっ。本来は学園に入学する前……いえいえなんでもないです。とりあえず今夜はそれを着ていってくださいね?」


「……わかった。傷がついたらごめんね」


「へへーん、大丈夫ですよ。レインさんなら傷なんてつけませんから」


 今日いちご機嫌なポヨヨはそう言うと拠点の方に飛んでいった。




 ───────────────────




 ──夜。


 レインは自室の鏡がある場所で装備を纏う。ポヨヨからもらった装備だ。中にスーツ着て、上からローブを羽織るというもの。


 フードを深く被り、胸元にあるボタンを留めると完成。


「姿を見られないような服か……」


 ギラリとフードから覗く瞳は紫色に光る。


 そして約束の時間になったのか彼は窓からスタイリッシュに飛び降りて森を駆け抜けた。


 その途中でアイネルが横に並ぶ。


「似合うわね」


「顔はほとんど見えてないよ」


「雰囲気よ。闇夜に紛れてカッコいいって言ってるの」


「ありがとうね。君も似合ってるよ」


 アイネルもレイン同様ローブを纏っていた。ポヨヨお手製の特注品だ。


「ふふ、お世辞でも嬉しいわ」


 チラリと中が見えたがレインとは異なる色合いと仕様らしい。


 レインのイメージカラーが黒に対して彼女は白だった。


「こっちよ」


 アイネルは方向転換をしそのまま真っ直ぐ移動する。


 そしてレインは初めて秘境の森を抜け平原に。


 さらに森へ入り、しばらくすると複数の気配がした。


「来たようですね」


「レイ〜ン」


 そこにはかつてレインが修行をつけたであろう10人の姿があった。


「これで全員ね。目標はこの遺跡にいる捨て子の回収。及び情報収集よ。レイン、何か指示はあるかしら?」


 組織っぽくなっている彼らにレインは驚いていた。だが残念なことにここは彼が適当に選んだ廃遺跡。


 みんなが想像以上にやる気があって彼は申し訳ない気持ちになる。


 本当はこんなところに捨て子がいるはずないのにと。


「い、いや? とりあえずみんな無事でね」


 みんなのやる気を削がないようできるだけそれっぽく振る舞う。彼女たちはレインの言葉を聞くと一斉に頷き廃遺跡に突入しに行った。


「みんなごめん……たぶんここには何にもないと思う……」


 全員が突入し誰もいなくなった森でレインはそう呟いた。

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