第5話 歴史の真実

「すると」

 翔極ショウゴク灰簾カイレンを前に確認する。

灰簾カイレン、そなたは一度目にしたものをほとんど完璧に覚えることができる、そういうことなのだな」

 翔極ショウゴクの涼しげな目がじっと灰簾カイレンを見つめる。

 少し照れながらも、灰簾カイレンは答える。

「......まあ、大体は。あんまり時間たったり、興味がないと忘れてしまうけど。もの探す時ぐらいしか役に立たない特技で――」

 翔極ショウゴク灰簾カイレンの小さな肩をぎゅっと両手で握る。

「ひぃっ!!」

 翔極ショウゴクはゆっくりと首を振る。

「それこそが――私が望んだ、力なのだ――」



 夜。

 灰簾カイレンは奥の一室にいた。一段高いところに翔極ショウゴクが胡坐をかいて座っていた。

 床には何やら見たこともない紋章と、数枚の護符そして香炉がおかれていた。

 ちょこんとその真ん中に正座する灰簾カイレン

 翔極ショウゴクはそれをまじめな目で見ながら、呼吸を整える。

『この本を夜まで「覚える」ように。可能だろうか』

 分厚い二冊の本。ペラペラとめくる。そこには灰簾カイレンでも読める簡単な文字で文章が記されていた。

 タイトルには『隆朝紀伝』、『黄伯氏日記』とそれぞれ記されている。

 うなずく灰簾カイレン。このくらいの量であれば二時間もあれば、暗記することは大丈夫そうだ。

 そして今、灰簾カイレン翔極ショウゴクに呼び出されこの怪しげな部屋で正座している。

「私は歴史を研究している」

 翔極ショウゴクは金の鎖を手に取りながらそう始める。

「歴史とは――過去に起こったこと。当然現代のわれわれが知る方法はない。唯一の方法は、過去の人間が残した『足跡』を探るのみである」

 灰簾カイレンにはなんとも、難しい話である。とはいえ、使用人である以上、それなりの付き合いはしないといけない。ただ翔極ショウゴクの言葉に耳を傾ける。

「その『足跡』は実際に過去の人が住んでいた住居や使っていた道具――しかしそれらは失われることも多く、その特定も難しい。もう一つの『足跡』は『文字』だ。『文字』は過去の出来事やその時の人々の言葉を再現してくれる。たとえ何千年前だとしても、『文字』によってその時代の世界をよみがえらせることが可能なのだ――ただ、その書かれた『文字』の内容が真実であれば」

 灰簾カイレンは首をかしげる。

「例えば、わが鳳朝。今から百年以上前に初代皇帝である高祖が前王朝の最後の皇帝廃残帝隆靭リュウジンを倒したことで成立した。隆靭リュウジンは極悪非道の皇帝で、酒池肉林の限りを尽くし、政治には興味もなく国を傾けたとあるが――それは真実なのだろうか。わが鳳朝の公式の記録としてはそう書かれているが、現実は怪しいものだ。なぜなら、前の王朝を倒して鳳朝が成立した以上、前の王朝『隆朝』は悪徳非道の王朝でなければならぬ。そうでなければ現王朝の正統性が証明できぬではないか」

 なんとなく灰簾カイレンは理解する。

 つまり、本に書いてある『事実』は往々にして、『うそ』であるということである。

 『うそ』は何らかの目的、利益を求めるがために行われる。

「その事実を明らかにするために――これから、『秘法』を行う。歴史の真実に迫る『秘法』を――」

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