第5話 ついても良い嘘だ

 何かが森を駆け巡る。


 ヒュンヒュンと風を切り巧みな動きでモフモフの白い生き物を追いかける。


「追いつかれるとまずいよぉぉ?」


 レインは修行の一環としてポヨヨを追いかけていた。


 それにポヨヨは捕まえられないよう必死に森を逃げ回っていた。


「いやぁぁぁぁあ!! 来ないでくださいぃぃぃい!! うわぁぁあ!!」


「追いかけないと修行になんないでしょ。それに君は逃げ足だけは速いからね」


 小さい体も相まって素早く森を飛び回るポヨヨ。


 彼女は叫び声で魔物を呼び寄せながら逃げる。


「でも声が大きいからステルスには向かないね」


「そんな事言われたって怖いものは怖いんですよぉぉぉ!」


 追いかけるレインの顔はマジであり、暗闇で発見したら漏らしてしまいそうな顔である。


「そんな事言ったって僕は止まらないぞぉぉぉ」


「イヤァァァア!! ……ん、誰かいますよ」


 先程まで命の危機が迫った顔をしていたが人を発見してすんっ……と冷静になる。


「ちょっと急に止まらないでよ。僕の顔に慣れたの?」


「いえ、そうじゃなくてなんか女の子が倒れててどうしたのかなって……」


 ポヨヨは倒れている女の子をツンツンと突いて反応を確認する。


「ぅ……ぁ……」


 どうやら衰弱しているみたいで意識が朦朧としているようだ。


「どうしますか? レインさんとおんなじぐらいの歳にみえますよ?」


「そのまま見捨てようかな」


 涼しい顔でレインは言った。


「なんてこと言うんですか!」


 ポヨヨはおーいと倒れている女の子の反応を確認するが返事はない。


「死んだんじゃないの?」


「鬼ですね! レインさんはもう少し女の子に優しくしてあげてくださいねっ」


 ポヨヨは背負っていた水筒を彼女の口に近づけて流し込む。


 少女の本能が水を求めていたのか喉が動く。


「結構な脱水症状を起こしていたみたいですね……ポヨヨの水筒じゃ足りないかもです」


 ポヨヨは自分の小さな水筒をフリフリして全て飲ませてあげた。


「人間さんにとってポヨヨの水筒は足りなかったみたいです」


 彼女は満面の笑みでレインに水筒を出すよう要求するが……。


「え……僕は自分に甘えないために水筒なんか持ってこないよ。それに水筒なんてないし……」


「ガーン……それじゃあこの人間さん死んでしまいますよぉ」


「それでいいんじゃないの?」


「……人間さん、ポヨヨがいて良かったですね。もしレインさんだけだったら見捨てられていたかもですよ?」


 そう少女の耳元で囁くとポヨヨは彼女を持って宙に浮いた。


「前までは金貨袋一つに苦戦してたけど今では人一人分担げるようになったんだね」


「誰のせいですかっ! 可愛いを売りにしてるのにムキムキになったらレインさんのせいですからね!」


「別にこんな森で可愛さなんて使う機会なくない?」


 ──正論である。


「それにその子助けてもその後どうするの。こんな過酷な場所ではその子、すぐに死んじゃうよ?」


 レインが彼女を見捨てようとしたことは何も間違ったことじゃない。


 自然の厳しさを最も知っているレインは、人にすがって生きているようじゃダメなことを一番理解しているからだ。


「ポヨヨが養います。レインさんはいいですから」


「ためだよ。そんな生半可な覚悟で1人養うとか言わないほうがいい。君だってわかってるだろう。そんな事をしたってこの子が救われるわけがないと」


「じゃあポヨヨはどうすればいいんですか。そんな過酷な選択、幼い人間さんにさせたくないですよぉ」


 ポヨヨは目をうるうるとさせてレインの助言を待つ。


「仕方ないだろう。もうここは……」


 彼から告げられる言葉が嫌だったのかポヨヨは目を瞑る。


「彼女が自立できるまで鍛え上げるしかないじゃないか」


「うわぁぁぁあん。なんでいっつもそんな考え方しかできないんですかぁあ。ポヨヨは1日でやめたくなりましたよぉお」


 自分が経験してしまったからこその涙。


「ほら貸して、僕が背負って水のあるところまで案内するから」


「ダメです。この人間さんはポヨヨが面倒見てあげますから」


「だからそれじゃあダメなんだって。彼女のためにならない。僕が鍛えさせてあげるからそれで十分だろう」


「レインさん、女の子をなんだと思ってるんですか……」


「生きる残るためなのに性別関係なくない?」


 ──二度目の正論である。


「参りました。ポヨヨは勘違いをしていたみたいです。見捨てるか、レインさんの過酷な修行を受けるかの二つしか選択肢がないならと、甘えた択を作ってしまいました……」


「わけわからないこと言ってないで早く戻るよ。この子が死んだら僕の良心はどうなる」


「レインさんは悪魔ですよ。女の子までもムキムキにさせたがる筋肉悪魔ですっ」


「筋肉だって可愛いだろう。筋肉があるだけ女の子は可愛くなるんだから」


「乙女をなんだと思っているんですか。みんな筋肉を可愛いと思ってるわけじゃないんですからね」


 ──ポヨヨの反撃の正論。


 しかしその後、ポヨヨうまく言いくるめられてレインに少女を渡してしまうのだった。




 ───────────────────




「というわけで君は僕が拾いました。痛いところあったら気軽に言ってね」


 レイン自分より大きな少女にそう言う。


「ええっと、ありがとう?」


 近くに浮遊するポヨヨが気になるのか困った様子だ。


 ちなみに少女は透き通った水色の髪を靡かせており黄色の瞳という超目立った個性を持っている。


 おまけに幼いのに色白の美少女である。


「そして今から君は筋トレ……」


 そう言いかけるとポヨヨはほっぺたを膨らませて威嚇する。


 レインは適当な言葉を作って鍛えさせようと考えていた。


 だがそれではポヨヨは納得してくれないだろうと思い、なにか別の理由を探す。


 うまいこと彼女が鍛えることになんの疑問も持たないような自然な理由を探す。実際にあるものでもいいし、嘘でも作り話でもいい。


 その瞬間、彼の頭に雷のようなものが落ちた。こうすればうまいこと鍛えることになんの疑問も持たないだろうと考える。


「世界に蔓延る汚え奴らを木っ端微塵にすることだ!」


 聞く限り適当な嘘。それは鍛える口実を作るにはあまりにも酷すぎるものだった。


 ポヨヨもそんな嘘すぐに見破られるだろうと呆れていた。しかし少女の反応は思ってもみなかったものだ。


「汚え奴ら……聖教の話かしら?」


 聖教とはかけ離れた生活をしているレイン。それがどんなものかもわからずに適当に頷いた。


「まさか新聖書に載っていた九つの神の話?」


「よ、よく知ってるね。そうその九つの神の話だよ」


「でも九つの神が汚え奴らって一体どういう事?」


 こんなところで神を侮辱するわけにもいかないのでまた新たな嘘をつき始める。


「……汚え奴らはその信者たちだ!」


 レインは長い期間森で暮らしていたため世界の出来事などまったく知らない。


 適当に会話をしているが奇跡的に話が噛み合っている。


 ポヨヨは驚いて開いた口が塞がらない。


「その遺産を回収するとどんな事が起きるの?」


「……願いが一つだけ叶えられ、君のような捨て子がいなくなるハッピーハッピーな世界を作れる」


 そんな某漫画のような展開になるわけがないだろうと思いつつも薄っぺらい嘘を並べ続ける。


「ハッピーハッピーな世界?」


「そうだ。僕達のように才能ない者でも捨てられることのないハッピーハッピーな世界だ」


「才能を持たない子どもが捨てられないハッピーハッピーな世界……でも親が子どもを捨てる理由なんて要らなくなっただけじゃない? そうして私も捨てられたわけだし……」


 レインは自分の設定の甘さに虚を突かれたのか必死にそれっぽい嘘を並べ始める。


「いいやこれは神々作ったルールのせいなんだ。正確に言えばそれを望んだ信者による欲望だ」


「そんな!? じゃあ神々は才能の無いものは死んで当然だと思っているの!?」


「残念ながらそういうことになる。神々を慕う者たちがそう願いを叶えてしまったからだ。変える必要があるんだ、この世界を。願いを叶えるためには信者共を排除しなくてはいけない……だから僕は強くなった」


 どんどんすごい言葉が出てくる。途中で矛盾しつつもなんか凄そうとか言う理由で全て押し切った。


 大嘘のオンパレード。


 実際はそんな者存在しなく、確定しているのは九つの神がいると言うだけ。


 本当の事や誰でも知っているような情報を混ぜれば、おのずとそれを真実だと捉えてしまう。人の心理を突いたいやらしい嘘である。


「しかしただ信者を始末するだけにはいかない。それらを守る神官との対立は絶対に避けられない。こんな世の中にしたのもそんな神官がいたせいだ……」


 そして極めつけは敵を作ること。


 そうすることで修行することによるモチベーションを高められる。


 さらに捨てられたことに対する恨みを全て神官にぶつける。


 これで架空の敵の誕生だ。


「神官……まさかナーヴィス神教会のこと!?」


「そう彼らこそ僕達の自由を阻む敵。彼らを倒すには絶大な力が必要なのだ。そう、そのためにはきつい修行や困難を乗り超えなくてはいけない。それでも君はついてきてくれるかい?」


 ここはあくまでも君の選択だと言うように諭す。だがこれだけ興味深い話をされれば否応なしに頷くしかない。


「もちろん、助けてくれた恩を返さなくちゃいけないわ」


「その言葉が聞きたかった。それじゃあしばらくはこの小屋にいるといい」


 レインのその言葉を聞くと少女はご厚意に甘え小屋にいることに。


 そして外に出た彼はポヨヨにニンマリとした顔を見せる。


「レインさんそれはあまりにも酷すぎますよぉ。ナーヴィス神教会はただの宗教団体ですって。彼らは何も悪くないどころか秩序を保っている団体なんですからぁ」


「理由はともあれ修行することに抵抗をなくさないといけない。めちゃくちゃ適当な嘘ついたからこれが本当になるだなんて信じてすらいないよ。神官には悪いけど……ね」


「逆にこれが真実だったら神教会が才能なしの不良品を積極的に排除していることになりますからね……。どちらにせよ神官にバレたら真っ先に消されるのはレインさんですね」


「僕はついてもいい嘘なら簡単につくよ。ここは舐めてちゃ生きていけない世界だ。僕と同じような境遇の人を抜け抜けと殺すわけにはいかない。嘘つきと言われてもいつかはこの力が必要だったと思う日が来るだろう」


 レインはそれっぽいことを言っているがポヨヨの心には全く響かなかった。


「ただの自己満じゃないですかそれ」


「うるさいなー。魔物に食わせるぞ」


「イヤァァァア! それだけは勘弁をぉぉ……」


 こうして静かだったレインの生活もいつしか騒がしくなり始めたのだ。


 ちなみレインは拾った少女をアイネルと名付けた。

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