第8話 七回目

「ただいま一会いちえさん」

「おかえりなさい奉野ほうの君」


「鑑定の石板を使わせてください」


「いいわよ、じゃぁ魔石だして」


「はーい」


 受付嬢に言われ、ザラっと受付台にあるトレーに魔石と呼ばれる石を出す少年。


「これでお願いします」


「はい、えーと……レベルの低いスライムの魔石10個……またぴったり千円分なんだけど?」


「ちゃんと数えながら倒してますから、それじゃ買取額は探索者カードに預け入れでお願いします」


「……かしこまりました、このまま鑑定の石板使用料も払いますか?」


「お願いします!」


「でもその前に、ちょっとお姉さんからお話しがあります」


「え? 鑑定の石板は?」


「お話しが終わるまで使えません」


「それはちょっと職員としてどうなんですか一会さん!?」


「JDDAの職員には、探索者の無謀な行動に対して注意を促す権限があります、探校たんこうで習いませんでしたか?」


「いやそれって、実力が伴わない階層に潜ろうとしている探索者を注意するとか、周囲に迷惑かける探索者に注意するとかそんなのですよね?」


「職員が無謀であったり迷惑であると判断すれば内容はなんでもオッケーですから問題ありません!」


「うわ、ずっる!! これだから公的機関は……」


「聞きなさい奉野君!」


「あ、はい」

 若者は奇麗なお姉さんの真剣な声掛けに姿勢を正す。


「毎回スライム十匹だけ倒して鑑定していたら、お金が溜まらないでしょう?」


「まぁそうですね」


「私は奉野君の探索者カードの残金が25円から増えない事に危機感を覚えています」


「飴が二個買えますね」


「しゃらっぷ!」


「ごめんなさい」


 若者はしっかり謝れる子だったようだ。


「このままだとお家賃とか生活費とかで詰みますよね? このカードで全てまかなっていると言ってたから、他には貯金とかないんですよね?」


「ないっすね」


「え? 本当にないの? 実はこっそりタンス貯金で十万円くらいあったり?」


「部屋の荷物を漁れば百円玉とかが転がりでるかもしれませんけど、基本的にはなっしんぐ」


「……いや、お家賃とか本当にどうするの? まだ月初だから二十七日払いとかなら時間はあるけど……」


「えっと実は俺、公的機関から探索者支援プログラムを受けているので、公営の団地に住んでるんですよ」


「ああ、もしかしてダンジョンから見て駅とは反対方向にある、あの団地群?」


「たぶんそうかな? そんで探索者に成り立てだと補助金が月に二万円くらい出るんですよね」


「あー、最初の一年くらいまで貰えるやつね……それでも月二万円じゃ生活費には足りないでしょう?」


「公営の団地で支援プログラム用なので月に一万五千円の家賃で、シャワー室とトイレ付きの1DKが借りられちゃうんです、結構すごいですよねこれ」


「うわやっすぅ! なにそれ……まぁご家族がいない奉野君の事をずるいとは言いたくないけど、このあたりの地価からすると激安ね」


「ですです、しかも俺はダンジョンに入り浸るつもりなので光熱費はほとんどかからない予定で、まぁ全部もろもろで月五千円くらいかな? と思っています」


「いやいやいや、そんな訳ないでしょうに! 電気代だけで月にそれくらいは軽くいくわよ!」


「俺の家には家電が一切ないので、灯りとしての電気使用しかないんですが、外が暗くなったら寝て太陽が出てきたら起きる生活をするので、そもそも電灯を使わないんですよね」


「何その健康的な生活……そういえば確かに奉野君って今日は朝一番からダンジョンに来たし、昨日は夕方の日が落ちる前に帰っていったわよね」


「ですです」


「それにしても家電が一切ないって……まぁその話題はいったん横に置いておくとして、水道代やガス代はどうするのよ」


「一会さん」


「何?」


「ダンジョン開発協会って必ずダンジョンの入口を建物で覆いますよね?」


「ええ、それが国の法律で決まっている事だからね、それがどうしたの?」


「つまり、ここにはトイレも有るし、冷水器も完備しているので水が飲み放題なんです」


「え? ……いやいや、え?」


 受付嬢は若者の言葉を理解しかねて混乱の状態異常にかかった。


「所でそろそろ鑑定の石板を使ってもいいですか?」


「あ、うん、どうぞ……」


「どもっす」


 高校一年生くらいの新人探索者の少年が鑑定の石板に触れると、石板が光り出して触れている者の情報を映し出す。

 石板に表示された情報は。


 奉野(ほうの)天人(たかと)

 レベル1


〈体力〉0 〈魔力〉1

〈力〉0 〈器用〉0 〈速さ〉0 〈精神〉1〈幸運〉0

 スキル

〈奉納〉


 だった。


「外れか……それじゃ一会さん、またダンジョンに行ってきます」


「あ? うん、行ってらっ……待って奉野君!? 続きを聞かせなさい! 貴方の生活環境はやばい気がするの!」


「行ってきま~す」

 ……。

 ……。


 若い探索者が受付の側から去り、それを見送った受付嬢の表情は、言葉に表し辛いものであった。


 そして、周囲に誰もいない受付……ダンジョンの入口を覆った建物の中にある宝くじ売り場を大きくしたような受付場にて独り言をつぶやく。


「水もあそこの冷水器で飲んでいるって……あの子……ちゃんとご飯とか食べているのかしら?」


 人があまり訪れない雑魚ダンジョン受付の周辺にはひとけがなく、受付嬢の困惑を正してくれる者が現れる事はない。

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