第31話

 その日はどうやって自宅に戻ったのか覚えていなかった。気付いたら仕事部屋で次の作品のことを考えていた。

 翔からの連絡も一切断っていた。

 モヤモヤした気持ちのままじゃ、言ってはいけないことを言ってしまいそうだったからだ。

 本人に一緒にいた女性のことを聞く勇気も、菜々美にはなかった。

 恋愛小説を書いているが、恋愛偏差値は物凄く低い。だからこういう時、どうしたらいいのかさえも分からないのだ。


(いろんな恋愛小説書いてきたのになぁ……)

 本当の恋愛は、小説や漫画のようにはいかない。分かってるつもりでも、今日の出来事が痛い程、痛感してしまったのだ。




《なんで電話にも出てくれないの?》

 



 メッセージアプリに翔からメッセージが入る。電話もメッセージも返さないから、相当心配しているのが分かる。

 だけど、菜々美はそれに返信することは出来なかった。


(今日はひとりでいたい……)

 そう思った菜々美は、スマホの電源を落とした。

 仕事部屋で好きなバンドの音楽をかけ、パソコンを開いてはキーボードを叩いていく。

 部屋には音楽とカタカタカタという音が響いていた。




     ◇◇◇◇◇




 ピンポーン──……。



 音楽とキーボードの音が響く中、インターフォンが鳴った。

 小説仕事に夢中になっていた菜々美は、それを中断されて不機嫌になる。



 ピンポーン──……。



 もう一度、鳴った。

 うんざりしながら立ち上がり、部屋を出る。リビングにあるインターフォンのモニターを見る。そこには翔が映っていた。

 翔の顔を見て、戸惑った。まさか、マンションにまで来るとは思わなかったからだ。

 どうしようかと迷った。が、今は深夜0時を回っている。ここで騒がれたら近所迷惑だ。

「ふぅ……」

 ため息をひとつ吐いて、玄関へと向かった。



 ガチャ……。

 ゆっくりとドアを開ける。

 そこには困った顔をした翔がいた。

 菜々美は無言でリビングに戻り、珈琲を入れる。翔はその菜々美を後を追ってリビングに行くと、黙って翔に珈琲を出した。

「菜々美……」

「今日は……、ちょっとひとりになりたい気分なの」

 そう言うと仕事部屋へと入る。

 音楽が鳴りっぱなしの部屋でパソコンと向き合う。

 疲れなんかないってくらいに集中していた。

 そんな菜々美を見ていた翔は、何も言わずにリビングへと戻っていく。


 一体、菜々美はなんでそうなのか……と翔は不思議だった。

 自分が何かしたのではないかと思って頭を悩ませる。だけど考えてもそれが分からない。

 それでもここにいるしかなかった。



 暫くして菜々美は仕事部屋から出てきた。時間もう深夜の3時になろうとしていた。

「菜々美……」

 キッチンに向かった菜々美は、冷蔵庫から缶ビールを出した。そしてそのままそこでビールを飲み干した。

「眠くないの?」

「話をしたい」

「無理。ちょっと疲れた」

 そう言って寝室に向かう菜々美を追って翔も寝室に行く。

「菜々美」

 後ろから抱きしめられてた菜々美は、ドキドキが止まらない。


(こんなに好きなのに……)

 好きが溢れてきそうだった。

 それなのに、ちゃんとそのことを言えない。

「なんて情けない……」

 ポツリと呟く菜々美に不思議そうにする。

「菜々美?」

「なんでもない……」

 分かってはいるけどやっぱり伝えられない菜々美は、何かを言う気力はなかった。

 力なく手を下ろす菜々美に気付いたのか、翔は菜々美をベッドに座らせた。


「ごめん。帰るわ」

 その言葉に顔を上げる。

「帰る……って?」

 こんな時間に帰るってどうやって?と頭の中がグルグルしていた。駅に行ってもタクシーは掴まらないだろう。もちろん、電車も止まってる筈だ。

「翔……」

 思わず翔のジャケットの裾を掴んだ。

 帰って欲しくない気持ちはあるのだ。だけど、何を話していいのかも分からなくて、自分の気持ちが上手くコントロール出来なかった。

「いて欲しいの……?」

 隣に座った翔に何を言えばいいんだろう。どうすればいいんだろうと、考える。




「菜々美?」




 気付いたら涙を流していた──……。

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