第3話 こっくりさんと学食②

「ご飯?約束って言われても……そんな約束した覚えがないけど」


「なんじゃとぉ!?何を寝ぼけておる!確かにご飯でも何でもって言ったじゃろう!!」

 狐の面越しでも、怒ってる顔が想像出来てしまう程に、彼女は声を荒げた。

 ご飯への執着、約束を反故しようとする、その怒りに僕は気圧されてしまう。


「わ、分かったよ、分かったから、でも条件として色々話してもらうからね?」

「ほんとかぁ!?うん!うん!何でも話すからっ、はようっ、ご飯じゃ!」


 僕は券売機の方へ歩くと、彼女は後ろから付いて来る。

 様々なメニューがあるけれど、特別珍しい物があるといったわけではない。

 学食は数回利用はした事はある。ラーメン、カツ丼、カレー、食べた事のあるのはそのくらいだ。

 今日の気分はどれだろうか、と悩んでいると彼女が後ろから服を引っ張ってきた。


「要!何をしておる!他の奴らはあっちで食べ物を受け取っておるぞ!?あぁ!ほらまた!なくなったらどうするのじゃ!妾達も行かなくてはっ!」


 なるほど、コレは分かった事がある。

 この後の会話が、スムーズに進まない事に。


「まずここで食べたい物を選ぶんだ。僕は、この炒飯にするけど、えーと、君はどれにする?」

「ちゃ、はーん?んん~……どれも分からぬ。まぁどれもご飯なのじゃろう?眼前に出されるまで分からぬのも、また一興なのだろう。妾はコレにしようか?」


 券売機の前で腕を組みながら首を傾げている彼女は、指を指した。


「コレ?生姜焼き定食でいいの?」

「ちなみにどのような食べ物なんじゃ?」

「んー簡単に言うと、豚の肉を焼いて甘いタレで炒めた奴かな?その肉とご飯を一緒に食べるのがおいしいよ。マヨネーズも合うね、キャベツも進んで、ご飯も進む。嫌いな人はいないんじゃなかってくらい最高の料理だよ」

「なんじゃ急に饒舌じゃの?聞いてもよく分からんが、旨い物なのは分かった」

「と、とりあえず買うよ」

 少し気恥ずかくもなるも、僕はお金を入れて生姜焼き定食を買おうとした。

「待て!これはなんじゃ!?」

「これはパスタ、麺類だね」

「パス……?まぁ麺か……コレは!?」

「親子丼、卵と鶏肉が乗ってるご飯だね」

「なるほど、それで親子か……親鳥の前でまだ生まれぬ卵を食いよるとは、残酷じゃのぉ。いい趣味とは言えんぞ……」

「いや、違うって……もうとりあえず買うからね?」

「要!早まるでない!コレはもっと気になるぞ!?」

「それは飲み物だよ……コーラっていう炭酸の黒く――」

「これは!?」

「オムライス、ケチャップご飯の上に卵が――」

「これは!?」

「カレー、茶色くて――」

「これは!?」

「トッピングの――」

「これは!?読めんが旨そうだ!なぁ!?要!?コレにしよう!」


 僕は黙って炒飯を2つ買った。

 券を取り、彼女を置いて食堂のおばちゃんの方へ向かう。


「かなめぇ!?それはなんだ!?妾が選んだ物とは違うような気がするぞ!?おい!待て!どこに行くつもりじゃ!!」



 おばちゃんに呼び出しブザーを受け取り、子供のように駄々をこねる彼女を無視して、水を2つ持ってから空いている席へと向かった。

 聞きたい事を聞く前に疲れてしまい、若干もういいかなって気分にもなってきた。

 ご飯の話でこれなのだから、億劫にもなる。


「ふぅ……最初に聞くけど和奏じゃ、ないんだよね?」

 分かりきっている事かもしれない、だけど本人の口から聞かなくちゃいけない事だと僕は思う。


「……………………半分正解、かの?」

 半分?どういう事だ?そもそも何故、本人が自信無さそうに答える?


「半分って言うのは、具体的にどう半分なの?半分不正解の理由は?和奏であり、和奏ではないと言う事だよね?そもそもいい加減に面を取って顔を見せてくれないか?」


「えーいっ待て待て!聞き過ぎじゃ!頑張って要の問い掛けには納得行く様、答えてやるから!!……そぉじゃなぁぁ」






 彼女はまた腕を組んでは首を傾げる。右、左と頭をくねくねさせている。

 ん~、んん~、と唸り声も追加され、今頑張って考えてます!というのは伝わるけれど、僕にはわざとらしく見えてしまう。


「今、和奏という女子おなごは――」


 ビー!ビー!

 やっと口を開いのに、ブザーによって再びその口は閉ざされてしまった。


「おわあぁっ!!なんじゃあ!?」


 自己防衛なのか両手を前に出しては、びっくりした猫のような反応を見せる。

 音を止め、立ち上がり一言。

「持ってくるから、少し待ってて」

「ご飯か!?妾が行く!」

「あっ、おい!」


 彼女は勢いよく僕の手からブザーを横取りし、おばちゃんの所へ走って行く。

 僕は走って行くその後ろ姿を見て、渋々椅子に座り直した。

 頬杖をしながら様子を見ていると、その後ろ姿は本当に子供の様な無邪気さが感じられた。


 そして彼女が振り向くと、その両手には炒飯が乗ったお盆。

 両手が塞がっていて慎重なのか、行きとは大分動きが遅い。

 そんな零れるような料理でもないのに。

 早く食べたくて釘付けになっているのだろうか?涎なんか落とさないでくれよ。


「ん?」


 彼女が近づくにつれ、見た感じ僕の心配してた事はなさそうだ

 だって、面があってとかじゃなくて、もう雰囲気で分かってしまう。

 下がりきった肩。俯いた顔。聞こえはしないけれど、肩の動きから見て取れる溜息の連続。


 どう見ても彼女は落胆している。


「おか、えり?どうしたの?」

「……べっつにぃ?なんでもないしぃ?いつも通りだしぃ?」


 変な喋り方には変わりはないが、今までと比べたら普通。むしろギャルになって戻ってきた。

 彼女が持ってきた炒飯を1つ手に取り、食べる前に落胆中の彼女に目をやる。


「えーと、誰?さっきの人はどこに?」

「何がじゃ!!目の前におろうが!馬鹿たれ!」


 冗談のつもりで聞いてみたが、良かった、同じ人だ。これでややこしい事は避けられた。

 面倒な事は残っているが。


 僕は一先ずレンゲで炒飯をすくい口に運ぶ。うん、美味い。自分で作ったり、冷凍食品には出せない味がしっかりと口内に広がった。



「話の続きをいいかな?」

「んー……なんじゃ」

「……半分正解とか、和奏は今どこいるんだい?」

「ここに、要の目の前におるじゃろ」

「僕の目の前には和奏に似た人物で、あって和奏ではない」

「はぁ~……約束がコレとはなぁ、甲斐性なしにも程があるじゃろ……」


 ぶつぶつと何か文句を言っているが、ものの数分で何が起こったのか僕には分からない。

 炒飯に視線がいっているが、何か嫌いな食べ物が入っているのだろうか?

 グリンピースが嫌いって人は聞くけど、僕は平気だ。

 そもそもこの炒飯には入ってはいない。


「食べないの?冷めて美味しいけど、やっぱ温かい時に食べるのが一番だよ」

「言われんでも食べるわ……大体、米に油を塗っておるんか?これは……変な色付きの米なんか――」


 彼女はレンゲを持つと同時に、僕はすぐに気付いた。

 顔が見れるのでは?と。というより面を取らなければ食べられない。

 見逃さないよう彼女の顔をジッと見つめた。


 そして彼女はレンゲに炒飯をすくい、口に放り入れる。


「………………」

 狐面を少し浮かせて、炒飯の乗ったレンゲだけが面の中へと吸い込まれていた。


「なんでだよ!!もういいじゃないか!見せてくれたって!何をそこまで隠す必要があるんだ!?」


 咄嗟に大声でツッコんでしまった。

 そんな僕に彼女は、反応してくれない。

 2口目、3口目と炒飯は面の中へ飲み込まれていく。


「ん……」


「なんだって?」

「んんんっぅまいのおおおおおぉぉぉ!!!!!!」


 僕よりも数倍でかい声で感想を述べた。


「なんじゃ!?なんじゃこれはぁ!?ただの白米に色を付けただけかと思っておったら……んんぅまいっではないか!!米に油を塗って気持ち悪そうに見えたが……ウマッ……ふぅぅん!!噛めば噛むほど口の中が香りが広がって、ウマ――んんんっ!手が止まらんぞ!?要!この小さい肉も口の中で噛むと別の油が滲みだしてより一層味が濃くなるのぉ!いくらでも食えそうじゃ!かぁなめぇ!!やるではないか!!最初に白米だけで妾の気分をどん底に落としてから――うまぁ~~。これとはなぁ!!?」


 物凄い早口で星5のレビューを頂いた。

 それにこの炒飯に僕は何も関わっていない。選んだだけだ。

 機嫌が悪かった理由が判明し、尚且つ上機嫌になったのはいい事だろう。

 遠くからで良く見えないけど、その炒飯を作ったであろうおばちゃんも、親指を立ててるよ。


 ありがとうおばちゃん。これなら会話もしやすそうだ。


「それは良かったよ。それで話なんだけ、ど――――」


 視線をおばちゃんから彼女に戻すと、僕の目の前には口腔内。

 歯、舌、頬粘膜ほおのうちがわ硬口蓋うわあご口蓋垂のどちんこ、更にネギやらご飯粒、炒飯を食べた人の口の中が丸見えだった。

 舌を口の外に出しては、まるで『全部食べれた』と言わんばかりの子供。


 唖然としている僕は喋る事も、動く事も出来なかった。

 その口はゆっくりと閉じていき、目の前の唇が動く。


「旨かったぞ」


 そして徐々に視界が広がっていく。まるでスローモーションのように唇、鼻、頬、耳、目、顔の一部が露わになっていく。


 そして僕の目の前には知らない女性が座っていた。

 少し肩に届かないくらいの狐色をした髪。まん丸の目はちょっと猫っぽさがある。

 白い肌。口元には米粒に、油でコーティングされた唇。僕よりは年上に感じる見た目。でも女子の制服を着ていて……



 この台詞は何回目だろうか?でもそれ以外に変わる言葉を今、口にする余裕はない。



「…………誰?」



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