第32話
その涙に驚いたのは翔だけではなかった。菜々美自身も驚いていた。
「え……?」
思わず手で涙を拭う。なんで泣いてるのか分からない菜々美は、その顔を両手で隠した。
「菜々美」
抱き寄せられた菜々美は、涙を止めることが出来なかった。
「どうした?」
心配そうに顔を覗く翔に、自分の気持ちは言えなかった。どう伝えていいのか分からないのもあったが、こんな自分が嫌だとも思ったのだ。
「菜々美」
子供をあやすように、背中を擦る。そのあたたかい手に安心する。
そのうち涙は止まり、今の状況に恥ずかしくなって翔から身体を離した。
「菜々美?」
恥ずかしさから何も言えない菜々美は、顔を上げられなかった。
そんな菜々美を引き寄せる。
暫くそのまま菜々美を抱きしめてると、菜々美は「ごめんね……」と言った。小さな声で翔の顔を見ることはしないでポツリと。
「何があった?」
抱きしめたまま菜々美に聞くと、菜々美は小さな声で言った。
「あの……ね……、見たの」
「なに?」
「昼間に、翔がキレイな人と一緒にいるとこ……」
「ん?」
「私……、AnJuってカフェにいて……、打ち合わせ終わって帰ろうとしたら……」
それ以上言えないで黙ってしまう。そんな菜々美を見て翔は「あははっ」と笑った。
「なんで笑うの……」
翔の胸に顔を押し当てて菜々美は言う。拗ねてるのが分かった翔は、菜々美の行動が可愛くて仕方なかったのだ。
「ヤキモチ、焼いてんの?」
「ちがう」
「正直に答えろよ」
菜々美をからかうようにそう言った翔に、菜々美は「違う」と何度も言った。
(認めたくない……)
嫉妬してると、認めたくない。こんな気持ちは初めてで、認めたくない。
「可愛い」
耳元でそう聞こえてきた。その声がくすぐったくて落ち着かなかった。
「菜々美。好きだよ」
ぶわあっ……と、全身に熱が伝わるように熱くなった。恥ずかしさで身体が熱くなるのを感じた。
「菜々美」
クイッと顎を上げると唇に触れた。
◇◇◇◇◇
「ちゅ……っ、……ちゅっ」
寝室に響くその音が、ふたりの気持ちを昂らせる。
一度唇を離すと、潤んだ目をした菜々美がいる。その色っぽさに翔は自分を抑えられなかった。
ゆっくりと菜々美をベッドに沈めていく。翔に身を任せるように、目を閉じる。
瞼の上に唇を押し当てた翔は、背広を脱ぎ捨てネクタイを外した。
そして菜々美の部屋着の前ボタンをひとつひとつ外していく。
「菜々美……」
首筋にキスをする。何度も何度も、舐めるように優しく。
「ん……っ」
思わず声を洩らす。その声がますます気持ちを昂らせた。
「ちゅ……っ、ちゅっ……!」
その音は部屋中に響き、耳から離れない。
「あ……っ、んんん……ッ!」
首筋に吸い付いてきた翔は菜々美の反応を楽しんでいた。
唇を離した翔は首筋についたその跡に満足したようでふっと笑いを溢す。
「しょ……」
菜々美に覆い被さった翔は、白い素肌を楽しむように全身を舐める。胸の中心の突起に触れ、口に含み舌で転がす。
その度に菜々美の身体はぴくんと反応する。その反応が嬉しくて何度も何度も同じことを繰り返した。
「菜々美。不安になるなよ。傍にいるから」
果ててグッタリしている菜々美の髪を撫でながら、翔は言った。その言葉に力なく頷く。
「ちゅ」
と瞼にキスをして、抱きかかえるようにして眠った。
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