第4話 ある発見

 使用人としての日々が始まった。

 とはいえ、それほど仕事が多いわけではない。お金持ちそうな割には二人だけの生活なので、料理も洗濯も掃除も簡単なものだった。

 灰簾カイレンは料理には自信がある。

 使用人としてお金を貯めることができたら、料理店を開くのが夢である。

 しかし調理人は男性にしか許されていない職業である。

 灰簾カイレンが男性の格好をするのもそのあたりに理由があった。

 一方主人――名前を『翔極ショウゴク』というらしいが、気になることもなく淡々と日々を過ごしているように見えた。

「御主人様、食事ができました」

灰簾カイレン、名前を読んでくれ。どんな草花にも名があるように、人には名前がある。主人などというものは存在し得ぬものだよ」

 首を傾げる灰簾カイレン。とりあえず『翔極ショウゴクさま』と呼ぶことにしたもののどうもしっくりこない。

 今までにないタイプの主人であった。

 生活も独特である。

「今日は夜まで蔵にこもる。昼食は蔵に持ってきてくれ」

 お金持ちであれば、豪華な食事が一番の楽しみであるはずだ。それなのに、あまり食には興味のない様子。

 ずっと例の蔵にこもって、本を漁っている。

《なるほど......》

 これでは並の使用人はたまったものではない。このような変わり者の主人では、精神的にどうにかなってしまいかねない。

「まあ、おれは気にしないけどね」

 そう言いながら、昼食の準備をする。小麦粉の皮でひき肉を巻き、それを蒸す。仕上げには笹の葉でそれを包む。

「これなら、仕事しながら食べられるしな」

 手洗いの小さな桶も一緒に灰簾カイレンは蔵へと運ぶ。

 ぶつぶつとなにか言いながら本を探している翔極ショウゴクがそこにはいた。長い髪をお団子にして、顎に指を当てながらなにか考えている。

「あの本......あの本はどこにいってしまったのか......」

 本のタイトルらしき単語を何度も翔極ショウゴクは繰り返す。

 ピクッと反応する灰簾カイレン。お盆を脇に置くと蔵の奥に分け入る。

「......?」

 翔極ショウゴクは不思議そうに灰簾カイレンを見つめる。

「ありましたよ。お望みの本。これでしょ」

 ホコリを払いながら一冊の本を差し出す灰簾カイレン。本を受け取り、その背表紙を確認する。

 間違いない。その本こそが、二時間以上探しても見つからない目当ての本だったからだ。

「いや~、俺にも読める簡単な文字だったので覚えてましたよ。奥の本棚、真ん中の五段目左から三冊目でしたね」

 じっと灰簾カイレンを見つめる翔極ショウゴク

「......なぜ場所がわかった?」

 翔極ショウゴクの問に灰簾カイレンが答える。

「え?それは......この間この蔵に入ったじゃないですか。そのときに覚えました」

「信じられん――」

「まあ、これって俺の得意技みたいなもので。一度見たものは忘れないんですよね。あんま役たたないけど」

「......」

 翔極ショウゴクは筆を取り出し、サラサラと文字を紙に書きつける。そしてそれを差し出した。

「この文字は読めるか。このタイトルの本を探したい」

 その文字は『鳳朝文字』であり、当然灰簾カイレンは読めない。しかし。

「読めないけど――まあ、模様だと思えば」

 目を閉じて灰簾カイレンは少し考え込む。数秒後、目を見開いた灰簾カイレンは蔵の奥から一冊の本を取り出した。

 本のタイトルを確認する翔極ショウゴク

 衝撃が走る。

 一語一句間違いない。

 それは翔極ショウゴクが書きつけたタイトルと同じタイトルの本であった――

 

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