第2話 こっくりさんと学食①

 朝、目を覚まし、いつもの様に僕は学校に行く支度をしていた。

 いつもの様に、何度も繰り返した支度。

 でも今日は何故か億劫に感じられた。これといって別に珍しい事じゃない。

 寝不足で体がだるかったり、苦手な科目があったり、面倒な行事があったりで、朝のテンションが低いなんてよくある事。

 でも今日は、ここまで気が乗らない理由が見当たらない。

 寝不足でも、苦手な科目もなく、行事なんてない。至って普通の日。


「はぁ、理由は分かっているけどね……」


 もちろん夜中の学校に忍び込んで、こっくりさんをやった事。

 割れた窓ガラスに、ぐちゃぐちゃな教室、騒ぎになっているに違いない。


 バレる事はないかもしれないけど、きっと罪悪感で気が滅入ってしまうだろう。

 自分から言うのも勇気が必要だ。


 自業自得とは言え、僕は朝から頭にモヤを抱えながら登校する羽目になる。






「あれ?」


 重い足取りで登校し、下ばかりを見て歩いていた僕は初めて前を向く。

 その景色はいつもの教室。いつものクラスメイト達が喋っているガヤガヤした騒がしさ。

 まだ寝ぼけているのか?それとも自分の教室を間違えたのか?

 でも教室にいるのはいつも一緒に授業を受けているクラスメイト達。他人の空似にしても人数が多すぎる。


「おい、入り口で突っ立てるなよ」


 後ろを振り返ると、これまた見知った顔が近くにあった。


「……えぇっと、君は、山城やましろ?」

「は?どう見てもそうだろ?……ふっ、なるほど、顔に出ちまってたか、やり遂げた男の顔が」


 僕の知っている山城やましろだ。他人でも空似でもない。


「良かった。僕が知ってるバカな山城やましろだ」

「おい、それの何が良いんだ?要、おい、聞いて――」

 良かった。僕の勘違いではないようだ。ここはちゃんと自分の教室で、クラスメイトも他人の空似ではない事が再確認出来た。


 今度はしっかり端から端まで見渡すと、この光景はほぼ毎日見ている光景に違いなかった。

 だからおかしい。机は元に戻す事は出来ても、朝一番ですべての窓を張り直す事は可能なのか?

 仮に可能だとしても、この騒がしさもいつも通りというのは納得出来ない。

 もっとこう、『なんで窓が割れてるんだ』とか『泥棒じゃないか?』とかそんな会話をしてもいいはずだ。



 皆が登校する前に片付けて窓も直した?あり得ない。

 はぁ、考えても仕方がない。少し様子を見よう。先生から何かしらの話があるはずだ。


「…………おはよう、委員長。ちょっと聞きたいんだけど、ここに紙と10円が置いてなかったかな?」


「おはよう龍見たつみ君、紙と10円?そこに?ん~~どうだろう?私が1番に来たけど、それらしいの置いてあったかなぁ?ごめんね」


「ううん、そんな大した物じゃないから気にしないで、ありがとう」


 確かに机の上に置いたまま教室を出たはず。

 そもそも何故自分の机でやったのだろうか……まるで知らない人の机の様に少し躊躇してしまう。


 ん?1番?


「ごめん委員長もう1ついいかな?」

「ん、何?」

「朝、教室に来た時、何というか、変な事はなかった?」

「変な、事?別に何もなかったと思うけど……」

「そう……ありがとう」


 もしかして全部夢だったとか?

 夢の方が可能性が高く感じてきたぞ。


「よーし、HRはじめっぞぉー」


 寝癖頭をぽりぽり掻きながら、やる気のない声を発し、教室に入ってきたのは僕達の担任、佐伯さえき先生。

 ほとんどの生徒は、サエちゃん、なんて呼んでいる。先生に対してちゃん付けされているのは、良い意味で信頼関係や心を許している証拠だ。

 悪い意味では、まぁ、舐められている証拠でもあるのかもしれない。


「まずお前らに1つ聞くぞー、正直に答えた方が身の為だからなぁ?先生は知ってるが、自分から名乗り出てほしいだけだ」


 その言葉で僕は現実に引っ張り戻された。やっぱり夢なんかじゃなかった。

 無意識に視線を落とし、覚悟の準備をし始めた。

 僕は心臓の鼓動が早まる中、先生の口から出る言葉を待った。


「……はーん?どうやら思い当たる節があるみたいだなぁ?龍見くぅん?」

「え?」

 先生のその言葉で皆が僕を注目する。


「え?じゃねえよ。先生の口から言わせる気かぁ?」


 先生は1枚の紙をパタパタと煽るように見せ付けてきた。


 あぁ、これはもう言い逃れも言い訳も出来ない。初めからバレているんだ。

 正直になれ、話しても信じてもらえないかもしれないけど、自分の受け持つ生徒なんだ。僕が先生を信じれば、きっと先生も僕を信じてくれるはず。


「すみませ――」

「悪いな龍見。お前の気持ちは嬉しいが、ガキには興味ないんだ」


 なんだって?


「そんな!!酷いぜ!サエちゃん!」

 僕の席から少し離れた所から、山城が勢いよく立ち上がった。


「「は?」」


 僕と先生は同時に同じ反応をした。


「これ、お前の仕業か?山城?」

「ああ!!必死に考えて考えぬいた……俺の本気の愛を知ってもらおうと徹夜して書いたラヴレターだ!」


 ラヴ、レター?こっくりさんの紙じゃなくて?


「気持ち悪い文章を書くな、先生の靴箱に近づくな、次やったら退学にするぞ」


 山城が徹夜で書いた手紙を、何度も何度も細かく破り捨ててしまう程に先生は怒っていた。


「後でお前がこのゴミ捨てとけよ?よーし気を取り直してHRすっぞぉー」



 結局なんだったんだ?何もないって事なのか?

 どっと肩の力が抜けては、悩んでいるのがアホらしく感じてしまう。



「すまない!遅れてしまったかのぉ!?母君に言われて学校があるのを忘れておった!」


 でかい声におかしい口調。堂々と遅刻をして現れたのは、狐の面を被った謎の女性。

 だが服装は、この学校の制服で身を纏っていた。

 不審者か?顔を隠しているし、でも堂々としている。アホな不審者か?


「わぁかなー!堂々と遅刻してくるな!お前にこの気持ち悪いゴミを片付けさせるぞ!!」

 先生は手紙の件もあってか、当たりが強い叱責を和奏にぶつけた。


「…………え?和奏!?」


「和奏ちゃん何その喋り方ー?」

「変なアニメに影響でも受けたの?」

「わ、わかちゃん、も、もえ~」


 皆、和奏だって分かるのか?顔を変な面で隠してるのに?

 口調もそうだけど、なんというか、雰囲気が全く別人じゃないか。


「いいからさっさと座れ!」


 皆は先生が本気で機嫌が悪いと気付いたのか、しっかりと黙って前を向く。

 僕は横目で和奏らしい人物を見るが、やはりどう見ても違う気がする。

 和奏は空席の前に立ち、そこを指を指しながら隣の子に喋りかけている。

 喋りかけられた子も、笑顔で対応してる感じが見て分かった。やはり違和感を感じているのは僕だけらしい。


 アニメや漫画の影響で喋り方を変える、お面を付ける、高校生でするだろうか?和奏は確かにアホな所はあるが、そんな事はしない。


 もしかして僕はまだ夢の中なのだろうか?


 そんなアレやコレやと考えている内に午前の授業が終わっていた。

 ハッとした僕は、急いで和奏らしき人物に視線を向けると、いつも昼食を食べる面子と対談している。


「私も和奏ちゃんと食べたーい」

「あーウチも!」

「その喋り方どうしたの?うけるー」

「さ、差支えなければ、拙者も……」


 …………


 気付くと和奏らしき人物の周りには人だかり。

 和奏は別に全校生徒のアイドルでもない。学年1の美人でもない。


 クラス1の人気者って訳じゃない。


 喋り方1つでこんなにも変わるのか?

 実は皆、アニメや漫画が大好きで、そういったキャラに憧れているのか?

 僕だって映画の俳優の演技がかっこよくて、1人でいる時はまたに真似はするけれど、いいのか?このクラスメイトは寛容してくれるのか?


 僕は人だかりの方へ歩いては、掻き分け、中心の人物の手を乱暴に掴み、強引に立ち上がらせた。




「君達にはすまないがぁ、和奏には先約があるようだ…………この、私とね」



 決まった!

 ごく自然に振る舞えた。少しキザったらしく、低いトーンで荒い感じを出す。完璧な洋画のイケオジだ。練習の成果がここまで完璧に出せるなんて、僕もやれば出来るじゃないか。

 見てくれ、この静寂さ!完璧すぎて皆


 皆……




 みん……な?



「おい、龍見が壊れたぞ」

「和奏ちゃん独り占めする気か?」

「きえろ、ぶっとばされんうちにな」


「…………い、いいから!ちょっと和奏来てくれ!!」


 強引にその手を掴んでは、急いで教室を出て行く。

 後ろから罵声が飛ばされている気がするが、今はそれどころじゃない。


「要!なんじゃ急に!?」

「いいから付いて来てくれ!」

「なんだと言うんじゃ…………――!。はぁ~ん、そうか、ならば要っ!こっちじゃ!!」


 僕が手を引いていたはずなのに、いつの間にか僕が手を引かれる側になっていた。

 これと言って行く場所は考えてはおらず、人目が付かない場所ならどこでもよかった。

 誰にも邪魔されずに、この偽物の和奏とゆっくり会話が出来ればそれでいい。


 僕よりも力強く、僕よりも速く、そんな僕は転んでしまわない様に付いて行くのがやっとだった。

 風で髪がなびく。そんな後ろ姿はやっぱり和奏で、だからこそやっぱり僕の知る和奏じゃないと確信に変わった。



「なぁ!君は誰なんだ!?なんで和奏のふりをしてるんだ!?」


 走りながらで呼吸が荒くなりながらも、僕は必死に言葉にして伝えた。

 その言葉がどうやら気に障ったのか、彼女の走る速度が次第に落ちてはピタリと止まった。


「なんじゃ、気付いておったのか……」


「はぁ、はぁ、止まったって事は、説明して、くれるって事なんだね?」


「…………その前に、約束を守ってもらおうかの」


 彼女が狐面越しに視線を送る先には、広い空間の中に大勢の生徒達が談笑し賑わっていた。


「確か、ここって」

 この学校の生徒ならば一目見れば分かる。でも僕は何かの間違いなのかと思い、辺りを見渡して確認してしまう。



「要!約束のご飯じゃ!!」



 彼女に手を引かれ、連れてこられた場所は学食だった。

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