第6話 五回目ならず

「ただいま~、一会いちえさん」

「おかえりなさい奉野ほうの君」


 何故か動揺していないのに『君』付けになっている受付嬢であった。

 日本ダンジョン開発協会、JDDAの受付マニュアルには、全ての相手に対して『さん』付けするように指導されているのだが、守られていないようだ。


「鑑定の石板を使わせてください」


「あ、はい……では使用料千円です」


「……スライムの魔石を換金して貰っていいですか?」


「そこのトレーに出してください」


 カラっと受付台にあるトレーに魔石と呼ばれる石を出す少年。


「これでお願いします」


「はい、えーと……レベルの低いスライムの魔石5個だよね、そうだよね」


「買取額は探索者カードに預け入れでお願いします」


「はい、かしこまりました、このまま鑑定の石板使用料も払いますか?」


「それでお願いします」


「はい、では……あれ? エラーが……奉野君? カード内残高が足りないんだけど?」


「くっ……ついに足りなくなったか……」


「探索者カードにお金を預けない派の人もたまーにいるわよねぇ、どうする? 現金で払うか、それとも携帯端末のいくつかのアプリが対応しているからそれでも払えるわよ、×××とか××××とか」


 受付嬢はいくつか有名な決済用アプリの名前を告げる。


「あー、俺、携帯端末持ってないんですよ」


「え……この時代にそれは中々歌舞いているわね、懐古主義的な?」


「ああいえ、単に俺の両親家族親戚全てがダンジョンスタンピードの被害者なので、天涯孤独で金がないだけです」


「あ……ご……いえ……では現金で支払う?」


 悲壮な表情を浮かべている訳でもない若者に対し、謝るべき状況でもないと言葉を飲み込んだ受付嬢。


「俺って現金はなるべく持たない主義なんで」


「なるほど、つまり?」


「探索者カード一本で支払いとか全てまかなっています、税金も申請なしで自動徴収してくれるとかすげぇ便利ですよね」


「便利なのは認めるけど……探索者カードの残高が825円ってなっているんだけど?」


「引っ越しとかで金使っちゃったからなぁ……俺の今の全財産そんなもんだったかぁ……」


「ここのダンジョンの側に住む事に決めたんだっけ?」


「はい、俺みたいなダンジョンスタンピードの被害者は公的機関が支援してくれるから、まぁなんとかやっていけるんですよね」


「確か探索者専門校に入学するとかなりの支援があるのよね?」


「ですねー、国も探索者を増やしたいみたいで、探校たんこうに通うなら寮暮らしで食住全てタダ、学費も授業料もタダで暮らせますし、まぁちゃんと授業受けて単位とらないと支援を受ける資格がなくなりますけど」


「という事は卒業して寮を出るからここの近くに引っ越してきたのね? たしか探索者として活動する若者には初期費用を補助してくれる制度とかあったわよね?」


「ええ、まぁ引っ越し費用とか初心者装備を買うとなくなっちゃうくらいの額なんですけど」


「たしかに奉野君の装備はJDDAが初心者に売りつけている装備だわね……それってダンジョン生産系スキルを取得した人の練習で作り出された武器防具だから、かなり安く売り出されているのよねぇ……」


 若者は普通の服の上から革の胸当てや肘を覆う小手などを装備していて、靴も革のブーツ、そして手には……短くした竹やり? を持っている。


「そうなんですか? 動きやすいしスライムを殴っても刺しても溶けないからありがたいですよ?」


「その竹槍ってダンジョン内に生えている竹を使った、生産系スキルの熟練度稼ぎ用に作っている最低ランクの装備品のはずなのよ、だから攻撃力なんて皆無に近いのだけど……ま、スライム相手ならいいのかしら?」


「スライムが倒せれば十分ですね」


「それならいいけど、というかお金足りないけどどうするの?」


「仕方ないので後二匹スライムを狩って魔石を取ってきます」


「残高825円だもんね、そこに魔石二個で、確かに千円を超えるけど」


「行ってきま~す」


「はい、行って……って待ちなさい奉野君!? あなたこれが全財産って言ってたわよね~!? 生活はどうするのよ~、って聞きなさ~い!」


 ……。

 ……。


 若い探索者が受付の側から去り、大声でその探索者を呼び戻そうとしたが、受付台を囲っている幕の外まで声が届かないので、それがかなわなかった受付嬢。


 周囲に誰もいない受付……ダンジョンの入口を覆った建物の中にある宝くじ売り場を大きくしたような受付場にて独り言をつぶやく。


「さすがにギリギリ過ぎるでしょうに、これは次帰ってきたらちょっとお説教しないといけないわね!」


 人があまり訪れない雑魚ダンジョン受付の周辺にはひとけがなく、受付嬢の気合を入れた声も、そもそも防音幕のせいで外には伝わらない、彼女が若者を再度出迎えるのは数分後の事である。






【後書き】

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