第9話 八回目

「ただいま一会いちえさん」

「おかえりなさい奉野ほうの君」


「鑑定の石板を使わせてください」


「いいけど、終わったらさっきの続きを聞くからね? じゃぁ魔石だしてくださいな」


「はーい」


 受付嬢に言われ、ザラっと受付台にあるトレーに魔石と呼ばれる石を出す少年。


「これでお願いします」


「はい、えーと……レベルの低いスライムの魔石11個……ぴったり千円分だったら文句を言おうと思ったのに、一つだけ余分に持ってくるとか……狙ってやってる?」


「一会さんに心配かけないように魔石一個ずつ余分に取ってくるつもりです! それで買取額は探索者カードに預け入れで~」


「余分が魔石一個って……百円玉貯金じゃあるまいし……このまま鑑定の石板使用料をカードからいただきますね」


「お願いします!」


「……はい鑑定どうぞー」


「どもっす」


 高校一年生くらいの新人探索者の少年が鑑定の石板に触れると、石板が光り出して触れている者の情報を映し出す。

 石板に表示された情報は。


 奉野(ほうの)天人(たかと)

 レベル1


〈体力〉0 〈魔力〉0

〈力〉1 〈器用〉0 〈速さ〉1 〈精神〉0〈幸運〉0

 スキル

〈奉納〉〈マップ〉


 だった。


「外れか……それじゃ一会さん、また――」

「待ちなさい! さっきの続きを聞くって言ったわよね? JDDA職員の注意喚起を無視するとダンジョンに潜れなくなるわよ?」


「うわ、職権乱用とか、一会さん美人なのにやってる事はあくどい」


「奉野君の生活環境がまずそうだからでしょーに! さっきの話だって補助金が二万円で、家賃が一万五千円、光熱費が諸々で五千円……これは見積もりが安すぎると思うけど、そこはまぁ置いておくとして、残りが25円じゃ食費とか保険とか年金とか、そういうのどうするのよ?」


「その辺は探索者年金と探索者保険に加入済みです、あれって年に一定時間以上探索者として働いていると、ほとんどお金がかからないんですよ」


「あー……探索者を増やすための政策で出来た、あれに加入しちゃってるのかぁ……」


「一会さんの表情が梅干しを十個くらい頬張った感じになっているんですけど?」


「……私が言うのもなんだけど、あれの条件ってかなり厳しいのよね、既定を満たすのに、週に五日はダンジョンに潜る必要あるでしょう?」


「ええまぁそれくらいですね」


「低レベルの頃ならそれでもいいけど、高レベル探索者はダンジョン探索と休暇を同じ割合くらいでとるのが普通というか、そうしないと集中力がもたないって聞いた事があるのよ」


「あー、それって出てくる魔物が強い階層に潜る人の話ですよね? 単体のスライムだけを相手にしている俺に関係あります?」


「だって普通はスライムなんてすぐ卒業して、深い……階層に……移るもので……そういえば奉野君っていつまで基礎レベル0と1の間で過ごすつもりなの?」


「そりゃ納得いく能力を手に入れるまでですよ」


「1レベルアップで能力値が5個上がったり、〈剣術〉スキルを手に入れても納得しないってどれだけ贅沢なのよ……というか、今回も〈マップ〉スキルを手に入れてるじゃないの! それすっごい有能スキルよ?」


「せっかく有能なスキルを手に入れたのに能力値アップがゴミで、がっかりしたっすわ」


「〈マップ〉スキルがあれば高レベル探索者達のパーティやクランに引っ張りだこになるわよ? お給料だってかなり貰えると思うんだけど……これも奉納しちゃうの?」


「ええ、一度走り始めた厳選に妥協はあり得ないんですよ一会さん」


「……表情をキリっとさせて、すごくいい事言ってそうに見えるけど、私の心には一ミリも響かないわね」


「くっ……厳選の楽しさを理解できないとは、一会さん、人生損していますよ?」


「一生理解できなくて構わないわ」


「くそう、いつか必ず『厳選って最高ね! 天人たかと君!』って言わせてみせますからね!」


「何故名前呼びになっているのかしら……さすがに彼氏に悪いから他の男の人を名前呼びしないと思うのだけど」


「なんと! 一会さんは彼氏持ちだった!?」


「あれ? 意外だった?」


「いえ、見も知らん若者の生活を心配するくらいに優しくて可愛い受付嬢さんなら、彼氏の一人や二人や三人はいると思っていました」


「三人いたら大問題だけどね」


「取り敢えずダンジョンに行きます」


「……はい、行ってらっしゃい、お気をつけて」


「行ってきま~す」

 ……。

 ……。


 若い探索者が受付の側から去り、それを見送った受付嬢の表情は、普段通りであった。


 そして、周囲に誰もいない受付……ダンジョンの入口を覆った建物の中にある宝くじ売り場を大きくしたような受付場にて独り言をつぶやく。


「奉野君ってば私が彼氏持ちって聞いても一切悔しがらなかったわね……ま、まぁ? そういうの期待していた訳じゃないから? まったく構わないけど? ……本当は彼氏なんていないんだけど、妙なナンパを防ぐためにいるって事にしているだけなのよね……はぁ……ワンオペじゃない出会いのあるダンジョン受付に異動とかできないかしら?」


 人があまり訪れない雑魚ダンジョン受付の周辺にはひとけがまったくなく、受付嬢をナンパする相手すら現れる事はない。






【後書き】

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