第1話 こっくりさん、こっくりさん

 それは誰もが知っているであろう、遊び。

 彼ら?彼女ら?に対して【遊び】なんて表現するのは、少し気が引けてしまうような気もする。

 けど、高校生の僕達にとっては遊び感覚でしかない。

 例えば、神社に行った時におみくじを引く。

 朝の占い番組を見る。靴を飛ばして晴れか雨か。

 今からする遊びはそれと似た感覚でしかない。


 呼び方は人によっては違うかもしれない。例えばキューピッドさん、エンジェルさん、おりきりさま。辺りだろうか?まぁ結局はどれもこっくりさんだ。

 ちょっとしたお遊び。


 真夜中の学校に忍び込んだ僕と幼馴染の七瀬和奏ななせわかな

 時計の針は2本ともほぼ真上を向いていた。

 そう僕達こっくりさんをやりに、わざわざ夜の学校に忍び込んだのだ。

 こんな古い遊びなんて、きっと日本中探しても僕達しかいないんじゃないだろうか?

 正直、こっくりさんだけなら乗り気はしなかっただろうけど、真夜中の学校というシチュエーションもあってか、少し面白がっている自分もいる。

 何も起こらないなんて分かりきっているのに、何か起こるんじゃないか?と無理矢理に自分の脳に嘘を付いてしまう。


 黙々と廊下を進むと僕達の教室が見えた。

 1階から教室に着くのに5分もしなかったけれど、僕達の間で会話は一切なかった。

 学校に侵入、真夜中、肝試し、こっくりさん、言い表せない感情が混ざり合い、その不思議な雰囲気に飲まれたか、それともただ単に自然と空気を読んでしまって、お互い口を開かなかったのか?答えは僕にも分からない。


「じゃあ、かなめ……やろっか?」


 分かった所で特に意味はない。和奏が口を開いた所で僕はその小さな疑問を頭から切り捨てた。


「ちゃちゃっと終わらせよう」

「あれ?ビビってる?」

「そんなんじゃないよ。ただ寒くて眠気が来ただけ」


 嘘じゃない。少し肌寒いのは確かだ。7月上旬とはいえ真夜中だし、気温は下がっている。

 ビビッてなんかいない。


 和奏はポケットから折り畳んだ紙を机に広げると、誰もが一度は目にした事のあるだろう字列と鳥居の絵が目に入る。

 ちょうど月明りが差し込むと、嫌にでもはっきりと認識できた。


「ちょっとくしゃくしゃじゃない?」

「うるさいな~別に問題はないでしょ?」


 和奏の言う通り別に問題はない。ただ、そう、こっくりさんって言うのは確か、狐の霊が来るんだろう?もしかしたら神様も来るかもしれないってどこかで見た事ある。

 もし仮に、仮にだ。神様が来たとしたら、こんなくしゃくしゃの紙は失礼にあたるのではないだろうか?

 別に何かが起こるなんて事はない。ただの遊び。分かってはいる。


「要!ほら、指置いてよ」

「あ、あぁ……」


 和奏が急かすように言ってくると、いつの間にか和奏の指は10円玉の上に置かれている。

 仕事の出来る女だ、って言っても紙と10円。たったそれだけだ。準備なんて物はないに等しい。


 僕もそっと10円玉に指を置く。和奏と僕の人差し指の爪が当たると、少しだけ心臓が跳ねた。

 小さい頃から知っている女の子。そんな幼馴染にドキドキする事は今まであっただろうか?否。ざっと思い返したけれどそれは一度もない。

 これもきっとこの空間と雰囲気にやられているだけだろう。

 僕はまた1つ、なんてことの無い疑問を頭から切り捨てた。


「いくよ?」

 僕は言葉を返さず、小さく頷くと、またコレも誰もが聞いた事のある呪文を唱える。


「「こっくりさん、こっくりさん。どうかおいでくださいませ」」




「…………」

「…………」


 そう。何かが起こるなんてあり得ない。初めから分かりきっていた事なのに、何故こんなに緊張しているのか?馬鹿馬鹿しい。


 2人の指を乗せた10円玉はピクリともしなかった。


「あはは、まぁ動かないよね?」

「当たり前だろ?なんなら空気を読んで僕が動かそうと思ったよ」

「えぇ~やめてよ~?」

「一瞬だけ期待したけど、まぁまぁ楽しめたし……帰る?」

「むぅ~~……こっくりさぁん?いないんですかぁ?」


 和奏は頬を膨らませ、納得のいかない小さな子供のような顔で10円玉を見つめる。





 ス、



 スス……スゥー


 ハッキリ言おう。僕は動かしていないし、力なんて全然入れていない。

 微かに感じるのは、誰かが動かしているかの様な感覚。

 3人目の指があってソイツが動かしているような、そんな感覚だった。


「……和奏?」

「……ちっ!違うよ!?要でしょ!?いいって!空気読まなくて!!」

「……」


 和奏が嘘を付く時、いつも一瞬だけ視線を外す。幼馴染の癖なんて以外と分かるものだ。

 その瞳はジッと真っ直ぐ僕の目を見ていた。

 和奏に視線を外す癖はなかった。


「まじ、か……」

「え?え?どういうこと?要じゃないの?」

【はい】に止まっている10円玉を黙って見つめていると、慌てふためく和奏は「なんで冷静なのさ!」って怒ってきた。

 冷静。傍から見たら冷静に見えるかもしれないが、僕の中身は焦っている。ただ表に出さないだけ。出せないだけ。


「と、とりあえず、何か聞いてみる?」


 多分この時の僕の顔は、すごくアホっぽく見えただろう。

 鏡はないけれど、その顔を見た和奏の反応で何となく察してしまう。

 気の抜けた顔に、どこかバカにしてる和奏の目が真っ直ぐ……僕は咄嗟に視線を外してしまう。



「超常現象だよ?ホラーだよ?呪い殺されちゃうよ?それなのに要ってば……呑気にアホ面で――」

「いや僕だって怖いよ?今だって信じられないさ。でも和奏が慌ててるから落ち着かせなきゃと思ってさ…………そんな変な顔してたかな?」


 本音は僕だって怖いさ。

 でもそんな変な顔だったか?と無意識に空いている左手で顔をベタベタと触る。


「じゃあいくよ?こっくりさん、こっくりさん……」

「……どうしたの?」

 口を開けたまま固まる和奏に僕は、考えてはいけない事を一瞬考えてしまった。

「わ、かな?」


「……別に聞きたい事、ない」

「はぁぁ~~~~~~」


 本当に心臓が止まるかと思ってしまった。目の前であり得ない事が起きているんだ

 、もしかして呪い殺されたのかと思ったじゃないか。


「なんでもいいよ。好きな食べ物とか好きな子のタイプとかで」

「え~!ありきたりー!要モテないでしょ?」

「いいからほら、待たせちゃ悪いだろ?」


 和奏はしばらく眉間にシワを寄せて、如何にも考えてますって顔をしている。

 そして如何にも思いつきました!って顔で質問する。


「こっくりさん、こっくりさん、何か1つ願い事が叶うなら何ですか?」


 なんだそれは。そんな事なんか気に……なるか。

 霊の類だろうし、生き返りたいとか?成仏したいとか?それとも復讐したいとか?


 霊の願い事をいくつか予想していると、10円玉がまたゆっくりと動き出した。

 僕達の視線は10円玉を見逃さないように釘付けだった。




 ご


 は


 ん


 たべたい



 どうやらこっくりさんは腹ペコの様子。


「そろそろ帰るか、和奏」

「えぇ!?なんで!?こっくりさんお腹空いてるんだよ!?」

「こっくりさんじゃない!腹空かせてるのは和奏!お前だろ?」

「違うよ!いや違くないけど、多少は減ってるよ!?でもコレはこっくりさん!!」


 まったくいつの間に役者になったんだ。これほどまで綺麗に騙されるとは思わなかった。


「もういいって、帰らせて終わりだっけ?最後までやってあげるから」

「はぁ?何そのムカつく態度は?はいはい、分かりましたよ。私の遊びに付き合ってくれてありがとうございますー」


 なんで逆切れしてるんだ……切れたいのはこっちなのに。


「あっ待って最後に。こっくりさんこっくりさん、ご飯あげるのは良いけど、お供え場所?とかあるのかな?」


 まだ続けるのかと、これ以上茶番に付き合えと?

 もうバレているのに、まだ演技を続ける和奏に僕は嫌気がさした。


「もういいって!!僕は帰るから!!」


 僕は勢いよく立ち上がり、10円玉から指を離した。

「あっ!バカ!途中で離したらダメなんだよ!?」


 その言葉を聞き流しながら足早に教室を出て行こうとする。

 和奏が追いかけ来ては裾を引っ張った。


 それと同時に今までに聞いた事のない大きな音。

 更には背中を押され、一歩足を前に出して踏み止まるほどの突風。

 2人で何とか振り返ると、窓ガラスは全て割れていて、カーテンは風に煽られバサバサと騒がしく、机は全部一斉に押されたのか、端へと追いやられていた。

 しかし、まるで台風の目のように、先ほどまで僕達2人が座っていた机は微動だにせず、ただただ異質な気配だけが感じられた。


 僕達は何もない、誰もいない、紙と10円玉が置かれた机からしばらく目が離せなかった。

 離せない。離したらダメなんじゃないかと勝手に思い込んでしまっていた。


「……かな、め……」

 和奏の震える手は僕の服を強く握っていた。

 僕だって怖い、でも和奏のお陰か、動かし方を忘れてしまってくらいに固まった体は、少しだけ和らいだ。

「走れ!和奏!!」


 和奏の手を握り、必死に走った。途中足がもつれたりしたけれど、なんとか転ばずにいた。

 歩いて数分だったのに、走っているのに、何故か外が遠く感じる。




『何を食べさせてくれるのじゃ?』


『今の妾なら何でも食べられるぞ?』


『聞いておるのか?おい?』



 和奏が何か言っている気がする。

 自分の荒い息と足音で良く聞き取れない。

 こんな時にまでご飯の心配か?


「いいから走って!今度ご飯でも何でも奢ってあげるから!」


 僕は和奏の手を離さないようにギュッと握りしめ、走る事に集中した。

 そして何事もなく僕達は外まで出れる事に成功した。


 痛む脇腹を手で抑え、急いで荒い呼吸をどうにか整える。

 多少落ち着いた所で横にいる和奏に言葉を掛けようとすると


「あれ?和奏?」


「かぁなぁめええぇぇ!!なんで置いてくのさぁ!!薄情者!最低!バカ!ハゲ!信じらんない!!」

 和奏の声は後ろから聞こえて来た。

 振り迎えると和奏も息が絶え絶えで、苦しそうに暴言を吐き飛ばしてくる。


「え?いやだって手を握って走ってたよ?なんで遅れて来るんだよ……?」

「最初だけじゃぁん!私転んじゃって、『待って!』って言ったのに要1人で行っちゃうんだもん!」


 いやいや、ちゃんと握ってたはず……感触だって……あれ?握ってたっけ?

 『待って!』なんて聞こえたか?ご飯がどうとかじゃ?アレ?思い出せない……


「いったぁ~、腕擦りむいちゃってるよぉ」


 和奏の腕には擦り傷があった。転んだのは本当なのが分かる。

 疑う余地はないに等しいけれど、信じられない。恐怖の余り僕はバカになってしまったのか?


「ご、ごめん……置いて行くつもりはなかったんだ。一緒に逃げてるかと思ってて……」

「まぁわざと置いてくなんて思ってないよ。要はそんな事はしないって分かってるから」


 僕は和奏を置いて逃げたりなんかしていない。でも実際は置いてけぼりにして、後から1人で来た和奏がいる。

 腑に落ちないけれど、これが現実なんだ。

 申し訳なさと、恥ずかしさと、遣る瀬無い気持ちが自分自身を襲ってくる。





「じゃあね、要」

「あぁ……また」

「もう!別に気にしてないから!男だろ!くよくよすんな!」


 そう言って和奏は僕の背中を思いっきり叩いた。

「いってえ!」

「あはは!じゃね!」


 小走りする和奏が闇夜に消えていくまで見届けてから、僕も自分の家へと帰宅する。

 次の日、学校に行くまで僕は、僕達は、こっくりさんをした事を酷く後悔するだろう。




『約束じゃぞ……要』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る