第3話 書物の蔵

 本棚の間を灰簾カイレンは、こわごわと通る。

 自分の背の三倍くらいある本棚には、ぎっしりと本が詰まっていた。

《こんなにいっぱい本があるのをみたのは初めてだな》

 そもそも、この国では紙自体が高級品である。庶民の間では竹や木の板が紙の代わりで使われることも多かった。

《よっぽどのお金持ちなのか、それとも博士さまなのか?》

 何気もなしに一冊の本を手に取る灰簾カイレン

 そこには見たこともない模様がずらりと並んでいた。

 『鳳朝文字』と呼ばれる文字である。普段、灰簾カイレンらが使う文字は『庶民文字』で画数も少なければ、種類も少ない。

 ペラペラとめくる。ある頁に灰簾カイレンの目が止まる。

 その時――

「誰だ」

 蔵に響き渡る大きな声。

 はっとして灰簾カイレンは声のした方に振り向く。ごつん、と右手が本の山にあたってしまう。

「あっ...!」

――大きな音とともに本の山が崩れて、灰簾カイレンの頭の上に雪崩をうって押し寄せるのだった。



 眼の前には、士大夫のような格好をした青年が一人椅子に足を組んで座っている。長い総髪を軽く結び、肩にのせていた。

 その前の床に正座をしているのが灰簾カイレン。頭を痛そうにさすりながら。

 先程の蔵とは異なり、ちゃんとした部屋である。並べられた壺や調度品が家主の経済力を物語っていた。

 その家主である青年はじっと手にした書付を見つめていた。それは、『桂庵行』で灰簾カイレンがしたためてもらった紹介状である。

「すると」

 青年は口を開く。男性にしては高い声。肌もいやに白い。

「貴殿が『桂庵行』に紹介された使用人というわけか」

 灰簾カイレンは無言でうなずく。

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 それにしても――きれいな青年である。まるで人形のような目鼻立ちだ。髪の色は銀色に近い城であり、総髪で流れるように整えられていた。

 今まで灰簾カイレンの周りにこのような男性はいなかった。皆、腕や足は太くまた毛だらけの熊のような風貌をしていたからである。

 灰簾カイレンは思い出す。

 『宦官』という存在。

 女宮に使える役人で、男性の大事なところを切ってしまっている男性である。そうする事により、女宮でのあらぬ関係を疑われることもなくなり信用を得ることができる。もっとも子供をなすことはできなくなるが。

 そういった宦官は男性らしさがなくなり女性らしくなるらしい。眼の前の青年をじっと見つめる灰簾カイレン

「聞いておるか?、灰簾カイレンと申したな。何を赤くなっておる」

 考えていることが見透かされたようで、どきっとする灰簾カイレン

「それにしても、あの蔵で何をしておった。」

「いえ、ドドド泥棒しようとかではなく、ほほほ本にちょっと興味が――」

 灰簾カイレンはうまく言葉が発せない。

「ほう」

 青年はじっと灰簾カイレンを見つめる。長いまつげがニ、三度揺れる。

「いままであの蔵の本に興味を持った使用人はいなかった。おもしろい。採用しよう。使用人に」

 へ?、と灰簾カイレンは変な声を出す。

 願っていたこととはいえ、こんな変な主人に仕えていいのかという引っ掛かりもあった。

 しかし――背に腹はかえられない。

 その日から、灰簾カイレンの奉公人の生活が始まることとなった――

 

 

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