第2話 一回目

「ただいま、受付のお姉さん」


「お帰りなさい奉野ほうのさん、私の事は一会いちえでいいわよ」


「んじゃ一会いちえさん、ただいまです!」


「お帰りなさい無事帰還されて本当に良か……って待って! さっきダンジョンに入ってから三十分もたってないわよね? 出てくる魔物があまりに雑魚過ぎて帰ってきたとか? そんな感じ?」


「いえ、鑑定の石板の初回無料を利用しようと思って帰ってきました!」


「ほえ? 雑魚ダンジョンを三十分探索しただけで探校たんこう卒業者のレベルが上がる訳ないでしょう? え? 記念鑑定とかそういう事ですか?」


「付き合って一カ月記念を祝うカップルじゃあるまいし、初ダンジョン&初鑑定記念日! なんてやりませんよ俺は、そもそも探校時代にどちらも経験していますし」


「じゃどういう……いえまぁ、初回無料鑑定をいつ使うのなんて探索者様の自由ですけど……二回目から千円とはいえお金かかりますからね?」


「こればかりは仕方ないんですよ一会さん」


「はぁ? いえ、まぁ、えーと、じゃぁ……はい、ではその穴に手を入れて石板に触ってください、使った事はありますよね?」


 宝くじ売り場のような受付台、そこには石板が透明な板の向こうに見えていて、今はその透明な板に腕だけが通せそうな穴が開かれている。

 石板は穴よりも大きいので、その穴から石板を盗む事はできなそうだ。


「ええ、探校時代に何度か……さて……」


 高校生くらいに見える少年が鑑定の石板に触れると、石板が光り出して触れている者の情報を映し出す。

 ちなみに受付台は周囲に張られた幕で上半身以上が隔離されていて、石板に周囲からの視線が届かないようになっている。

 受け付けの前に人がいるかどうかは下半身が見えるので判断できるし、ダンジョン産の何かを使った防音効果なのか、受付と探索者の会話が周囲に聞こえる事もない。

 そもそもこのダンジョンには他に人がいないので、防音効果の意味はなかったりするが。


 石板に表示された情報は。


 奉野(ほうの)天人(たかと)

 レベル1


〈体力〉1 〈魔力〉0

〈力〉0 〈器用〉1 〈速さ〉1 〈精神〉0〈幸運〉0

 スキル

〈奉納〉


 だった。


「おおう! レベル一つ上がっただけで能力値が三つも上がるなんて当たりじゃないの! すごいわね奉野さ……ってちょっと待って奉野さん!?」


 ちなみに石板の情報は受付嬢にも見えるし、日本ダンジョン開発協会のデータベースにも登録される。


「ちっ、外れか……なんですか? 一会さん」


「なんですか? じゃないわよ! 奉野さんは探索者専門校を卒業しているのになんで基礎レベルが1なんです? 確か探校卒だと……レベル10は超えているはずですよね?」


「そうですね、単位を取るのに基礎レベルが必要なので……探校時代は本当に無駄な時間を過ごしていました……」


「なんでそんな嫌そうな表情を……ってそもそも、奉野さんのレベルが1って事がおかしいですよね? 他の職業からの転職組である一日探索者だってスライムを数匹倒せばレベル0から1になるんですよ?」


「このダンジョンのスライムは最弱っぽくて5匹必要でした」


「まぁそれくらいですよね……ってそんな話は今どうでもいいんですよ! 奉野さん? ちょっと探索者カードの情報がおかしいのでダンジョン開発協会本部に問い合わせしてもいいですか?」


「いいですよ、ってか一会さんなら俺のスキルの情報見られませんか?」


「え? スキルってこの……〈奉納〉? 初めて見ましたこんなスキル、協会職員の勉強会でもこんなスキルは……まさかユニークスキル!?」


「ぴんぽーん」


「ええ!? では奉野さんの異常なレベルもこれが……え? 経験値を奉納する? なんですこれ?」


「そのままの意味ですよ、基礎レベル上げに必要な経験値と呼ばれているなんらかのエネルギーを奉納する事ができるスキルなんだよね」


「私達が経験値と呼んでいるなんらかのエネルギーを奉納……何に奉納しているんですか?」


「さぁ? 神様か何か?」


「さぁって……これって経験値を奉納する事で基礎レベルが下がるって事ですよね? 経験値を奉納する事で得られるメリットが何も書かれていないという事は……ダンジョン開発協会が情報を秘匿している? それとも……」


「単に奉納するだけのスキルで、レベルが下がればそれに付随した能力値も下がりますし、何かメリットが得られる訳ではないので情報秘匿とかそういう事ではないっす」


「ぇぇ? 上がった能力も残らないって……それじゃぁただ基礎レベルを下げるだけのスキルって事?」


「そうなりますね」


「なんで探索者になったのよ奉野さん……誰でもダンジョンに入って基礎レベルが0になれば、スキルを一つランダムで手に入れる事ができるけど、そこで有用なスキルが出なかった場合、探索者以外の職を選ぶのが普通なのに……」


「一会さん、基礎レベルが上がると何が得られますか?」


「え? そりゃぁ……基礎レベルが一つ上がると、ランダムで各種能力パラメーターが上がる事がありますし、それとは別にたまににスキルを習得すること……が……あああ! そうか、奉野さんのスキルを使えばレベルを上げやすい低レベル時代にランダムスキルを確実に獲得する事が……できるという事なんですね!?」


「ま、そんな感じですかねー」


「つまり奉野さんは低レベル時代に探索者として有益なスキルを獲得しようとしていると?」


「んー……間違ってはいないかなぁ?」


「それ以外に何を――」


「ま! 取り敢えず、外れだったんでダンジョンに行ってきますね」


「あ……はい、ではそこのカードリーダーにカードをかざしてください、はいおっけーです、行ってらっしゃい」


「行ってきま~す」

 ……。

 ……。


 若い探索者が受付の側から去り、笑みを浮かべて探索者を送り出した受付嬢の表情が真剣なものに変化する。


 そして、周囲に誰もいない受付……ダンジョンの入口を覆った建物の中にある宝くじ売り場を大きくしたような受付場にて独り言をつぶやく。


「低レベル時代のレベルアップごとに毎回戦闘系スキルを手に入れる事が出来たら? ……ゴクリッ……彼は時代に名を残す探索者になるかもしれないわね、私は伝説の始まりに立ち会ったのかもしれないわ……」


 人があまり訪れない雑魚ダンジョン受付の周辺にはひとけがなく、受付嬢の表情が営業用の笑顔に戻るには十数分程必要であった。

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